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「ありがたいお話ですが、お受けできません」と電話で断った俺→倍近い年収より選びたかったもの

  • 2026.11.9
ハウコレ

大手企業からの誘いは、ありがたい話のはずでした。それでも首を縦に振れなかったのは、彼女から聞いた昔の話を覚えていたからです。

印刷所の奥の電話口で、受話器を握り直しました。相手は、取引先の大手企業で採用を担当している人です。数週間前から続いていた話に、その日ようやく返事をすることにしていました。

大手からの誘い

小さな印刷所で働いて、もう何年にもなります。取引先の大手企業が、俺の仕事を気に入って声をかけてくれたのは、少し前のことでした。
届いた封筒の「条件のご提示」には、今の倍近い年収が書かれていました。ただし勤務先は遠くの本社で、残業も多く、何年かごとに転勤もあるそうです。
数字だけを見れば、迷う理由はありません。付き合って3年になる彼女も、きっと喜ぶだろうと思いました。封筒を受け取った日は、帰りの電車で何度も書類を読み返したほどです。

彼女から聞いていた話

それでも、頭から離れない話がありました。付き合い始めた頃、彼女がぽつりと話してくれたことです。子どもの頃、彼女のお父さんは帰りが遅く、転勤も多かったそうです。1人で食べる夕飯がさみしかった、と彼女は笑っていました。
誘いを受ければ、俺も同じように彼女を待たせることになります。それだけは嫌でした。
「ありがたいお話ですが、お受けできません」
電話口でそう伝える少し前に、ガラス戸の開く音が聞こえていました。

ガラス戸の音

電話を終えて出ていくと、カウンターの前に彼女が立っていました。手には俺の財布があり、目はカウンターの書類に向いています。忘れ物を届けに来てくれたのだと、すぐに分かりました。書類を出しっぱなしにしていたのは、俺の落ち度です。
「見た?」
「断ったの?」
うなずきながら、書類を封筒に戻しました。彼女が何か言いたそうにしているのは分かっていても、職場で話せることではありません。
「帰ったら話す」
財布を受け取り、封筒はカウンターの下の引き出しにしまいました。

そして...

彼女の部屋で、条件のことと断った理由を話しました。彼女のお父さんの話を出すと、彼女はしばらく下を向いていました。それから顔を上げて、友人に「うちの彼、年収低くて」と笑ってしまったことを打ち明けてくれたのです。
怒る気にはなれず、笑って本当のことだと返しました。彼女は笑わずに「ごめん」と言って、黙って台所に立ち、2人分のお茶をいれてくれました。
年収の欄の数字は低いままですが、彼女と向かい合って夕飯を食べる回数なら、誰にも負けないつもりです。

(20代男性・印刷所勤務)

本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。

(ハウコレ編集部)

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