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杉本博司さん、この20年間をどう振り返りますか?

  • 2026.10.29

建築、造園、彫刻、舞台芸術、書、作陶……なぜ杉本博司さんの表現はここまで縦横無尽に広がってきたのか?その原動力はどこに?これからどこへ向かっていくの?ご本人にその答えを語っていただこう。

photo: Taro Hirano / text: Mari Matsubara

写真家、現代美術作家・杉本博司
BRUTUS

杉本年譜を振り返ってみると、初めての写真以外の活動は2001年、オーストリアの〈ブレゲンツ美術館〉での個展開催に合わせて上演された能のプロデュースだった。

「その少し前に皇居外苑の松を撮影した《松林図》 という作品を作りました。これを老松が描かれた鏡板に見立てたら能舞台になるじゃないかと。それで能舞台を造り、造ったらなにかやらなきゃいけないということで『屋島』を上演しました。だから能をやりたいという考えが先にあったわけじゃない。でも、やってみたら面白くて深入りしてしまった。物事の順番が逆さまで、頭の中が逆行している(笑)。人生は全部、成り行きですよ」

そこに後から理由づけをするのがアーティストたるゆえんか。世阿弥が確立した夢幻能は、現世の旅の僧など(ワキ)の夢枕に亡霊や異界の者(シテ)が現れ、過去の記憶を物語るという演劇形式だ。三間四方の本舞台上で過去と現世を自在に往還する能は、ジオラマを撮影して古代の風景を甦(よみがえ)らせ、蝋化された歴史上の人物に命を吹き込む杉本写真のタイムマシン的な力と相通じる──と言われれば、納得させられる。

能への興味は以後、〈海景〉20点を背景にイェイツの『鷹の井戸』 を翻案して上演された『モダン能 鷹姫』(05年) や、A級戦犯・板垣征四郎の辞世漢詩を基に杉本が原作を書き下ろした杉本修羅能『巣鴨塚 ハルの便り』(25年)などへと広がっていった。

03年には銀座メゾンエルメスで『歴史の歴史』展を開催。キャリアの初期に写真家と骨董商の二足のわらじを履いた経験がここに結実する。

「1979年にニューヨークで骨董店〈MINGEI〉 を開店したのですが、これこそ寝耳に水。妻(注 :絹枝さん、1987年没)が始めたことですが、幼い子供の世話で忙しい彼女に代わって、私が日本に買い付けに行く羽目になった。それがだんだん面白くなり、美術館に買い上げられるような一級品も扱えるほど目を鍛えることができた。

95年のメトロポリタン美術館での個展をきっかけに商売から足を洗いましたが、自分のためには古美術を買い続けました。写真で稼いだお金はすべて骨董の購入費に注ぎ込む。自分の作品の評価が高くなると、高額美術品も買えるようになる。7世紀ササン朝ペルシャから流れ着いた法隆寺裂(ぎれ)が手に入った時、これで堂々と胸を張れると思いました。

こうして私のコレクションは飛鳥、白鳳、天平、平安、鎌倉、室町まで各時代のものが揃ったので、骨董の時系列を見せるとともに、それらと拮抗するレベルにまで研鑽を重ねた自分の作品を並列しようと企んだのが『歴史の歴史』展でした」

以降、杉本の十八番(オハコ)となる古美術と自作との取り合わせは、化石から太平洋戦争遺物、バービー人形まで総動員した33章立てのディストピア的未来予言の『ロスト・ヒューマン』展(2016年)や、本人いわく「なぜか手元に集まってくる」春日信仰関連の美術品を軸とした『春日神霊の御生(みあれ)御蓋山そして江之浦』(22〜23年)など毛色を変えながら独自のナラティブを展開していく。

写真家、現代美術作家・杉本博司
眼鏡トンネルの海側の壁に穿(うが)たれた一つの窓に佇む杉本。幼少時に見た相模湾の風景を追想し、ああ、太平洋の碧(あお)く燃える海を見つめながら「時間よ止まれ」とつぶやいたか。

能の次は写真作品《放電場》を染め抜いた衣装に身を包んだ野村萬斎らと三番叟(さんばそう)公演『神秘域(かみひそみいき)』(11年)を、また同年には杉本文楽『木偶坊 入情 曾根崎心中付り観音廻り(でくのぼう いりなさけ そねざきしんじゅう つけたり かんのんめぐり)』を手がけた。

「これは義太夫節の豊竹咲甫太夫(さきほだゆう)さん(現・竹本織太夫/おりたゆう)との出会いが大きかった。現在上演されている『曽根崎心中』には、初演の時にはあった冒頭の観音廻りのくだりが割愛されているという話を彼から聞き、それじゃあ完全復曲させようということになった。

私が文楽で一番嫌なのは、人工の明かりを煌々と照らして上演すること。近松門左衛門の頃と同じ蝋燭の光や自然光が理想だと思うのです。それに人形遣いの顔が見えているのも嫌だから、主遣いにも黒頭巾をかぶってもらいました。そうすれば闇の中に人形だけがまるで生きているかのように浮かび上がるだろうと想像したんです。これは蝋人形の撮影と同じ発想ですよ」

