1. トップ
  2. 35年前、65万枚超の衝撃を放った“可憐なのに骨太な”1円玉ソング NHK『みんなのうた』からお茶の間に広がった“異例のデビュー曲”

35年前、65万枚超の衝撃を放った“可憐なのに骨太な”1円玉ソング NHK『みんなのうた』からお茶の間に広がった“異例のデビュー曲”

  • 2025.10.11

「35年前、1円玉が歌になるなんて想像できただろうか?」

1990年、財布の中でなぜか妙に存在感を放っていた小さな硬貨があった。前年に導入された消費税によって、1円玉は日常生活で欠かせない存在となり、どこか時代の象徴のように扱われていた。そんな空気を背景に登場したのが、ひとりの新人歌手による鮮烈なデビュー曲だった。

晴山さおり『一円玉の旅がらす』(作詞:荒木とよひさ・作曲:弦哲也)――1990年3月21日発売

まだ10代の晴山さおりが放ったこの曲は、演歌界に新しい風を吹き込んだ。CDとカセットを合わせて65万枚の大ヒットを記録し、一気に全国区の存在へと駆け上がっていった。

小さな硬貨に託された大きな歌

『一円玉の旅がらす』は、誰もが手にする小さな存在をモチーフにしながら、旅の哀愁や人の情を描き出した作品だった。作詞を手がけた荒木とよひさは、日常の断片を擬人化した硬貨で歌謡の世界に昇華する巧みさを見せ、そこに弦哲也の流麗で情感豊かなメロディが重なった。

「1円玉」という身近な題材を歌へと昇華させたインパクトは、当時のリスナーに鮮烈な印象を与えた。

新人歌手のデビュー曲としては異例の規模で広がったのは、このユニークさと時代の空気感が見事に噛み合ったからだろう。

undefined
1990年、『一円玉の旅がらす』のPRで三度笠姿となった晴山さおり (C)SANKEI

『みんなのうた』から広がった旋律

この楽曲が注目を集めた大きな契機のひとつが、NHK『みんなのうた』でのオンエアだった。テレビ番組を通じて子どもから大人まで幅広い世代に届けられ、自然と口ずさまれる存在になっていった。演歌というジャンルを超えた広がり方を見せたことも、この曲の特筆すべき点だ。

当時のテレビやラジオでは数多くの歌番組が放送されていたが、『みんなのうた』のような場で流れることで、「演歌=大人の音楽」という固定観念を揺さぶった瞬間でもあった。

賞レースを席巻した新人の勢い

『一円玉の旅がらす』の成功は、数字の上だけにとどまらない。晴山さおりはこの曲で数々の新人賞を獲得し、第32回日本レコード大賞では最優秀演歌新人賞を受賞。名実ともに「1990年の顔」のひとりとなった。

演歌はベテラン歌手が積み上げていく世界という印象が強かった時代に、デビュー間もない少女がシーンの中心に躍り出たのは、まさに異例の出来事だった。

従来の演歌の形式美を大切にしながらも、新しい世代や切り口を求める動きが広がっていた中、「1円玉」という生活に密着した題材が組み合わさったことは、偶然以上の必然だったといえる。晴山の澄んだ歌声は、どこか軽やかさを感じさせ多くの人に受け入れられた。

あの時代を映した歌

『一円玉の旅がらす』は、単なるデビュー曲やヒット曲にとどまらず、当時の社会の空気を映し出す「時代の鏡」でもあった。平成初期、消費税導入という新しい制度が人々の生活を揺らし始めた頃に生まれたこの歌は、小さな硬貨に宿る庶民感覚を、旅と哀愁のメロディに乗せて全国に響かせたのだ。

35年が経った今でも、「あの頃の1円玉ブームとともに思い出す歌」として記憶に残り続けている。

大ヒットの裏には、社会と音楽が偶然にして必然的に結びついた物語があった。

それを体現した『一円玉の旅がらす』は、晴山さおりにとってだけでなく、平成初期の音楽シーンにおける象徴的な一曲として刻まれている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。