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魅力がわからなかった『紅の豚』大人になってから見ると面白いワケ "他のジブリ作品"とは異なる奥深い作品描写

  • 2025.5.9

スタジオジブリの『紅の豚』は他の作品とは毛色が異なる。『となりのトトロ』や『千と千尋の神隠し』のように子供を主人公にした作品ではなく、中年の男性、しかも豚になった男性を主人公にした大人のための寓話だからだ。

快活でコミカルな要素もたくさん持ちながら、同時に背景には戦争やファシズムといった不穏な影が忍び寄るその内容は、暗い時代の影に対抗しようともがいているかのようだ。この作品はそんな引き裂かれた部分にこそ魅力がある。

空への憧れと解放感が詰まった痛快娯楽作

本作は、宮崎駿監督が『月刊モデルグラフィックス』に連載していた「宮崎駿の雑想ノート」内のエピソード「飛行艇時代」を元にした作品だ。第一次世界大戦後のアドリア海周辺を舞台にして飛空艇乗りたちの夢とロマンを描いた活劇で、飛行機好きの同監督の趣味嗜好が強く反映された内容となっている。

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© 1992 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NN

冒頭、空賊たちから人質の子どもたちを華麗に救い出す主人公のポルコ・ロッソを颯爽と描き、爽快な冒険活劇を予感させる。大きな戦争を経験し、仲間はみんな死んだというポルコは、ただ一人、近づいてくる戦争に背を向け、自由な賞金稼ぎとしての生活を謳歌している。

「ファシストになるより豚の方がマシさ」というセリフもあるが、主人公のポルコは、徹底して国家や戦争に組み込まれまいと生きている。見た目は愛嬌のある豚だが、言動はダンディ。このギャップが主人公を魅力的な存在にしている。

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© 1992 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NN

そんな彼には、幼馴染であるマダム・ジーナがいて、つかず離れずの関係を続けている。ジーナは「アドリア海の飛空艇乗りなら誰もが恋する」と言われるほどの美人。そんなマダムの他、飛空艇の設計をする少女のフィオら魅力的なキャラクターが集まり、ライバルのアメリカ人飛空艇乗りのドナルド・カーチスとの戦いに挑んでいく。

空中戦の描写の爽快感は他の追随を許さない解放感に溢れており、なぜこの男たちはこれほど飛空艇に乗ることにこだわるのか、アニメーションの描写で説得力を与えている。本作を見ると、こんな風に開放的に生きてみたいと思わせる要素が満載だ。

ポルコは何にとらわれているのか

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© 1992 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NN

しかし、本作の解放感は、世の中を不自由にする戦争へと突入する寸前の時代を背景にしていることが大きなポイントになる。ポルコはかつて軍に所属していたが、国家への協力を拒んだことでお尋ね者になっている。銀行では愛国国債なるものが取引されており、国全体が戦争へと傾いている。ポルコは、そんな社会から逃げるように、賞金稼ぎをやっているのだ。

また、ポルコは自身に戒めのような思いで自身を豚にする魔法をかけている。第一次世界大戦で多くの仲間を失い、一人で生き残ってしまった自責の念を感じているポルコは、人間であることからも逃げるように豚になった。ジーナはその魔法がどうやったら解けるのかと考えているが、ポルコ自身はこの戒めを解くつもりはない。ポルコはどこか、自分は幸せになってはいけないと考えている節がある。自由に生きているように見えて、過去に囚われている男であり、その意味でポルコも不自由な生き方をしていると言える。

本作のアイディアの中核にある「人が豚になる」というのは、宮崎監督の代表作『千と千尋の神隠し』でも使われている。こちらの作品では、主人公・千尋の両親が食欲のままに料理を食べてしまい、その罰として豚にされてしまう。これは欲望のままに食べたことへの罰という意味合いが強いが、『紅の豚』では、自らの罪への処罰感情を象徴している。

宮崎監督は豚になるというアイディアを、何らかの罰として用いている。こう考えると、自由で開放的な作品である『紅の豚』にも、ある種の不自由からもがく人間の姿が見え隠れしてくる。

中年のファンタジーとしての紅の豚

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© 1992 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NN

前述したとおり、『紅の豚』は中年男性を主人公とし、男たちがプライドやロマンをかけて飛空艇で戦う物語だ。その男性像は中年男性の理想的なダンディズムを象徴している。『となりのトトロ』のように、宮崎監督は基本的に子どもたちのためにアニメーションを作ってきた作家だ。だが、本作に関しては(もちろん老若男女楽しめるが)、その対象はどちらかというと大人の男に向けられた内容となっている。

大人になっても人はどう生きるべきか悩むことは大いにある。誰もが社会のしがらみの中で生きるしかない。そのことで悩む中年男性に、本作は最上級のファンタジー性と癒しを提供する作品と言える。中年男性のための作品を作ってしまったことを、宮崎監督自身が後悔を吐露したこともある。だが、本作は最上級の娯楽映画として、高い完成度を誇る作品であることは間違いない。

実際、筆者は子どものころは本作の魅力があまりわからなかった。『天空の城ラピュタ』や『風の谷のナウシカ』といった壮大なスケールの冒険ファンタジーの方が面白いと思っていたのだが、大人になってみると『紅の豚』には、それらの作品とは異なる魅力が詰まっていることに気づけた。

中年にも癒しは必要だ。長く生きれば、人は後悔するような過去をたくさん積み重ねて不自由になっていく。そんな不自由を抱えてもなお自由に空を飛ぶポルコの生き様を見ると、自分もしっかり生きようという気分になれるのだ。



ライター:杉本穂高
映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。X(旧Twitter):@Hotakasugi