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街の本屋はこのまま消滅していくのか…便利なAmazonではなく書店で本を買う"本当の価値"

  • 2025.5.25

全国各地で書店が姿を消していく中、個人店主が独自の視点で本を仕入れる「独立系書店」が本好きの支持を得ている。ネットで本が買える今の時代、書店が生き残るためには何が必要なのか。ノンフィクションライターの三宅玲子さんが取材した――。

「東京の本屋」の中に「鳥取の本屋」?

ここは本屋Title。JR荻窪駅北口から歩いて13分。青梅街道沿いに店を構える独立書店だ。この春、2階にあるギャラリーに立ち現れたのは、かつて「書店員の聖地」と呼ばれた、鳥取市の書店である。

<本屋的人間という言葉が好きだ。「いのち」を使い切る、その手立てとして「本」しか思いつかない人間のことだ。>
<「身の丈」は「狭い」ということだ。狭いから声が遠くまで届かなくていい。声が大きいと、届かなくていいところまで届いてしまう。>

白い壁には、定有堂書店の店主・奈良敏行さんの新著『本屋のパンセ 定有堂書店で考えたこと』(作品社)とミニコミ誌『音信不通』から抜粋した言葉が貼られていた。

書店Titleの壁に貼られた言葉たち
本屋Titleの壁に貼られた言葉たち。本を商う根源を表しているのだろうか

本屋の中に本屋。入れ子みたいな展覧会だ。Title店主の辻山良雄さんが、13坪の本屋の2階に、敬愛する定有堂書店を蘇らせた。

本屋Titleの2階ギャラリーに蘇った定有堂書店
本屋Titleの2階ギャラリーに蘇った定有堂書店
遠く離れた2つの独立書店の共通点

定有堂書店はもうない。1980年に鳥取市の目抜通りに開業以来、43年にわたり鳥取の本読みたちの心を潤し、2023年春、惜しまれつつ閉じた。

本好きだけでなく書店員にも愛された定有堂書店
本好きだけでなく書店員にも愛された定有堂書店

参照記事:なぜアマゾンではダメなのか…駅前の名物書店「定有堂」の閉店に鳥取の本好きが悲鳴をあげている理由

私は、各地で根を下ろす独立書店に話を聞いて歩き、『本屋のない人生なんて』(光文社)にまとめたことがある。訪ねた12の書店はそれぞれに、その土地で、代わりのきかない、心を休める場所をひとびとに差し出していた。

営業形態や力点は、土地のひとたちの求めや書店主の好みを反映して異なっていたが、その中でも定有堂とTitleには共通するところが多かった。たとえば、路面店であること、人文書の選書が充実していること、雑誌を取り扱う総合書店であることなど。

青梅街道沿いに店を構える本屋Title
青梅街道沿いに店を構える本屋Title
まったく違うようで、どこか似ている棚

2つの店を思い浮かべるとき、とりわけ鮮やかに立ち上がってくるのは、「棚」だった。2つの書店の棚が似ているのかといえば、決してそうではない。

たとえば、定有堂の棚には、「ちいさな道しるべと自己肯定」といった奈良さんの言葉が掲げられていた。並んでいる本とは一見、脈絡がなさそうだが、読者に向かって饒舌に語りかけてくるのだ。

定有堂書店の棚
定有堂書店の棚

他方、Titleの棚はといえば、<文学><アート>といった分類のサインすらない。

本屋Titleの棚
本屋Titleの棚

だが、Titleと定有堂の棚は何か似ていた。本を並べる順番の工夫に、近い点があるのではないかと思った。棚にぎっしりと詰め込まれた背表紙の連なりを目で追いながら、気づけば、本を読むことにただ没頭した少女時代の自分と対話しているような気持ちになっている、それが定有堂であり、Titleなのだった。

本屋の商いからちょっとはみ出していた

本を仕入れて販売することが本屋の商いだとするなら、定有堂書店の営みは、基本をそこにおきながらも、ややはみ出していたといっていい。奈良さんは、毎月ミニコミ誌『音信不通』を発行し、30年以上にわたり、店の2階で読書会を開いた。『音信不通』には奈良さんとつながる鳥取内外の人たちが毎月文章を寄せる。

書籍『本屋のパンセ』は、奈良さんが『音信不通』の巻頭随筆に綴った文章に加筆し、まとめたものだ。

「読書室」という、読書にまつわる活動を主宰する三砂慶明さんが、世に送り出した。三砂さんは膨大な量の『音信不通』の奈良さんの文章にすべて目を通し、「本のビオトープ」「『普通』の本屋」「焚き火の読書会」「本屋の青空を見上げて」「終わりから始まる」の5つの柱を見出した。本書はこの5つで章立てされている。

