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「自分は変なんじゃないか」ずっと抱えていたコンプレックス。シンガーソングライターiriが初エッセイ『相反』に込めた思い【インタビュー】

  • 2026.10.30

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唯一無二のスモーキーな歌声と多彩なサウンドでリスナーを魅了し続けるシンガーソングライター・iriが、2026年のデビュー10周年を前に初のエッセイ『相反』を上梓した。これまで明かされてこなかった幼少期の記憶や日常、言葉や創作との葛藤、そして人間・iriのルーツを赤裸々に綴った一冊だ。「誰かに話したかった」と語る彼女が、初めてゼロから言葉と向き合って見出したものとは。

言葉をゼロから紡ぐ——初著書『相反』に込めた想い

——とても可愛らしい装丁です。音楽活動とはまた違う作業だったと思いますが、まずは本を出版することになったきっかけから教えてください。

iri:かなり前から詩や詩集を読むのが好きで、楽曲の歌詞としてではなく、言葉そのものとしての詩を書いてみたいという思いはずっとありました。スタッフにも「いつか書いてみたい」と話していたんです。そうしたなかで、2026年にデビュー10周年を迎えるタイミングに向けて「本を作りましょう」とお声がけをいただきました。10周年という節目でもあるので、短い物語のようなコラムを挟みつつ、自分の幼少期からの歩みを振り返るような内容になりました。音を聴いて言葉を乗せる歌詞とは違って、ゼロから言葉そのものを書いてみたいという思いはずっとあったので、念願が叶った形です。

——ご自身の過去を振り返り、それを公に発表するにあたって意識されたことはありましたか?

iri:私自身、普段から日記をつけているわけでもなく、過去の出来事や感情を残しているものといえば作った曲しかなかったんです。写真などはあっても、その時どういう思いだったかという記録はどこにも残していませんでした。だからこそ「忘れてしまっていたことがたくさんあったな」と実感しましたね。本の中にも書いたのですが、色々な人との出会いがきっかけとなって自分の夢に近づいていったこと、その一つひとつに意味があって、現在の音楽活動へと一本の線で繋がっているんだということを改めて感じることができました。

——本の冒頭には、自分の内面を見せることへの「見せたいような、見せたくないような」という葛藤も綴られていました。執筆前と完成後で気持ちの変化はありましたか?

iri:書き終えた今でも恥ずかしさはありますね。普段からSNSでもプライベートな本音は書きませんし、インタビューでも私生活の深い話はあまり語ってきませんでした。「この歌詞はどういう意味ですか?」といった質問にも、昔からあまり答えてこなかったんです。聴く人の解釈を狭めたくないですし、自分の内面をあからさまに説明するのがあまり好きではなかったので。でも今回の『相反』には、そうした隠してきた部分を素直に書くことができました。だからこそ「見せていなかった部分を出してしまって恥ずかしい」という思いもありますし、これを読んだことで作品をより深く楽しんでもらえるのか、それとも「印象が変わってしまった」と思われるのか、少し不安もあります。それでも、良い形で届いてくれたらいいなと思っています。

——これまで語ってこなかった内面を明かしたことで、今後のスタンスに変化はありそうですか?

iri:今後新しい曲ができたときに、その背景を自分から事細かに説明し出すかというと、それはないと思います。そこへのスタンスはこれからも変わりません。ただ、今回の本を通して、これまでお話ししてこなかった私の人間像や知らなかった一面をたくさん見ていただけると思います。そうやって一度自分の内面を話したからこそ、これからの活動の中で新しく言えるようになったことや、発信できる言葉も生まれてくるはずです。そういった意味での自然な変化はあるかなと思っています。

物事の裏側と向き合うことで広がる表現のグラデーション

——タイトルの『相反』という言葉には、どのような想いが込められているのでしょうか?

iri:私が18歳くらいのときに、初めて曲を作り始めた頃に書いた「無理相反」という楽曲があるんです。その曲は、自分が頭の中で描いていることと口から発している言葉が真逆であることへの違和感から生まれました。周りの人たちが言っている意見と自分が願っていることが全く逆で、「自分は変なんじゃないか」とずっとコンプレックスのように感じて過ごしていたんです。その当時に出来上がった曲が「無理相反」で、今回の本のタイトルもそこから取っています。

——その「相反するものを捉える視点」は、創作活動のベースになっている感覚でしょうか?

