1. トップ
  2. 朝ドラで“セリフのない初登場”から視線を奪った存在感「表情で訴える演技が好き」耳を澄ませたくなる“名女優の凄み”

朝ドラで“セリフのない初登場”から視線を奪った存在感「表情で訴える演技が好き」耳を澄ませたくなる“名女優の凄み”

  • 2025.9.22
undefined
『あんぱん』第24週(C)NHK

俳優の声は、姿や表情以上に記憶に残ることがある。朝ドラ『あんぱん』でヒロイン・のぶ(今田美桜)の茶道の弟子、中尾星子を演じる古川琴音は、その代表例だろう。彼女の声には、子どものようなあどけなさと、大人の余韻が同居している。真っすぐで可憐な響きが、聞く者の胸に澄み切った光を差し込む一方で、どこか謎めいた影を漂わせる。その独特のバランスこそ、古川が放つ“声の魔法”である。『あんぱん』初登場時はセリフがなかったものの、SNS上ではすでに「キラキラした表情だけで魅せる」「表情で訴える演技が好き」と話題になっていた。

声そのものがキャラクターをつくる

古川の声は、俳優にありがちな“演じ分けの道具”というより、役柄を根本から形づくる核である。多くの俳優は役に合わせて声色を変えたり、トーンを調整したりするが、古川の場合はトーン自体は大きく変えない。それでも、同じ声からまったく異なる印象が立ち上がる。

理由は、声の持つ二面性にある。柔らかで幼さを残した響きは純粋さや無垢さを印象づけるが、その奥に潜む不思議な余韻が影や秘密を想像させる。この同居感が、観客に“もう一度聴きたい”と思わせる中毒性を持つのだ。

星子が口にする「純粋にミュージカルが見たくて来たんです。私は、『アンパンマン』がもっと多くの人に愛されるって信じてます。本気です」という台詞は、一見すればありふれたファンの言葉だ。しかし古川の声に乗ると、それは単なる感想ではなく“純度ある信念”として響く。

声に宿る無垢さが、理屈を超えて観る者の心に届く。星子は物語の後半に登場する人物であり、主要キャラクターたちに新たな光を当てる存在だが、その役割を支えているのは古川の声の力に他ならない。声そのものが、星子の“信じる力”を形にしているのである。

映画『言えない秘密』の雪乃:声がつくる謎と余韻

一方で、映画『言えない秘密』で古川が演じた雪乃役では、同じ声がまったく別の意味を持つ。京本大我演じる湊人と出会う雪乃は、明るく親しみやすい一面を見せる女性だが、やがて大きな秘密を抱えていることが明かされる。

古川の声の柔らかさは、観客に安心感を与える一方、その裏で“なにか隠しているのでは”という疑念を同時に呼び起こす。二度目に観ると、彼女の声の間合いや抑揚に伏線が隠されていたことに気づく。雪乃の不可解さを自然に醸し出したのは、まさに古川の声が持つ余韻の力だった。

興味深いのは、星子と雪乃の声のトーン自体は大きく変わらないことだ。両方とも柔らかく高めの音域で、可憐な印象を持つ。しかし、星子の声は“真っすぐな信念”に、雪乃の声は“謎と影”に変換される。この違いを生むのは、声そのものではなく、表情や間合いとの組み合わせだ。

セリフの前後に生まれる沈黙、視線の揺れ、身体の角度。それらが声に新しい層を与え、印象をがらりと変える。大声や誇張ではなく、“静の演技”によって声を生かしているのである。

声の“表情”を重ねてきた軌跡

古川は朝ドラ『エール』でも、思春期の華を演じるなかで、この“声の二面性”を示していた。夢を持てない焦燥を声の揺らぎで表現し、母を思いやる優しさも同じ声に込めた。そこでも声は、キャラクターの矛盾や複雑さを浮かび上がらせていた。

こうして積み重ねてきた役ごとの声の“表情”が、『あんぱん』星子や『言えない秘密』雪乃に結実している。役柄が違っても声の魔法は変わらず、観客を新しい感覚へと導く。

古川琴音の魅力は、声そのものに宿る二面性にある。あどけなさとミステリアスさを自在に行き来し、同じ声でまったく異なる人物像を成立させてしまう。声を大きく変えるのではなく、トーンを保ちながら間や表情で印象を操作する“静の演技”は、まさに彼女独自の武器だ。

『あんぱん』で星子の信じる力を響かせ、『言えない秘密』で雪乃の影を匂わせた古川琴音。彼女の声に耳を澄ませると、登場人物の奥底に眠る真実が見えてくる。だから私たちは、彼女の声を“もう一度聴きたい”と思うのだ。


連続テレビ小説『あんぱん』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_