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なぜ時代に置いていかれないのか?最新作から見えた大御所脚本家が今もヒットし続ける”理由“

  • 2025.4.15
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(C)SANKEI

4月4日。映画『片思い世界』が劇場公開された。

主演は広瀬すず、杉咲花、清原果耶という日本を代表する若手トップ女優3人。
そして監督は土井裕泰、脚本は坂元裕二。2021年に大ヒットした恋愛映画『花束みたいな恋をした』のチームの最新作だ。

本作は、東京の片隅にある古い一軒家で暮らす相楽美咲(広瀬すず)、片石優花(杉咲花)、阿澄さくら(清原果耶)の物語だ。3人は子どもの時にかささぎ児童合唱クラブで知り合った仲で、いっしょに暮らして12年になる。

優花は大学で量子力学や素粒子について学び、さくらは水族館でアルバイトをしている。そして美咲は不動産会社で働いているのだが、通勤のバスで乗り合わせる青年のことが気になっていた。
彼の名前は高杉典真(横浜流星)。現在はスーパーの店員として働いているが、実は美咲とは合唱団時代の知り合いで当時はピアノを弾いていた。さくらは美咲に話しかけようと言うが、どうやら典真には彼女がいるようで、美咲は遠くから見ていることしかできない。そんな美咲をもどかしく思ったさくらは、ある大胆な行動に打って出る。

坂元脚本ならではの軽妙で印象深い台詞や、劇中で流れる美しい合唱曲など、見どころが盛りだくさんの本作だが、なんと言っても最大の魅力は広瀬すず、杉咲花、清原果耶の3人の芝居だろう。

3人は友人同士だが、どこか姉妹のようでもあり、広瀬が長女。杉咲が次女、清原が末っ子の三女のような関係だ。

末っ子の妹役のイメージが強かった広瀬が長女のお姉さん的な役割を演じ、杉咲花が次女で、好奇心旺盛でマイペース。そして一番しっかりしているように見えるクールな清原は一番二人に甘えている末っ子で、キツい口調の裏に二人への愛情が見え隠れするという、3人の関係性がとても愛おしい。

そんな3人の生活が『片思い世界』ではポップでかわいらしく描かれているのだが、本作を観ていると、深夜アニメで放送されているかわいい女の子たちが幸せそうに暮らしている日常を描いた作品を、実写映画の中で展開しているように感じる。

アニメからの影響を強く感じる『片思い世界』と『ファーストキス 1ST KISS』

現在公開中の坂元裕二脚本、塚原あゆ子監督の映画『ファーストキス 1ST KISS』(以下、『ファーストキス』)も松たか子が演じる事故で夫を亡くした40代の女性が過去にタイムスリップして、若い頃の夫と出会い直す姿を描いたSFラブストーリーだったが、『片思い世界』と同じようにこれまでにないアニメチックなテイストが持ち込まれており、坂元裕二ファンの間では賛否を呼んでいる。

坂元は1980年代後半のトレンディドラマの時代から活躍するベテラン脚本家で、1991年には大ヒットした月9(フジテレビ系月曜夜9時枠)の恋愛ドラマ『東京ラブストーリー』を手掛けている。2010年代に入ると、独自の作家性を発揮するようになり『Mother』や『Woman』といった女性が主人公のヒューマンドラマや、少年犯罪の加害者家族と被害者家族の対峙する姿を描いた『それでも、生きてゆく』といった、物語の背景に日本社会の様々な問題が見え隠れする社会派テイストのドラマを多数手掛けるようになる。

坂元は時代の空気に敏感な脚本家だ。だからこそ『花束みたいな恋をした』のような2010年代のポップカルチャーや労働環境を背景にした男女の恋愛模様を書くことが可能だった。風俗に敏感な流行作家という意味において彼の作風はトレンディドラマの時代から一貫しているのだが、そんな坂元が今もっとも関心を向けている対象が、アニメであることが『片思い世界』と『ファーストキス』を観るとよく理解できる。

『片思い世界』のパンフレットに収録されたインタビューで坂元は「実写作品はアニメが描いてるものから逃げずに、ちゃんと向き合うことを意識して作らないといけないんじゃないかって思ったんですよね。多くのアニメには目的意識の強い設定と物語があって、実写もそこを明確にしないと、アニメと向き合うことにならない」と語っている。

その意識が強く反映されたのが『片思い世界』と『ファーストキス』だが、どちらも大胆な設定を用いた物語性の強い映画となっている。その結果、これまで坂元が得意としていた会話劇の面白さに加え、映画ならではの時間表現という構成の魅力が備わっており、脚本家として新たな新境地を開拓している。

『片思い世界』の「目的意識の強い設定」については、ここでは語らないが、00年代初頭に盛り上がった美少女ゲームやライトノベル、あるいはそれらを映像化した深夜アニメを観ているような懐かしさを感じた。

3人の片思いは相手に届くのか?

最後に本作のタイトル『片思い世界』だが、美咲だけでなく優花とさくらにも「片思い」の相手が存在し、その思いが届くかどうかが物語の鍵となっている。

ここで言う「片思い」の対象は、恋愛に限らず、自分が存在していることや思っていることを伝えたいけど中々、伝わらない相手のことで、自分とは違う“他者”と言い換えることも可能だろう。タイトルを拡大解釈するのでならば、この世界そのものに3人は片思いしているのかもしれない。

これまで坂元がドラマや映画の中で描いてきたことは、理解できない他者と向き合い、いかにして相手に自分の気持ちを理解してもらえるかという試行錯誤だった。 それを恋愛ドラマとして書けば『東京ラブストーリー』や『最高の離婚』となり、親子の物語として書けば『Mother』や『Woman』となり、殺人犯やパワハラ社長といった悪との対峙として書けば『それでも、生きてゆく』や『問題のあるレストラン』となる。

この三つの要素が美咲、優花、さくらの物語に分散して描いているのが『片思い世界』の面白さだ。そう考えると「片思い」とは坂元作品の中に常に内在していた重要なテーマだったのかもしれない。

果たして3人の片思いは相手に届くのか? 是非、映画館で見届けてほしい。


ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。