iri:そうですね。曲を書くとき、物事をいろんな角度から見つめて伝えようとしている部分があります。「無理相反」を作っていた頃は白か黒かという極端な二面性だったのが、色々な経験をするうちに面が増えていって、グラデーションのようになってきた感覚はあります。それでも、ひとつのネガティブな感情が湧き上がったときに「その反対側には何が隠れているんだろう?」と想像することは今でもよくありますし、そうした視点は確実に自分の楽曲の要素になっていると思います。

——感情や記憶を文章として表現していく中で、新たな自分の発見はありましたか?

iri:たくさんありました。『相反』には子どもの頃からのエピソードも色々と書いているのですが、その時々に起きたアクシデントから自分が何を得たのか、そしてそれが今どうやって音楽へと発散されているのかが、執筆を通してすごく見えてきました。何より、デビューしてiriになる前の自分は、今よりももっと自由だったんですよね。その頃の日々をじっくりと思い返すことで、忘れていた大切な記憶をたくさん思い出すことができました。

——過去の記憶やネガティブな感情と向き合う作業は、苦しかったですか? それとも楽しかったですか?

iri:苦しいという感覚はほとんどありませんでした。生きていく中で、これまでの人生や過去の出来事を誰かに洗いざらい話す機会って、カウンセリングにでも行かない限り滅多にないですよね。自分の30年近くの日々をここまで振り返ってお話しする機会はなかなかないので、むしろ貴重な経験でした。「はじめに」にも少し書いたのですが、私自身、ずっと「誰かに話したかった」という気持ちを抱えていたんだと思います。だから苦痛というよりは、自分の中にあったものをすべて吐き出せた、書けるところは全部書いたというスッキリした感覚でした。

他者と響き合いながら広がるクリエイティブの可能性

——音楽との関わりについてもお伺いしたいのですが、iriさんにとって音楽とは「居場所」だったのか、それとも「居場所を探すための手段」だったのでしょうか?

iri:居場所を探すために音楽を始めた、というのとは少し違うかもしれません。本当に純粋に、自分が一番興味のある大好きなことをやりたかったんです。音楽に強く惹かれて夢中で始めた結果として、そこが自分の居場所になっていったという感覚ですね。もともとリスナーとして音楽を聴いていた頃は、音楽に没頭しているその時間こそが自分にとっての居場所でした。その原体験がベースにあるのは間違いありません。

——音楽を受け取るリスナー側から届ける側へと立場が変わったことで、音楽との距離感に変化はありましたか?

iri:音楽の捉え方は変わりましたね。純粋にリスナーとして聴いているときは、自分にとって最高の楽しみであり、リラックスできる娯楽のような存在です。でも、いざ自分が届ける側になると、そこにはプロとしての責任や「お仕事」としての側面が入ってきます。純粋な楽しみから真剣に向き合う表現の場へと変わったことで、音楽との向き合い方や距離感は自然と変化していきました。

——自分が表現したいことと、周囲から求められることの「相反」にはどう折り合いをつけていますか?

iri:求められているのであれば全力で応えたい、という気持ちがすごく大きいです。デビューしたての頃は「自分の表現を邪魔しないでくれ」と頑なになっていた時期もありました。でも活動を続けるうちに、「iriと一緒にお仕事がしたい」と思ってくださる方がいるなら、全力で応えたいと思うようになったんです。実際に作ってみて自分がかっこいいと思えればそれが正解ですし、他者からのオーダーがあるからこそ、一人では思いつかないような刺激やアイデアが引き出されることもたくさんあります。一方で、アルバムの曲などで「自由に作っていいよ」と言われたときは、心に浮かんだものを100%好きなように作品にします。求められることと自由に作ること、どちらか一方に偏るのではなく、両方を柔軟に楽しめるバランスが今はとてもうまく取れていると思います。

——今回の執筆を経て、過去に作った楽曲の見え方に変化はありましたか?

iri:曲に対する見え方自体は、当時と変わらず今も同じですね(笑)。本を書いたことで、当時の情景や感情をよりリアルに思い出しながら歌えている感覚はあります。作ってから時間が経つと歌い方や表現は今現在のものにアップデートされていくのですが、当時の記憶が鮮明に蘇ったことで、作った当時の気持ちをより深く思い出しながら歌えています。

——メロディーに乗せる「歌詞」と、文字だけで読ませる「文章」で、決定的に違うと感じた部分はどこですか?