いずれも、奈良さんが「定有堂とは何か」を表現するときによく口にする言葉たちだ。少しわかりづらいかもしれないので、私の解釈で意訳すると、「ビオトープ」は本の並ぶ場所で深呼吸ができるような、とでもいったらいいだろうか。「『普通』の本屋」とは町の往来にある本屋を指している。

「焚き火」とは、本来一人で読む行為(読書)を他者とともにすることでわかちあう「温もり」を伝えるワードだ。「本屋の青空」とは、本屋の棚の前で過ごす時間によって心に晴れ間が現れること。そして、「終わりから始まる」は、書店を閉じてからの人生を指す。

「学ぶこと」を求め続けた結果

奈良さんは団塊世代で、1960年代の終わりに大学時代を過ごした。早稲田大学のキャンパスは学生運動が燃え盛り、奈良さんは十分に学ぶことのできない不全感とともに卒業した。歌舞伎の興業担当として全国を移動する仕事に就いたが、学ぶことへの欲求から、職を替え、「寺小屋教室」という自主講座グループで、20代や30代の研究者や学ぶことに渇望する人たちとともに哲学や思想を学んだ。

奈良敏行さん
奈良敏行さん

妻のふるさと鳥取で定有堂書店を開業してからも、奈良さんは学ぶことを求めた。それが、ともに読む「読む会」であり、文章を綴る『音信不通』だった。「読む会」は、定有堂教室と名づけられたサークル活動のクラスのひとつだ。

奈良さんが読んできた本は、社会科学、思想、哲学など人文書がほとんどを占める。だからなのか、奈良さんの文章は哲学書を読んでいるようだ。たとえば、「このもの性」「あわい」といった、奈良さんが好んで使う単語は、正直いって、読む側にはとっつきにくい。だが、そこにこそ定有堂の本質があると三砂さんは言う。

本屋に行くと、知らない世界と出会える

「奈良さんの文章を読むと、奈良さんは簡単に答えを出していないことがわかります。答えがわかれば、そこで思考は止まってしまう。奈良さんはそうではありません。早く、簡単にわかることがよいとされる時代に、奈良さんの思索は真逆です。でも、考え続けることからいろんなものがつながって奈良さんの周囲の世界をつなげています。そうして地域に開かれた本屋になっていきました」(三砂さん)

三砂慶明さん
三砂慶明さん

アマゾンで本を買うことと書店を訪れることの違いも、同じ文脈で語ることができると三砂さんはいう。

「検索で得られる情報は自分の認知から出られないけれど、本屋だと棚の目的の本から視線をずらしていくことでさまざまな本と出会い、知らない世界と出会えます。わざわざ書店に足を運ぶことで、世界が広がっていくのです」

たった一軒でその土地の文化をつくった

『本屋のパンセ』の編集を終えたいま、三砂さんは定有堂という場所をどのように振り返るだろう。

「たったひとつの書店が、その土地の文化をつくることができる、それを証明したのが奈良さんであり、定有堂でした」

定有堂書店に架けられていた額。Titleのギャラリーで「復活」した
定有堂書店に架けられていた永六輔の書。Titleのギャラリーで「復活」した

「土地の文化」とは、ともに本を読む場「読む会」を30年間同じ場所で続けたことであり、ミニコミ誌『音信不通』をつくり続けたことだ。

ここで三砂さんと奈良さんの出会いについて触れたい。

三砂さんは、全国展開する書店の関西の店舗で出版事業や店舗企画に携わるかたわら、「読書室」を主宰する。書店員としての三砂さんは、自身が「これ」と思う本を何冊も全国一の売上に導いた腕利きだ。

得意な担当領域は「ビジネス書」と「人文書」。売れる本の要件はと問うと間をおかずに「その著者でないと書けない内容であること。時代とテーマが合っているか」と簡潔に答える。

その三砂さんが「読書室」の活動を始めたきっかけのひとつが、奈良さんとの出会いだった。

腕利きの書店員が抱えていた悩み

それは定有堂が閉店する数年前だったという。三砂さんは系列書店を利用したひとりの客から定有堂を教えられた。思い切って店を訪ね、初対面の奈良さんと話し込んだ。

対話の中で、ふと三砂さんは「新しい働き方とは何か」について模索しているのだと、思いを吐露した。1982年生まれの三砂さんは40歳にさしかかり、自分らしい働き方を模索し、入り口をどうしたらいいか悩んでいた。

