1. トップ
  2. “15年間入れ替わったまま”生きた男女の物語  芳根京子と髙橋海人が挑戦した“注目の最新映画”

“15年間入れ替わったまま”生きた男女の物語  芳根京子と髙橋海人が挑戦した“注目の最新映画”

  • 2025.11.21
undefined
(C)2025「君の顔では泣けない」製作委員会

誰かと入れ替わったまま、15年間もその人生を送ることになったら、あなたはどんな選択をするだろうか。映画『君の顔では泣けない』は、君嶋彼方による同名小説を原作とした映画だ。本作は15歳の男女が、入れ替わったまま30歳まで15年間も他人の人生を生きることになる物語。30歳になった坂平陸(芳根京子)と水村まなみ(髙橋海人)が過去を振り返る形の構成になっている。

※以下本文にはネタバレが含まれます。

入れ替わりものでありながら、人生のかけがえのなさが見えてくる

アニメ映画『君の名は』などを筆頭に、男女の中身が入れ替わる物語は古くから生み出されてきた。その多くが入れ替わりをきっかけに事件解決に向けて動く物語や入れ替わったことで周りの人物たちに影響を与えるユーモアを描く内容が多い。また、元の身体に戻るために、奔走するという流れが描かれるなど、エンタメ性が高いことも特徴だ。

しかし『君の顔では泣けない』では、そういった事件性やユーモア、エンタメ性のある展開はほとんどない。ただ淡々と、陸とまなみが互いの人生を生きていく様子が描かれるのだ。そして、随所に入れ替わったことで自分の手からこぼれ落ちてしまった元の人生への執着が、描写されている。

たとえば、高校生のまなみが、陸の姿でまなみの自宅で食事をとるシーンがある。まなみの両親は陸の姿のまなみを歓迎するが、それはあくまでまなみが連れてきた友人として。「入れ替わってるとかだったらどうしますか?」という質問には受け入れられないと言われてしまう。逆に、高校生の陸はまなみの姿で陸の自宅を訪れ、陸の母親とコミュニケーションを取ろうとするが母親から拒絶されてしまい、うまくいかない。

自分の親や人生は、選んだものではない。生まれた瞬間に自動的に与えられたものだ。しかし、15年という年月は自分の親や友人、兄弟に愛着を持ち、今後の人生に希望を持つには十分すぎる期間だろう。陸もまなみも自分が失ったもの、そしてそれを相手が持っているという状況に戸惑い、その怒りを相手にぶつけてしまう。2人が置かれた特殊な事情と葛藤を見ていると、自分の人生のかけがえのなさに思いを馳せたくなる。

入れ替わりから15年、他人の人生への愛情

undefined
(C)2025「君の顔では泣けない」製作委員会

入れ替わってすぐは戸惑い、自分の人生を失うかもしれないという恐怖に苛まれる2人。その後、元に戻ることはなく、2人は大学に進学し、就職。陸はまなみ、まなみは陸として生きながら、人間関係を築いていく。相手の身体を尊重しなければならないと意識しながら、取り戻せない自分の身体と人生に焦がれるようになる。

その複雑な感情が表現されるのが、物語の終盤だ。まなみの身体で妊娠した陸は、まなみの身体を失うようなことになったらどうしようと、大きな不安に苛まれる。そして、陸の身体として生きることになったまなみは、陸以上に異性の身体を受け入れられなかったこと、失った女性としての人生への執着が少なからずあることを語る。

異性に入れ替わるという同じ状況に置かれたとしても、女性が男性として生きるのか、男性が女性として生きるのかでは、心境がまったく異なるのだろう。一方で、陸もまなみもどうにか今の身体と人生を受け入れ、好きなように生きるために葛藤する。それは、15年間運命を共にした相手の身体と人生だから。2人は、失った自分の人生のかけがえのなさを知った上で、相手のために今の人生を生きているのだ。「君の顔では泣けない」というタイトルには、入れ替わったまま15年間生きた2人の相手のために立派に生きようという強い意思が込められているのかもしれない。

これだけ、映画が持つテーマ性に思いを巡らせることができるのは、想像ができない複雑な心境を、別の性別として繊細に演じぬいた芳根と髙橋の芝居の力によるものだろう。陸とまなみの高校生時代を演じた西川愛莉と武市尚士の演技も素晴らしかった。4名の名演を受け、自分の人生をどのように扱っていくのかじっくりと考えたくなる作品だ。


『君の顔では泣けない』11月14日(金)TOHOシネマズ 日比谷 ほか 全国ロードショー
(C)2025「君の顔では泣けない」製作委員会
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ

ライター:古澤椋子
ドラマや映画コラム、インタビュー、イベントレポートなどを執筆するライター。ドラマ・映画・アニメ・漫画とともに育つ。
X(旧Twitter):@k_ar0202