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原作では“動かないキャラ”をどう表現するか? 映像化困難だった作品が実写で見せた“逆転劇”『岸辺露伴は動かない』

  • 2025.6.17
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(C)SANKEI

5月23日。劇場映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』(以下、『懺悔室』)が公開され話題を呼んでいる。

本作は人を本に変えて相手の記憶を読んだり、文字を書き込むことで行動を操る能力「ヘブンズ・ドアー」を操る漫画家・岸辺露伴(高橋一生)を主人公にしたドラマシリーズの劇場映画第二作。

今回の舞台はイタリア。ヴェネツィアの大学で行われる文化交流イベントに呼ばれた露伴は、編集者の泉京香(飯豊まりえ)よりも先にヴェネツィアに向かい、教会で漫画の取材をしていたのだが、懺悔室に入った際に神父と間違われ、謎の男の懺悔を聴くことになる。

男は水尾(大東駿介)という日本人で、25年前にヴェネツィアで肉体労働をしていた時、浮浪者のソトバ(戸次重幸)に食料と引き換えに無理やり働かせたことで事故死させてしまう。
お前が幸せの絶頂の時、オレ以上の絶望を味あわせてやる! という死に際の言葉を聞いた水尾は、その後、次々と幸運が舞い込むようになり、ビジネスに成功し家族を持つようになるが、幸福の絶頂に辿りつかないように、常に気をつけていた。 しかし、娘が広場でポップコーンを跳ね上げて口でキャッチする愛くるしい姿を見て、幸福の絶頂を感じてしまう。
その瞬間、ソトバの呪いが現れ娘に憑依し、水尾にポップコーンを広場にあるランプより高く投げて口で3回キャッチしろ。3度続けて成功すれば、オレは消える。だが、失敗したら「絶望を受け入れろ」と脅迫。水尾は命をかけたポップコーンキャッチに挑戦することになる。

『ジョジョ』のスピンオフシリーズとしての怪異譚『岸辺露伴は動かない』

『岸辺露伴は動かない』(以下、『岸辺露伴』)は荒木飛呂彦の人気漫画『ジョジョの奇妙な冒険』(以下『ジョジョ』)シリーズのスピンオフ漫画で、現在は第3巻まで刊行されている。

2020年にNHKでドラマ化されて以降、年に1~3話のペースで放送される人気シリーズとなり、2024年にはフランスのルーブル美術館を舞台にした映画『岸辺露伴 ルーブルへ行く』が劇場公開された。今回の『懺悔室』は、記念すべき漫画第一作となるエピソードで、満を持しての映画化となる。

劇中では、岸辺露伴が漫画の取材をする中で遭遇する様々な怪異現象が描かれる。

大富豪が暮らす村を舞台に失敗すると大切なものを失う恐怖のマナー試験を描いた第1話「富豪村」。
身体を鍛えることに執拗なこだわりを見せる俳優志望の男性とスポーツジムで出会った際に起こった奇妙な対決の顛末を描いた第4話「ザ・ラン」。
見る者に絶望を与える、この世で最も黒い色で描かれた最も邪悪な絵画に込められた呪いを描いた映画『岸辺露伴 ルーブルへ行く』等々、どのエピソードも正体不明の怪異現象に露伴が遭遇し、その呪いを露伴が解こうと悪戦苦闘する姿が描かれている。

『ジョジョ』の最大の魅力にスタンドという超能力がある。
スタンドとは人間の精神エネルギーが具現化した背後霊のような存在で、荒木飛呂彦の卓越した画力によって描かれた生物と機械が融合したような独自の造形美が絶大な支持を受けている。
スタンドはそれぞれ特殊能力を持っており、スタンド使い同士の異能力バトルが『ジョジョ』の最大の見せ場となっている。それは『岸辺露伴』の怪異現象も同様で、どちらも荒木の超絶作画ありきの表現であり、実写映像に落とし込むことは難しかった。
シリーズ化を念頭に実写映画化された三池崇史監督の『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章』は、CGでスタンドバトルを再現しようと試みたが、あまり上手くいかず、第二章は未だ作られていない。

そのため、『岸辺露伴』のドラマ化も難しいのではないかと思われていたが、漫画とは違う実写ならではの表現に落とし込むことで、実写ならではの『岸辺露伴』を作り出すことに成功している。

実写ならではのアプローチで成功したドラマ版『岸辺露伴』

『岸辺露伴』の企画・監督は渡辺一貴、脚本は小林靖子が担当している。

小林はアニメ版『ジョジョ』のシリーズ構成と脚本を担当しているのだが、一方で『仮面ライダー電王』等の特撮ドラマも多数手掛けている。

そのため、漫画を実写化する際の、できることとできないことの見極めが実にしっかりしている 『岸辺露伴』では、露伴の「ヘブンズ・ドアー」や怪異現象を漫画通りに再現するのではなく、実写ならではのアナログ的な質感に落とし込んでいる。

何より大英断だったのは、劇中で「ヘブンズ・ドアー」をギフトや能力と呼び、「スタンド」という名称を用いなかったことだろう。その結果、怪異譚としての側面がより強まっている。

また、漫画は露伴が一人で怪異に遭遇する回が多いのだが、ドラマでは露伴と編集者の泉京香のバディものとしての側面が強くなっている。 これは『TRICK』や『時効警察』といった男女のバディモノのミステリードラマの型を転用したもので、天才で変人の露伴に対する常識人の泉がツッコミを入れるというやりとりが入ることでドラマがとても見やすくなっている。

何より最大の成功は、露伴役に高橋一生を起用したことだろう。 高橋が見せるエキセントリックな台詞回しや過剰な芝居は、荒木ワールドを見事に体現しており、指先まで完全に岸辺露伴になりきっている。他の役者もケレン味のある芝居と過剰な台詞回しを楽しんでおり、普段は見られない振り切った演技の応酬が見られるドラマとしてとても面白い。
そして、映画化の際には海外ロケを積極的におこなっており、現実の風景を映すことで荒木漫画に匹敵する迫力を獲得している。特に今回の『懺悔室』はヴェネツィアの古い町並みが美しく見応えがあり、観光映画としても魅力的だ。同時にストーリーにも毎回、原作の魅力を踏まえた上で独自のアレンジが施されている。

原作漫画の『懺悔室』では、水尾とソトバのポップコーン対決が最大の山場で、露伴は終始聞き役に徹しており、物語には深く絡まなかった。
おそらく『懺悔室』が中々映像化されなかったのは、主役の露伴が本編に絡まないため、劇中での扱いの難しかったことが一番の原因だったと思うのだが、今回の映画化では漫画の結末を踏まえた上で、映画ならではの、その後の物語が付け加えられている。

漫画では動かなかった露伴は、映画ではどう動くのか?
ぜひ、映画館で確かめてほしい。


ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。