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朝ドラの“らしさ”を静かに変えた斬新な構造 話題続きの『ばけばけ』が今までの作品とは“違って見える理由”とは?

  • 2025.10.22
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『ばけばけ』第2週(C)NHK

髙石あかり主演の朝ドラ『ばけばけ』は、朝ドラという形式そのものを静かに更新しつつある。舞台は明治の松江。没落士族の娘・松野トキ(髙石あかり)が、貧しい家を支えるために「婿をもらう」と決意する。登場人物たちのコミカルなやりとりと、通底するテーマ“怪談”になぞらえた不穏な空気が同居する物語だ。なぜ本作は、ほかの朝ドラと違って見えるのか。その理由は、語りの構造と家族のあり方、そして史実に基づく“血縁の揺らぎ”にある。

※以下本文には放送内容が含まれます。

語り手が“未来にいる”再話としての朝ドラ

従来の朝ドラは、常に“今”を生きるヒロインの成長を描いてきた印象が強い。しかし『ばけばけ』の主人公・トキは、物語のなかで過去を回想している。冒頭で彼女は、夫・レフカダ・ヘヴン(トミー・バストウ)に『耳なし芳一』を朗読し、その後「もう一つの話」として「私、トキの話」を語り始める。

つまり、私たちが見ているドラマは、後年のトキが“自分の物語”を語り直しているという構造を持つ。

この“再話構造”は、モデルとなった小泉八雲とその妻・セツの関係を踏まえた設定だ。セツが語り継いだ民話や怪談を八雲が記録し、“日本の心を語る文学”に昇華したように、トキもまた、自分の記憶を再構築する語り手なのである。

だからこそ『ばけばけ』の映像には、ゆっくりと時が流れていく演出が多い。スローモーションで笑う家族、沈まない舟、静止する幸福。これらは“記録された時間”としての過去であり、視聴者はトキの記憶のなかを旅しているのだ。

トキは誰の子?血縁の外に生まれた家族の物語

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『ばけばけ』第2週(C)NHK

第2週以降、視聴者のあいだで囁かれ始めたのが「トキは松野家の実子ではないのでは?」という憶測だ。

彼女を親身に気にかける親戚・雨清水傳(堤真一)とタエ(北川景子)の存在、そして両家の関係の深さ。これらは、史実の小泉セツと親戚・稲垣家との関係を巧みに踏まえている。

ここで一つの疑問が浮かぶ。一般的に養子というものは、貧しい家が口減らしのためにおこなう苦肉の策であるイメージだ。しかし、本編における雨清水家は立派な工場もあり(少しずつ売り上げが低迷し、金策に走ることになるが)、豊かな家系である。なぜ、そんな雨清水家が松野家に養子を?

潮文庫『八雲の妻 小泉セツの生涯』(著:長谷川洋二)では、「稲垣家の人々」と題された項目に、こう書かれている。

さて、セツが生まれる前、小泉家とその遠い親戚筋に当たる稲垣家との間に、今度生まれる子は稲垣家がもらい受けるという話が決まっていた。小泉家では、すでに幾人もの子どもを授かっていたが、稲垣家は子持たずであったからである。そこで、誕生七日目を祝う「お七夜」を終えた次の晩に、セツは乳母とともに駕籠に揺られて、城下町の西北、内中原町も祖母橋に近い稲垣家の屋敷に連れて行かれた。
出典:『八雲の妻 小泉セツの生涯』(著:長谷川洋二/潮文庫)「稲垣家の人々」より

史実に則るなら、松野家と雨清水家の間でも、このような約束事が取り交わされていたのかもしれない。たとえば、次に女の子が生まれたら松野家にゆずる、など。その証拠に、松野家にはトキ以外に子どもはおらず、雨清水家には少なくとも3人の男子がいる。そして実際に、10月15日に放送された第13回で、はっきりと“トキは雨清水家の子どもである”と示される描写があった。

『ばけばけ』は、血のつながりを超えた家族のあり方を提示しているのかもしれない。豊かな家が貧しい家に子を預けるという設定は、家父長制の力学を揺さぶり、誰が“親”たりうるかを問う寓話でもあるのだ。

言葉がつなぐ“異界”トキの名に込められた約束

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『ばけばけ』第2週(C)NHK

ちなみに「松野トキ」という名前は、モデルである小泉セツと八雲がコミュニケーションをとる際に使っていた独特の言語「ヘルン言葉」に由来している(八雲の本名:レフカディオ・ハーンは、表記の関係からヘルンさんと呼ばれていた)。

日本語に堪能でない八雲、英語ができないセツが互いに意思疎通を図りやすくするため考案されたヘルン言葉。ふたりのひ孫であり、小泉八雲記念館の館長でもある小泉凡『セツと八雲』(朝日新書)の「二人をつないだ「ヘルン言葉」」にはこうある。

だんだんと日本語の単語や慣用句を覚えた八雲は、妙案に辿り着きます。助詞(てにをは)を抜き、動詞や形容詞の活用もなし、語順は英語式という独特な言葉で意思の疎通を図るようになります。これは、「ヘルン言葉」と言われています。(中略)NHK朝ドラ「ばけばけ」のヒロインは「松野トキ」といいます。この名は実は、八雲が世を去る前、最後の夏を静岡・焼津で過ごした時に由来します。我が子にアイスクリームを買ってあげようと新橋駅で思ったのだけど、時間がなかったことを伝えたのは、こんな表現になります。
「スタシオン ニ タクサン マツ ノ トキ アリマシタ ナイ」
出典:『セツと八雲』(著:小泉凡/朝日新書) 「二人をつないだ「ヘルン言葉」

“待つ時間”という意味の「マツノトキ」。この名が象徴するのは、トキという存在そのものが“過去と未来のあいだ”に立つ語り手であるということだ。

彼女は、血でつながらない家族の記憶を、言葉でつなぎ直す“媒介者”として描かれている

『ばけばけ』は、朝ドラの定番である成長・仕事・恋愛をただなぞるのではなく、“語り直し”によって過去と向き合う物語だ。スローモーションで止まる幸福、沈まない舟、そして“誰の娘か分からない”家族。そのどれもが、語りのなかで再構成される“記憶の残像”である。

つまり、『ばけばけ』は未来を描かずに未来を感じさせる。それは、過去を語り続けることこそが、いまを生きるための希望であるという静かなメッセージとも受け取れる。


連続テレビ小説『ばけばけ』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_