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理想の光と風を求めて。ガラス作家、ピーター・アイビーが造った実験窓

  • 2025.7.13
ガラス作家、ピーター・アイビーの自宅 リビング 窓

窓が気づかせてくれるのは、移ろう光の美しさ

築70年の日本家屋に、ヨーロッパ風の押し出し窓と日本の障子が並び、ステンドグラスをはめた窓と茶室のような竹の窓が同居する。窓がこんなにも自由なものだなんて。

「この家は、私が欲しい空間や機能を自分で作って使ってみるための実験の場です。なかでも大切なのが窓。なぜなら、ガラスを作る者にとって重要な“光”に関わる装置だから」

ガラス作家のピーター・アイビーさんがそう話す。富山の田園地帯に立つ民家を手に入れ、DIYで改築を始めたのは2015年頃だ。解体した当初、壁は下地が剥き出しで窓ガラスもなし。雨風上等な吹きさらしの室内にハンモックを持ち込んで、寝泊まりしながら光の移り変わりや風の通り道を学び、プランを練った。

「朝はどの高さから光が差し込むのか、どこから吹く風が心地よいのか。既存の開口部を生かすのではなく、どの場所にどんな窓が必要かを、イチからじっくり考えました」

最初の大きな実験は、屋根を壊して採光窓を開けたこと。古い民家は室内が暗く、美しい梁(はり)や柱も見えづらい。屋根の一部を一段上げ、ハイサイドライトを設けることで、家の真ん中にも光が届くようにした。

ガラス作家、ピーター・アイビーの自宅2階
2階、南向きの窓。「私にとっての窓は風を通すものなので、開けられることが条件。この家にフィックス窓はなく、ほとんどが取り外して水洗いできる仕様です」
ガラス作家、ピーター・アイビーの自宅サンルーム
日よけのすだれを掛けたサンルーム。床はモロッコタイル。「ガラス窓に光が反射したり、緑の景色が映り込んだりした時の、美しいゆらぎに惹かれます」
ガラス作家、ピーター・アイビーの自宅 外観
1階、リビングや子供室がある南側外観。パタパタとリズミカルに開け閉めされた木枠の押し出し窓と、増築した部分に張った大谷石のコンビネーションが魅力的。
ガラス作家、ピーター・アイビーの自宅 洗濯室 窓
庭に面した洗面室の窓。自作した細い板状のガラスを木枠に並べた。板と板の隙間を風が抜ける。「水田を眺めながら歩いていたら、自分とともに景色も動いているように感じたんです。その感覚を再現した窓。とても気に入っています」
ガラス作家、ピーター・アイビーの自宅 子供部屋
子供室の押し出し窓。窓枠はベイマツ材、金具は海外で見つけたデッドストックを改造して使用している。「古い金具は留めたり外したりに一手間かかるけれど、その動作もまた楽しい」
ガラス作家、ピーター・アイビーの自宅 リビング
ヨーロッパ風「押し出し窓」と日本の「雪見障子」のアイデアを合わせたリビングの窓。「障子は上半分を開けることができる“逆さ雪見”。リビングの床に座って、空を見るのが好きなんです」
ガラス作家、ピーター・アイビーの自宅 キッチンカウンター
庭に面したキッチンカウンターの一角。調理中の手元を明るくするために、自ら吹いたガラスブロックを1列だけはめ込んだ。柔らかな自然光を取り入れるための、これも小さな窓。
ガラス作家、ピーター・アイビーの自宅 エントランス
エントランスと母屋を繋ぐ回廊には、向こうがかすかに透けて見える葦簀(よしず)のような窓を付けた。「周囲との境界を完全に閉じたくなかったんです。窓は京都の竹職人さんが平割りした竹を、フシの位置を揃えて重ねたもの」。フシの部分が模様に見えるのも風情がある。

さらに、家族がくつろぐリビングには、窓から見える景色をコントロールできる障子を設置。ガラスの展示会も行うギャラリーには自作のステンドグラスの窓を採用し、キッチンには庭を眺めながら料理できる大窓を設置して……と、それぞれの場所にふさわしい窓を考えた。

