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綿密に計画を立てなければ旅行できなかった私が、旅程表を作るのをやめた理由

  • 2025.7.23
Woman hiking near lake Antermoia in Dolomites

10日間にわたるタイ旅行もまだ2日目の夜、北部の山奥にある小さな町・パーイのバーに腰掛けながら、私はひどく落ち込んでいた。ここは“まだ知られていない静かな地”だと誰かに勧められた……はずだった。将来の計画も立てずに仕事を辞めたばかりの私が、ムンバイの喧騒を離れて一人静かに物思いにふけるのにピッタリだと思いわざわざ訪れたのに、到着早々まるで街全体が土曜日夜のナイトクラブのような様相を呈していた。どこかでは警報が鳴り、静けさなど微塵もない。

休暇中にこんな落胆を味わった経験があるのは、私だけではないはず。ソーシャルメディアでは、「トップ10」や「必ず行くべき場所」、「人生を変える」といった決まり文句とともに、数え切れないほどのおすすめスポットが紹介され、必ずしも現実に則しているとは言えない“幻想”を作り上げている。そして、私自身を含むハッスルカルチャーに生きるミレニアル世代は、資本主義的な考えにより、なるべく多くの体験を短い時間で効率的に詰め込むべきだと刷り込まれている。強迫観念に駆られるように1分1秒を刻む旅程を組みがちな私は、結局価値がないものを見るために数時間並び続けたことも。海外に行くことが難しかった一世代前までは、それでもよかったのかもしれない。けれど、今は状況が違う。仕事やインターネットの情報の波に疲れ果てた私たちは、休暇を取得して8時間たっぷり眠ったり、ゆっくりシャワーを浴びたり、コーヒーをじっくりと味わいながら旧友とキャッチアップをしたりしたいのだ。

2025年の今、世界を旅する人々はある種の“試練”に直面しているといっても過言ではないだろう。なぜなら私たちは初めて、「どこに行きたいのか」だけでなく「何のために行くのか」を自問し始めているからだ。「リラックスして楽しむために休暇を取っているのであって、旅程をこなすことでいつも以上に自分を疲れさせるためではありません」と話すのは、プラハ、ウィーン、ブダペスト周遊する新婚旅行を終えたばかりのマイトレイ・バティア。彼女と夫はプラハ到着初日にウォーキングツアーに申し込んでいたものの、時差ボケで楽しめないことに気がつきキャンセルしたという。資本主義と不安定な雇用のなかで、「私は仕事だけでもかなり疲労しています。だからこそ、ここに来る前よりも疲れ果てた状態ではなく、元気いっぱいになって帰りたいのです」と明かす。

Woman on a wooden raft on a river among tropical trees, Philippines

この流れは数年前からトレンドになりつつあり、「スロートラベル」という言葉はソーシャルメディア上のハッシュタグだったのが、観光局が積極的に活用するマーケティングの流行語へと変化した。タイが舞台の最新シーズンも人気を呼んだドラマ『ザ・ホワイト・ロータス』では、登場人物たちが慌ただしく観光するのではなく、プールサイドに座り、カクテルを飲みながら、地元の人々との“つながり”を通じて現地の文化を体験しようとする様子が描かれている。

セラピストのアキラ・ファドニスは、「旅行はエキゾチックで変わったインスタグラムの投稿をしたり、ミシュランの星付きレストランの料理を味わったりするような、名声のためのものではなくなった」と述べる。「普段の生活で自分のために費やす時間が少ない私たちにとって旅行は、たとえ一時的であっても新しい生き方を探求する機会になっています。Airbnbに宿泊し、自分の洗濯をし、地元のスーパーで食料品の買い出しをし、公共交通機関の使い方を学ぶ。自国以外の文化がどのように機能しているかを知り、洞察するチャンスなのです」とファドニス。

その後、幸運なことに私はパーイでゆっくりとしたひとときを過ごすことができた。3日目の朝、私は決意を固めてメインストリートとは反対方向に歩き続けた。草を食べる牛の姿以外は人影も見当たらないような広大な野原を進んでいくと、こちらに向かって歩いてくる憂鬱そうな旅人に出会った。そして、彼と人生やトラウマなどについてカタルシスに満ちた会話を交わすという、想像もしてみなかった体験をしたのだ。その後、小さなカフェで一人、極上のコーヒーを愉しんだ。これらの経験は計画されていなかったからこそ豊かだったのだと思う。決まりごとや分刻みの旅程から離れ、未知の世界に足を踏み入れたとき、タイは私に“出会い”という形で贈り物をしてくれた。旅行は“成果”であり、努力で旅程を叶えるべきだと思っていた頃の私なら、こうした瞬間を「時間の無駄」だと考えていただろう。けれど今は、スマートフォンを置いて、ほんの少しの時間でも違う生き方をしたいという願望とともに世界へ出かけることこそが旅なのだと、私は信じ始めている。

Text: Avantika Shankar Adaptation: Nanami Kobayashi

From: VOGUE INDIA

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