iri:私は普段、必ずメロディーを先に作ってから歌詞を書くんです。歌詞だけを書き溜めておくことはありません。トラックやギターの音色を聴いて、そこから浮かんできたメロディーを録音し、そのメロディーと言葉のリズムに合わせて歌詞を当てはめていきます。だから普段の作詞には、音やグルーヴ、譜割りといった決まったベースが最初からあるんです。リズムを重視する曲ほど使える言葉は限られていきますが、エッセイにはそうした制限が一切ありません。完全に自由だからこそ、どこからどう書き始めればいいのかという難しさがありました。また、文章は音と一緒に耳へ入ってくるものではなく文字として直接目に入るものなので、言葉の言い回しや伝わり方は普段以上に慎重にチェックしました。

——今回の経験を経て、「歌詞を先に書いてから曲をつける」というアプローチをしてみたくなったりはしましたか?

iri:うーん、今のところは多分できないですね(笑)。いつかそんな日が来るかもしれませんが、やっぱり自分は音からインスピレーションを受けて言葉を紡ぐスタイルが合っているんだと思います。

一人の人間としての日常、そしてこれからの旅路

——この本をご自身でジャンル分けするとしたら、どう捉えていますか? POPやキャッチコピーをつけるとしたらどう表現しますか?

iri:「たまたま道端で拾った誰かの日記」くらいの気軽な気持ちで読んでもらえたらいいなと思っています。アーティスト・iriの過去という大層なものではなくて、どこにでもいる一人の人間が日々の中で感じたこと、その日常をちょっと覗き見するような感覚で読んでもらえたらうれしいです。装丁にも私の顔写真は載っていませんし、帯でもアーティストという肩書きを強調していません。かしこまらずに、ふらっと手にとってもらえる本になったと思います。

——編集者やデザイナーの方と一から本を作り上げるプロセスは、普段の音楽制作とは違った刺激がありましたか?

iri:すごく勉強になりましたね。一冊の本がどういう工程を経て形になっていくのか、そのプロセスを初めて間近で知ることができました。「最初で最後の本になるかもしれない」なんて言ったりもしていますけれど、いつかまた自分の身の上話ではなく、純粋な詩集のようなものを書けたらいいなという妄想も膨らみました。装丁やデザインもデザイナーさんと細部まで徹底的にこだわって作ることができて、ものづくりの原点を学べた気がします。インクと紙の匂いもすごく良くて、完成品を手にしたときは本当に感動しました。

——逗子や鎌倉など、ゆかりの地での撮り下ろし写真も印象的でした。撮影で心に残っていることはありますか?

iri:これまでのアーティスト写真や取材では笑顔の写真が使われないことが多くて、笑っている自分の表情が表に出ることはほとんどありませんでした。だから今回笑顔の写真がたくさん使われているのはすごく新鮮でしたね。逗子や鎌倉でリラックスして過ごしている姿こそが、作られていないありのままの私です。昔からお世話になっている場所に行けたり、大好きな水族館にも行けたりして本当に楽しかったです。私、魚がすごく好きなんです。水族館での撮影は、スタッフさんから「衝撃的なほど楽しそうだった」と言われるくらい素ではしゃいでしまいました(笑)。

——今回の本作り全体を通して、一番大変だったことと、楽しかったことを教えてください。

iri:大変だったのは、やはり言葉の選び方ですね。自分の人生に影響を与えてくださった方々とのエピソードもたくさん書いたので、事実を正確に伝えつつ気持ちを過不足なく表現するための言葉選びには最後まで頭を悩ませました。何度も修正して、言葉の難しさを痛感しましたね。でも楽しかったこともたくさんあって、デビューしてからの話はインタビューなどで語る機会もありましたが、幼少期の記憶を表に出すのは今回が初めてでした。「子どもの頃の自分はこうだったな」と思い返したときに、今と変わらない部分と大きく変わった部分の両方が見えてきて、自分自身を客観的に振り返ることができたのはすごく面白い体験でした。

——最後に、この本を手にとってくださる読者の方へメッセージをお願いします。

iri:私の音楽を普段から聴いてくださっている方はもちろんですが、まだ私の音楽を聴いたことがない方や、存在すら知らなかったという方にも、偶然の出会いでこの本を手に取っていただけたらとてもうれしいです。本を読んだ後に音楽を聴くか聴かないかはどちらでもよくて、できれば聴いてほしいですけれど(笑)、たとえ聴かなかったとしても、この本を読むことで少しでも心が穏やかになったり、「自分と同じような人がいるんだ」と共感してもらえたりして、日々の小さなエネルギーの一部になれたらいいなと願っています。

取材・文:磯部正和

ヘア&メイク:フジワラミホコ(LUCK HAIR)

『相反』

著者:iri

定価:2,420円 (本体2,200円+税)

2026年10月20日発売

KADOKAWA刊

https://www.kadokawa.co.jp/product/322604000177/

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