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自分はもう老害なのでは…“月9ヒロイン”が自問自答を繰り返す“シリーズ最新作・初回放送”に感じた鋭い批評性

  • 2025.4.28
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(C)SANKEI

本作は11年ぶりとなる『最後から二番目の恋』シリーズの最新作。物語は鎌倉で暮らすテレビ局勤務のドラマプロデューサー・吉野千明(小泉今日子)と市役所の観光課で働く長倉和平(中井貴一)を主人公にした大人のラブコメディだ。

鎌倉の古民家で一人暮らしをする千明はお隣さんの長倉家と家族ぐるみの付き合いをしていた。前作『続・最後から二番目の恋』では恋愛関係になりかけた千明と和平だったが、あれから二人の仲はあまり進展していないようで、程よい距離感を保っているように見える。

11年の年月を経たことで前作で48歳だった千明は59歳となり、定年後のセカンドライフを考えている。

一方、52歳だった和平は63歳となり、一度定年退職した後、再任用として観光推進課の指導監となり、インバウンド効果で押し寄せた海外からの観光客の対応に追われていた。
そんな中、千明は医師の成瀬千次(三浦友和)と、和平は鎌倉観光協会の通訳のアルバイトに応募してきた早田律子(石田ひかり)と出会い、新たな恋の予感を抱く。 果たしてこの出会いは最後の恋なのか? それとも最後から二番目の恋なのか?

テレビドラマの現状に対する鋭い批評となっている『続・続・最後から二番目の恋』

2012年に放送された『最後から二番目の恋』は「老い」をテーマにしたドラマでありながら、大人の恋心をポップに描いたことが衝撃で、こういう風に年を重ねられるのなら「老い」も悪くないなと観ながら思ったのを、今でも覚えている。

脚本を担当する岡田惠和は、90年代から活躍しているベテラン脚本家で、月9の『ビーチボーイズ』、朝ドラの『ちゅらさん』や『ひよっこ』、最近ではNetflixの配信ドラマ『さよならのつづき』といった数々のヒットドラマを手掛けている。
今回でシーズン3となる『最後から二番目の恋』シリーズは岡田がもっとも得意としている軽妙な会話劇が見どころとなっている大人向けドラマで、小泉今日子と中井貴一の丁々発止のやりとりが楽しく、食卓で延々と喋ってる長台詞が生み出すグルーヴ感に引き込まれる。また、舞台となっている鎌倉のロケーションもとても魅力的で、都会の東京とは違うゆっくりと時間が流れている感覚が心地よく、ドラマを見ていると鎌倉に遊びに行きたくなる。

他にも、千明がテレビ局のドラマプロデューサーなので、テレビドラマ作りの内幕が描かれるのが業界内幕モノとしても見応えがある。今回はテレビの力が大きく弱体化している現状が「笑い」を通して描かれている。

千明には、出版社で働く雑誌編集者の荒木啓子(森口博子)と音楽業界で働く音楽プロデューサーの水野祥子(渡辺真起子)というよく飲みに行く同年齢の親友がいるのだが、三人の所属するテレビ局、出版社、音楽業界は力を失いつつあり、出版社はコミックス、音楽業界はアニソン、そしてテレビドラマは漫画原作に頼りっきりの状態にあるため「みんなで(漫画とアニメを)拝むか」と、3人が自嘲的にお酒を飲みながら語る場面が登場する。

劇中には「何でNetflixは私を誘わないのかね?」「あそこ行ったらなんでも好きなことできそうじゃん」と千明が愚痴を言う場面も挟み込まれており、生々しい毒舌が笑いを誘うのだが、前作が放送された11年前と比較すると、テレビとテレビドラマをめぐる状況が厳しくなっていることが、痛いほど伝わってくる。このあたりは昨年話題になった宮藤官九郎脚本のコメディドラマ『不適切にもほどがある!』に通じるものがある。

長くテレビドラマの仕事をしてきた千明は、自分の仕事のやり方が時代とズレてきていることを感じており、自分はもう老害なのではないか? と自問自答する姿が繰り返し劇中で描かれる。小泉今日子が軽妙な語り口で演じているため、これまでテレビ局でドラマを作ってきたクリエイターが抱えている悩みや不安をポップに昇華しているとも言えるが、月9で放送されたことで、テレビドラマの現状に対する鋭い批評性を獲得してしまったようにも感じた。

大人の自嘲的振る舞いをポップに描く

そもそも、『最後から二番目の恋』シリーズは、これまで木曜劇場(フジテレビ系木曜10時枠)という大人向けドラマ枠で放送されており、放送枠のカラーと作風がマッチしたからこそ視聴者からの支持を獲得した。 その最新作が、若者向け恋愛ドラマ枠というイメージが今も強い月9で放送することは本作のテイストと合わないのではないかと放送前は懸念していたが、ミスマッチ感はなく作品の評価も高く、近年の月9では好スタートを切ったと言える。 その意味で、月9で良かったと思うのだが、逆に言うと月9ですら視聴者の中心は大人で、テレビドラマというジャンル自体が良くも悪くも高齢化しているという現状が透けて見える。

テレビとテレビドラマをめぐる現状を反映しすぎた結果、これまでは隠し味的な要素だったブラックな笑いが、ラブコメ要素を上回っているというのが『続・続・最後から二番目の恋』の第1話に抱いた印象だ。11年前と比べて日本社会が激震して高齢化が進んでいることが、ここまで作品に影響を与えるのかと驚いた。

千明や和平の悩みは、これまでテレビドラマを観てきた大人の視聴者にとっては他人事とは思えないことばかりで、その意味でとてもピントの合っている作品だと言える。高齢化するテレビドラマと日本社会に対する鋭い批評性を獲得してしまったことが、本作にとって良いことなのかどうかは今後の展開を観ないことにはわからないが、視聴者が一体感を抱く当事者性こそが、テレビドラマの最大の強みであり、本作には間違いなくそれが存在している。

自分のことを卑下して同意を求める自嘲的振る舞いは、大人が若者にやると煙たがられるものだ。だが、千明と和平を見ていると大人同士でやる自嘲的振る舞い悪くないなぁと感じる。

自分も千明や和平のように、明るく愚痴をこぼしながら年を重ねていきたいと思った。


ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。