ガラス作家、ピーター・アイビーのガラス工房 窓
ステンドグラスをはめた窓。板ガラスはピーターさんが吹きガラスの技法を用いて制作した。子供室とギャラリーを仕切る壁の上部に設けられ、屋外に面した窓を持つ子供室から、建物の真ん中に位置するギャラリーへと自然の風を運ぶ。
ガラス作家、ピーター・アイビーのガラス工房
自宅に隣接するガラス工房の一角。ガラス窓の手前に背のない棚を造り付け、花器などの作品を飾っている。背面となる窓ガラスには和紙を張り、外からの光を和らげている。
ガラス作家、ピーター・アイビーの自宅 バスルーム
2階バスルームの天窓。この家に住みながら光や風の入り方を確かめ、改築を進めた。最適な位置に設けたバスルームの天窓からは、朝の心地よい自然光が降り注ぎ、星空や月も見える。
ガラス作家、ピーター・アイビーの自宅 洗面室
リビングと洗面室の間の窓。木枠のガラス窓と無双連子窓を重ねている。無双連子(れんじ)窓とは、前後に重ねた縦格子の一方をスライドして開閉する窓。開閉具合で換気窓にも目隠しにもなる。
ガラス作家、ピーター・アイビーのアトリエ 窓
農家の納屋を改装したアトリエ。「もともとあった窓の手前に古い棚をくっつけてみた。つまり、窓を背にした棚ですね。この次は、屋外に棚を張り出させた出窓を造ろうと考えています」。自身のガラスの器やアイデアソースになる古道具などを飾っている。

「庭の池に反射した朝日がキッチンの窓に映り、キラキラ輝く瞬間がとても気持ちいい。夕方、リビングに差し込む光がだんだんぼやけてきて、気づいたらあたりが薄暗くなっているのも好き。家のどこで過ごしていても、窓を通して光の移り変わりを感じられるのがうれしいんです」

その感覚を「エフェメラルなもの」とピーターさんは言う。つかの間の、とか、儚(はかな)いもの、という意味だ。

ガラス作家、ピーター・アイビーの自宅 窓の金具
窓の金具はデンマークやアメリカで見つけたデッドストックが多い。真鍮製(しんちゅうせい)の留め具。開け閉めする時のカチッという感触が気持ちいい。
ガラス作家、ピーター・アイビーの自宅 窓の金具
天井近くの窓を留める鉄製の金具。
ガラス作家、ピーター・アイビーの自宅 窓の金具
真鍮製。「窓の開き加減を調節できる仕組みが面白い。これを参考にして自分でも作ってみようと思っています」

「窓ガラスに反射した光は美しい姿を見せるけれど、一瞬で変化して消えてしまう。窓ガラスの向こうの景色はユラユラと移ろいやすく、こことは別の時間が流れる別の世界のように見えたりもします。それは私が目指すガラス作品にも言えること。目の前に確かに存在するのに、限りなく薄くて繊細で、眺めているうちに世界と同化していくようなものを作りたい。どうしたら、そのエフェメラルな美しさを自分のものにできるんだろう。窓を眺めながら、いつもそんなことを考えています」

ガラス作家、ピーター・アイビーの自宅 リビング 窓
リビング。屋外側が4連の押し出し窓、室内側が4枚仕立ての逆さ雪見障子(写真は1枚開けている)。障子の手前に並ぶのは、代表作であるガラスジャーにミニ盆栽を入れたもの。
ガラス作家、ピーター・アイビーの自宅 キッチン
キッチン。正面のシンクや調理台前に大きな窓を設けた。窓の向こう側はサンルームと、池のある庭。ガラスシェードのペンダントは、すべてピーターさんの作品。右手にリビングが続く。

profile

ガラス作家、ピーター・アイビー

Peter Ivy(ガラス作家)

ピーター・アイビー/1969年アメリカ生まれ。大工見習いなどを経てガラスと美術の世界へ。2002年来日。07年に富山へ移住し、ガラス工房〈流動研究所〉を設立。宙吹きガラスの技法で器やアート作品を制作。自宅ギャラリーで展覧会も行う。

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