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「上映すべきじゃない」「観なければ批判はできない」公開直前に“上映中止”で物議醸すも…タブーに切り込む“異彩を放つ”衝撃映画

  • 2025.8.2

映画の中には、公開を待ち望まれながらも、さまざまな事情によって上映中止に追い込まれた作品があります。今回は、そうした“一度上映禁止になった邦画”の中から、5本をセレクト。本記事ではその第1弾として、映画『靖国 YASUKUNI』(ナインエンタテインメント/アルゴ・ピクチャーズ)をご紹介します。靖国神社に通い続けた監督が、その知られざる実態を丹念に記録した本作。上映前から抗議が相次ぎ、多くの劇場で上映中止となった理由とは――。

※本記事は、筆者個人の感想をもとに作品選定・制作された記事です
※一部、ストーリーや役柄に関するネタバレを含みます

あらすじ

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GoogleGeminiにて作成(イメージ)
  • 作品名(配給):映画『靖国 YASUKUNI』(ナインエンタテインメント / アルゴ・ピクチャーズ)
  • 公開日:2008年5月3日
  • 出演:刈谷直治

ふだんは静寂に包まれている靖国神社も、毎年8月15日には空気が一変します。旧日本軍の軍服をまとう人々、追悼集会に抗議して参列者と衝突する若者、そして「勝手に英霊として祀られた」と訴える台湾や韓国の遺族たち――。境内は、祝祭とも混乱とも言いがたい異様な熱気に包まれます。

本作は、そんな靖国神社の姿を、10年にわたって記録。さらに、靖国神社のご神体である日本刀にも焦点を当てています。
靖国をこれまでにない視点から記録したドキュメンタリー作品です。

(※靖国神社のご神体が「刀」であるという考えは、制作会社である有限会社龍影の見解によるものです)

境内で生まれた靖国刀に込められた“侍魂”とは

本作映画『靖国 YASUKUNI』の監督は、中国出身のリ・イン李纓)さんです。

リ監督は1963年に中国で生まれ、中国中央テレビ局のディレクターとしてドキュメンタリー制作に携わった後、1989年に来日。1999年には孫文の参謀だった人物の亡命人生を描いた『2H』でベルリン映画祭最優秀アジア賞を受賞しました。2003年には映画『』でマルセイユ国際映画祭エスペランサ賞も獲得。現在は日本在住のドキュメンタリー監督として、テレビ番組制作にも取り組んでいます。

そんなリ監督が「靖国神社」という名前を初めて知ったのは、中国にいたころのこと。ただそのときは、それが日本社会でどのような意味を持つのかまでは、深く理解していなかったそうです。来日後、日本社会に根づいた靖国神社の存在を知り、監督は「日中関係」としてではなく、日本の内側から靖国神社の存在を描きたいと考えるようになったと、CINRAによるインタビュー内で次のように答えています。

中国人であることや個人の感情的な部分を超えて、日本の国や社会において靖国神社とはどういう意味を持つ場所なのか、それを日本社会の内部に入り込んだところからの視点で描こうとしました。出典:李纓(リ・イン)監督インタビュー(CINRA)2008.03.26

映画『靖国 YASUKUNI』に登場するのは、俳優ではなく、すべて実在の人物です。

10年にわたる撮影の中で、監督は、かつて靖国神社の境内で製造されていた、ある「刀」の存在を知ります。この発見により、靖国をめぐる出来事が一本の線でつながったと感じたといいます。

昭和8年から終戦までの12年間に、靖国神社の境内で製造された約8,100振りもの「靖国刀」。作中では、現役最後の刀匠刈谷直治さんがその製作工程を実演し、刀に込められた歴史的意味が浮かび上がってきます。刃に宿る“侍魂”は、戦争を「聖なるもの」ととらえる歴史観の象徴であり、その精神性が靖国神社と深く結びついている――監督はそう考えました。

靖国神社とは何か。靖国刀に込められた精神とは何か――その問いに、10年の歳月をかけて向き合ったドキュメンタリーです。

発表された全館上映中止、その決断の裏にあったもの

映画『靖国 YASUKUNI』は、公開前から激しい議論を呼び、多くの劇場で上映中止に追い込まれた異例の作品です。

この作品には公的助成金が使われており、この点を一部の国会議員が「政治的に中立なのか」と問題視。これを受けて文化庁が議員向けの試写会を実施すると、「事前検閲ではないか」「表現の自由が脅かされている」と批判が広がりました。

上映予定の劇場前には街宣車が現れ、抗議活動が繰り返されました。電話やメールでの苦情も相次ぎ、「問題が大きくなりすぎた」として中止を決める館も。とくに小規模な劇場では、対応そのものが大きな負担となり、「近隣や来場者に迷惑がかかる」との理由で自主的に上映を断念するケースが続出。

一部では、現場と配給会社の間で上映が決まっていたにもかかわらず、上層部の判断で中止となったという証言もあります。

4月12日より公開が予定されていたが、3月31日には配給元がすべての上映を見送ると発表しました。
これを受けて、4月10日、国会内で開かれた記者会見では、リ監督や映画関係者が「政治的圧力による表現の自由の侵害」を訴えました。

その後、再上映を求める声が高まり、4月21日には全国23館での公開が決定。東京では5月3日から上映が始まりました。

この騒動をめぐっては、「言論の自由を脅かす行為」とする意見と、「劇場側にとってはやむを得ない判断だった」とする声があり、見方は分かれました。

一方で本作は、海外では高く評価され、2008年の第32回香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を受賞。国内外での評価の差も注目されました。

賛否両論 ― 意見が極端に分かれた異例の作品

映画『靖国 YASUKUNI』は、上映前から政治的な圧力が報じられていましたが、公開後にはネット上で賛否両論が飛び交いました。

「靖国の歴史的意味に迫る作品」といった肯定的な声がある一方で、「上映すべきじゃない」などの声も見られました。

また、「作品を観ずに批判している人が多い」「観なければ批判はできない」といったコメントからは、本作をめぐる議論が単なる賛否を超え、言論や社会のあり方にまで波及していたことがうかがえます。

この映画をめぐる騒動は、「表現の自由とは何か」という根本的な問いを、社会全体に突きつけたと言えるでしょう。そうした経緯もふくめて、映画『靖国 YASUKUNI』は、「一度上映禁止になった邦画」として、今も語り継がれています。


※記事は執筆時点の情報です