すると、奈良さんは三砂さんが持参した「読書の学校」と題した自作のリーフレットに目を通し、「あなたは本よりも読書が上位概念にありますね」と指摘する。そして2冊の本を勧めた。『スモールハウス』(高村友也・ちくま文庫)と『自分の仕事をつくる』(西村佳哲・ちくま文庫)だ。

これらの本を読んで、物心ともに真の意味で身軽になれば、自分の好きなことを始めるのはそれほど難しいことではないと、三砂さんは気づく。そして、プロジェクト「読書室」を始めた。読書に関わるあらゆることを企画し、参加する人と時間をともにすることを目指す。『本屋のパンセ』は、出版社に三砂さんが自ら提案して実現した、「読書室」発の企画だ。

孤独な本読みたちが集うと…

ところで、本を読む人は孤独だと奈良さんは話す。

本屋Titleの店主・辻山さんの著書『しぶとい十人の本屋』(朝日出版社)には、奈良さんのこんな言葉が紹介されている。

<やはり何か深い本を読んでいる人ほど孤独なんですよね。ある雑誌に書いたんですけど、そのころカバーをかけてくださいというお客さんが何人かいらっしゃったんです。自分が、こんな難しそうな本を読んでいることを職場の人間に知られたら、居場所がなくなってしまうと……。その人たち、けっこう本気でおっしゃっていました。「でも、ここの読書会ではカバー抜きで、堂々と本を見せ合うことができる」。そんなこともおっしゃられましたね。そうした人たちの中には、勤めている会社に一時的に潜り込んでいるという気持ちがあります。潜り込んで、自分を偽っているんだけど、ほんとうの自分は本の中にある。それはとっても大事なことです。>

Titleのギャラリーにも「読書は深めれば深めるほど人を孤独にする」という奈良さんの言葉
Titleのギャラリーにも「読書は深めれば深めるほど人を孤独にする」という奈良さんの言葉

読書は孤独な行為だ。孤独を好む質たちの人が本を求めるともいうことができるかもしれない。だが、こと難解な本に関しては、いっしょに読む時間を通して、互いに道連れの存在を知る。それは、孤独な本読みたちにとって、生きることを心強くするというのだ。

それが奈良さんの「読む会」であり、『音信不通』だったとすれば、「読書室」というプラットフォームをつくった三砂さんは、奈良さんとはまた異なるやり方で、ともに読む仲間と出会いに行こうとしているのだろう。

跡地に新しい「本屋」が誕生した

定有堂のあったビルは人手にわたり、2階に小さな本屋が開業した。

その本屋「SHEEPSHEEP BOOKS」は一角に一箱本屋のコーナーを設けていて、12人の一箱店主が箱を並べ合っている。奈良さんもその一人だ。

ミニコミ誌『音信不通』の毎月の発行は続き、「読む会」も毎月開かれている。「定有堂」という言葉はもはや、ともに読み、ともに書くというひとつの概念に昇華した。

学ぶことへの憧れを手放さず、読み、学び、書く。本とともにてくてくと歩いていく奈良さんの姿は、本を商うことを終えてからむしろ、かがやきを増しているかのようだ。

「本屋の中の本屋」という仕事

さて、これからの本屋はどのように生きていくのだろうか。三砂さんはこんな答えを返した。

「それがほんとうにやりたいことなら、たとえ赤字が出ても、やり続けるでしょう。あるいは、生活を成り立たせるために、本屋ともうひとつ、別の仕事をしてもいいわけです。その人がやめない限り、続けられるし、続けるやり方はあるはずです」

そういわれてみて改めて気づく。一箱本屋に構えを変えて、奈良さんは今もこれからもずっと本屋だ。

『本屋のパンセ』に、ある人が奈良さんを「Booksellers’ Bookseller」と評したというくだりが出てくる。「本屋の中の本屋」と訳せばいいだろうか。一生をかけて本屋であり続ける奈良さんは、本屋の中の本屋ではないか。本屋とは、孤独な人の心を温め、町の文化を育てる、広くて深い、「道」のような仕事なのだ。

三宅 玲子(みやけ・れいこ)
ノンフィクションライター
熊本県生まれ。「ひとと世の中」をテーマに取材。2024年3月、北海道から九州まで11の独立書店の物語『本屋のない人生なんて』(光文社)を出版。他に『真夜中の陽だまり ルポ・夜間保育園』(文芸春秋)。

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