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25年前、50万枚超を記録した“艶やかなのに鋭い”解放ソング 歌手生命を賭けて生まれた“軌跡の一曲”

  • 2025.10.10

2000年の始まり。都会の交差点ではネオンと大型ビジョンが光を放ち、CDショップの試聴機からは新世紀の音を探す人々の熱気がこもっていた。カラオケボックスに入れば、次々と最新曲がリストに追加され、まだまだ音楽が街の中心にあった時代。けれど、その華やかさの一方で、音楽シーンの競争は熾烈を極め、ヒットを生み出せなければ埋もれていく危うさも隣り合わせだった。

平井堅『楽園』(作詞:阿閉真琴・作曲:中野雅仁)――2000年1月19日発売

それまで大きなヒットに恵まれず、どこか“過小評価されていた”存在だった平井堅が、まさに歌手生命を懸けて挑んだシングル。それが、この曲だった。

歌声を解き放った転機の一曲

『楽園』は、平井堅にとって8枚目のシングル。R&Bを基調にしたアレンジが、彼の声の可能性を存分に引き出している。デビュー当初から注目されていた低音から高音までのレンジの広さ、艶やかでいて張りのあるトーンが、この曲で遺憾なく発揮されている。

当時の日本のポップシーンでは、本格的なR&Bを歌いこなせるアーティストはまだ限られていた。その中で、都会的なグルーヴと伸びやかなボーカルを融合させた『楽園』は、聴く人に強烈なインパクトを与えた。「これが本当の平井堅なんだ」と実感したリスナーも多かったに違いない。

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台湾ライブ「MTV MUSIC SUMMIT2000」で歌う平井堅 (C)SANKEI

ハーフミリオンが示した確信

この曲は、最終的にハーフミリオン(50万枚)を突破するヒットとなった。時間をかけてランキングで上位へと駆け上がり、平井堅の名前が広まっていった。

裏側には「これで結果を残せなければ終わりかもしれない」という切迫感もあったという。まさに背水の陣で挑んだ『楽園』が、運命を大きく変えたのである。失敗を恐れず、すべてを賭けたからこそ生まれた突破口。それが多くの人の胸を打った理由だろう。

音楽的な深化とチームの力

作詞を手がけたのは阿閉真琴、作曲は中野雅仁。彼らが描き出した『楽園』は、平井堅の声に寄り添いながらも、挑発的なスパイスを効かせていた。編曲も洗練されており、打ち込みと生音のバランスが絶妙。これまでの“爽やかシンガー”というイメージを覆し、大人の色気をまとったアーティストへと成長した姿を見せた。

また、この成功があったからこそ、後の『KISS OF LIFE』や『瞳をとじて』へと続くキャリアの道が開けた。『楽園』は単なるヒット曲ではなく、平井堅の軌跡を決定づけた“始まりの証”だったのだ。

あの時代を思い出す楽園の余韻

25年の時を経た今も、『楽園』が流れると一瞬にして2000年の街の匂いが蘇る。街のビジョンに映る派手な広告、深夜ラジオから聞こえてきた新しいR&Bの響き、そして自分の人生のどこかと重ねて聴いた記憶。あの曲を聴いた瞬間の心のざわめきは、時代を超えて色褪せない。

“楽園”というタイトルのとおり、この曲は平井堅にとっての救いであり、聴き手にとっても心を解き放つ場所となった。挑戦の果てに掴んだ輝きは、今もなおJ-POP史に刻まれている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。