80年代末の有名コピー「ほしいものが、ほしいわ。」のごとく、「見たいものが、見たいわ」の杉本は自身が見たい幻像を写真に写すという欲求を舞台芸術にも向け、さらに脳内にひらめく様々なビジョンを〈江之浦測候所〉に集約させた。

「もともと大工仕事は好きで、ニューヨークのスタジオをセルフビルドしたり、友人に頼まれて内装を手がけたりしていましたが、建築家の榊田倫之さんとともに〈新素材研究所〉を設立したのは〈江之浦測候所〉を建設することになったから。最初は友人の陶芸家が住む湯河原の家を見て周辺の景色に魅せられ、セカンドハウスでもと一瞬考えましたが、農地は宅地転用できないなど紆余曲折あり、建設可能な場所を探していたら江之浦に行き着いた。

それが偶然、自分の記憶の原点である眼鏡トンネルの近くだったんです。そこで発想を切り替え、冬至と夏至、春分と秋分に朝日が差す軸線を基にした古代の天文台のようなものを造ろうと思いついたわけです」

以降、5000年後の遺跡を目指すこのテーマパークは石造美術や施設を着々と増やし、神社まで造営され今もなお進化中。そのプロセスにおいて、敷地内の至るところに据えられた石彫の道標に刻む文字を杉本が自ら揮毫(きごう)してきた。必要に迫られて筆を執ったのだが、コロナ禍で蟄居(ちっきょ)を余儀なくされた時期に、書の猛練習をしたという。

「こんなにゆっくりできる時間があるなら、書を始めてみようという気になってね。古書店で入手した鎌倉〜南北朝期の墨跡(ぼくせき)の大判本を横に置いて、それを手本に毎日練習しました。その臨書を軸装したものを月替わりで〈江之浦測候所〉の敷地内にある茶室〈雨聴天(うちょうてん)〉の床の間に掛けています」そして“写真家”杉本の筆は、机上の半紙から暗室内の印画紙へと向かい、墨を定着液に変えて写真作品〈Brush Impression〉シリーズが誕生した。

「期限切れになる印画紙がもったいないから、何かに使えないかなと思って始めたのです。私は時間に対しても、ものに対しても“もったいない感”がつきまとうんだな。暗室の中で、白い印画紙の上に透明な定着液で書くから、自分には書いている文字が見えない。座頭市の居合のように書く。明かりをつけると感光して文字が浮かび上がってくる。まるでマジックだよ。写真家とは世をる仮の憚(はばか)る姿(笑)」

暇だからやってみた、もったいないから使ってみた。この話からも“すべては成り行き”発言が想像できるが、果たしてそうなのだろうか?

「〈海景〉も〈劇場〉シリーズもそうですが、ある程度、自分の頭の中でこうすればいけるな、と想像してみる。それが実践できる技術的な裏づけも検討したうえでやってみると、できる。だから失敗したことがほとんどないんだな」

夢や幻視、あるいは思いつきといった精神性と、科学的根拠や史実を徹底的に調べ尽くす理論性が手を結んだ時、杉本ワールドが炸裂する。

「建築に関しては、18世紀イタリアの画家・建築家だったピラネージの『アンティキタ・ロマーネ』全4巻(1756年)を購入できたことが大いに役立っています。ピラネージは古代ローマ遺跡の発掘現場を測量したうえで版画に残し、それと同時に誰も見たことのない古代ローマの景観を細密な復元版画にしたんです。私もまた、時代を逆行して未来の遺跡を造っている」

ピラネージによる“不可視の過去の捏造(ねつぞう)”は、古代人が見た景色を提示する〈海景〉しかり、太陽の運行を見て季節の巡りを知り、己の居場所を確認し、意識が芽生えたとする古代人の記憶を追想する〈江之浦測候所〉しかり。確かに杉本の仕事に一脈通じるものがありそうだ。

その江之浦の最新ニュースが、杉本少年の最初の記憶の現場である眼鏡トンネルの土地が譲渡されたことだ。

「まさかあの土地が手に入るとは思いもしませんでした。生きながらにして墓場に入るような気持ちです。あそこにぼーっと佇んで、アルツハイマーになって命が絶えるというのがいいかもしれない。つまり自分の記憶の原点に立ち戻り、記憶そのものがなくなっていくというような」

そう言いながらも、山のような打ち合わせや創作に大忙しの日々を送っている。

「これを見ないうちは死ねないな、というものを作り続けていれば、まだ生きていられるのかもしれないな。今は原稿の締め切りに追われていて、編集者が“今日中、今日中”って矢の催促。あたしゃ“狂獣”になってしまうよ」

写真家、現代美術作家・杉本博司
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杉本博司による5首の狂歌
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杉本が“狂獣(今日中)”になりながら本誌のために書き下ろしてくれた5首の狂歌。狂歌とは江戸時代中期以降に大流行した社会風刺や皮肉を込めた和歌の形式。狂歌詠みは多才な杉本に一番新しく加わった肩書で、「素遁卿(すっとんきょう)」の号を名乗り展覧会の解説文にも多くの狂歌を寄せている。

今回の5首は、「絶滅」に向かう現代社会とメディアのあり方を杉本らしい洒落で憂いつつ、最後の一首はBRUTUSへの最大限のエール……と受け取っていいんでしょうか⁉

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