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朝ドラで半年間にわたり輝いた“名優たちの熱演” 最終週で特に印象的だった“3人の姿”『あんぱん』

  • 2025.9.30
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『あんぱん』最終週(C)NHK

半年間にわたり朝の時間を彩ってきた『あんぱん』が、ついに最終回を迎えた。アンパンマンの生みの親・やなせたかしと、その妻・暢をモデルに描かれた物語は、ただの伝記ではなく“弱くても人を支えられる”という普遍的なメッセージを込めた作品であった。SNS上でも「あんぱんロスです」「お疲れさまでした」と声が挙がった最終回でとくに印象的なのは、主人公・嵩(北村匠海)とのぶ(今田美桜)、そして母・登美子(松嶋菜々子)が織りなす“支え合い”の姿である。三人の演技は、それぞれ異なる形で相手を支え、未来へ思いを手渡す“世代のリレー”となっていた。

強さと優しさを同居させるヒロイン

のぶは「はちきんおのぶ」と呼ばれる勝気な性格で、教師や新聞記者、そして妻として激動の時代を生き抜いた。今田美桜が演じたのは、単なる明るいヒロインではなく、強さの奥に優しさを秘めた女性である。

戦争という時代に直面し、軍国主義を伝える立場になってしまった苦しみや葛藤、夫を失う不安と悲しみ。そうした複雑な感情を抱えた姿に、視聴者は“ただ元気なだけのヒロインではない”という深みを見出したはずだ。

最終回で嵩が書き上げた『アンパンマンのマーチ』の歌詞を読み、涙を流す場面はとくに胸を打った。その涙は弱さを認め、なお生きようとする人間の強さを象徴していた。

厳しさと優しさを同居させながら夫を支え続けた今田美桜の演技は、この物語の核心を体現していたと言える。脇役から主役へ、“影を引き受けるヒロイン”として俳優としての地位を確立したことは大きい。

支えられる男としての存在感

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『あんぱん』最終週(C)NHK

やなせたかしをモデルにした嵩を演じた北村匠海は、“支えられる男”の姿を通して物語を導いた。内気で優しく、どこか頼りなさも漂う嵩。その弱さを“欠点”ではなく“人間らしさ”として描いたのが北村の演技である。

最終回では、テレビアニメ化に葛藤し「傷つけられたくない」とためらう嵩の姿が印象的だった。その葛藤を、抑制された声色や揺れる視線で的確に表現した。歌詞に込めた思いを語る場面では、声がかすかに震えていた。その震えは創作者としての弱さであると同時に、人を守りたいという強さでもあった。

また、嵩が年齢を重ねていく過程で見せた“初老感”にも驚かされた。姿勢や仕草、話し方を緻密に変化させ、視聴者に「こういう人、いる!」と思わせるリアリティを与えたのである。今田との夫婦演技では、言葉にせずとも支えられる安心感をにじませ、ふたりの信頼関係を強調していた。

祈りと世代のリレーを背負う母

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『あんぱん』最終週(C)NHK

嵩の母・登美子を演じた松嶋菜々子も、最終週にかけて欠かせない存在であった。物語の序盤では、あまりに奔放な母親ぶりがSNS上でも話題の元となったが、最終週にかけての静かな祈りが心を打った。

息子がパリへ旅立つ背中に、気づかれぬよう手を合わせて安全を祈る。その仕草は言葉以上に雄弁であった。登美子は、直接的には支えられなくとも、祈りや沈黙のなかで息子を守る母であった。松嶋の演技は、その“祈る母”の姿に説得力を与えていた。

のぶが夫を支え、登美子が遠くから祈りを捧げる。このふたりの女性に支えられることで、嵩は自分の弱さを肯定し、前へ進むことができた。ここに世代を超えた支え合いのリレーが成立していたと言える。

『あんぱん』の最終回は、アンパンマン誕生の物語であると同時に、家族の支え合いの物語でもあった。

今田美桜は、強さと優しさを兼ね備えた妻として夫を支えた。北村匠海は、弱さを抱えながら支えられ、前へ進む夫を演じた。松嶋菜々子は、沈黙と祈りで未来を託す母を表現した。

この三人の演技が重なり合うことで、『あんぱん』はやなせたかしの哲学である“弱くてカッコ悪いものがカッコいい”を映像として体現した。支え合い、世代をつなぐ物語は、視聴者の心に温かな余韻を残した。

半年間を見届けた視聴者もまた、「愛と勇気だけが友達さ」という歌詞の意味を、自分の人生に重ねて味わうことができたに違いない。


連続テレビ小説『あんぱん』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_