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「200mで55億円」万博、大屋根リング「全残し」が非現実的なワケ。建築のプロ「別の建物を建てるのと同じ」

  • 2025.10.28
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(C)SANKEI

2025年大阪・関西万博のシンボルとして注目を集めた「大屋根リング」は、世界最大級の木造建築として話題を呼び、現地を訪れた人の多くがその迫力と温かみのある木の質感に魅了されました。万博終了後、万博協会と大阪市は200m部分を保存し、周辺を「公園・緑地等」として整備する方針を発表しました。

しかし、一部保存という判断の背景には、莫大なコストがあります。大阪市が決めたこの200mの保存だけでも、改修や維持管理に10年間で約55億円が見積もられているのです。

「せっかくここまで作ったのに壊すのはもったいない」「なぜ全部は残せないのか」

そう感じている方も多いでしょう。しかし、一級建築士の立場から見ると、大屋根リングを「そのまま残す」のは、法的にも構造的にも極めて難しいのです。

「仮設建築物」として許可されている

大屋根リングは、建築基準法の「仮設建築物」として特例的に許可を受けて建設されています。つまり、「万博という期間限定のイベントでのみ建てることを認められた建物」なのです。

仮設建築物は、建築基準法の一部適用除外を受けています。火災時の安全性や避難経路、耐火性能などの基準が緩和されているため、通常の恒久建築物よりも設計の自由度が高くなっています。この特例により、構造材である木材をそのまま見せる「木現し(きあらわし)」のデザインが実現したのです。

しかし、万博が終わり、引き続き存続させる場合は「仮設」ではなくなります。その時点で、通常の建築基準法にすべて適合させる必要が出てきます。

木造建築最大の壁――「燃えやすさ」と「魅力」のジレンマ

大屋根リングの魅力は、巨大な木の骨組みが見える構造にあります。木が持つ温かみや、日本の伝統建築を思わせる美しさこそが、あのデザインの根幹です。

しかし、木は燃えやすい素材です。建築基準法では、大規模建築物は原則として「耐火建築物」とする必要があります。そのためには、木材を石膏ボードなどで覆い、火が直接触れないようにする必要があるのです。

つまり、恒久的に残そうとすれば、木の外観をすべて覆ってしまわなければなりません。そうなると、いまの「木の温もりを感じる姿」は失われてしまいます。

仮に耐火構造へ改修する場合も、柱や梁の断面を補強する必要があり、構造自体を作り直すことになります。結果的に、「残す」と言っても、もはや「別の建物を建てるのと同じ」規模の再設計・再施工が必要になるのです。

重すぎる「維持管理コスト」

さらに、仮に建築法規をクリアして大屋根リングを残したとしても、次に立ちはだかるのが維持管理のコストです。

木造建築は、鉄やコンクリートに比べて定期的な点検と補修が欠かせません。風雨や紫外線、湿気の影響を受けやすく、防腐処理やシロアリ対策、再塗装を怠ると、すぐに劣化が進みます。特に屋外に設置された木構造では、年間数億円単位の維持費がかかることも珍しくありません。

実際に大阪市が試算した200m分の保存だけでも、10年間で約55億円の維持費が必要とされています。つまり、「残す」と決めた瞬間から、新たな固定費が永続的に発生するのです。

この点でも、「全残し」は現実的とはいえません。

大屋根リングが残したもの――「つくる価値」と「残す難しさ」

大屋根リングは、限られた期間で日本の技術と英知を結集して完成した「令和の大事業」でした。建設そのものが関西経済を動かし、木造建築技術を世界に示したという点で、すでに大きな意義を持っています。

閉幕後の反響も大きく、「各団体から全残しの要望」が出るほど高い評価を得たこと自体が、この建築が社会に与えた影響の大きさを物語っています。

「つくる力」の価値と、「残すことの難しさ」――その両面を私たちに問いかける存在といえるでしょう。


ライター:yukiasobi(一級建築士・建築基準適合判定資格者)
地方自治体で住宅政策・都市計画・建築確認審査など10年以上の実務経験を持つ。現在は住宅・不動産分野に特化したライターとして活動し、空間設計や住宅性能、都市開発に関する知見をもとに、高い専門性と信頼性を兼ね備えた記事を多数執筆している。