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「遊ぶためじゃない」疎開っ子にお手玉を渡すと…戦時下の切なすぎる“真実”に涙

  • 2026.10.27
「お手玉ちょうだい」とせがむ子どもたちにお手玉を渡そうとすると…!?
「お手玉ちょうだい」とせがむ子どもたちにお手玉を渡そうとすると…!?

ライブドアブログ「ゆっぺのゆる漫画ブログ」やInstagramでエッセイ漫画を発信しているゆっぺ(@yuppe2)さん。祖母・キヨさんの実話を描いた「親に捨てられた私が日本一幸せなおばあちゃんになった話」は、多くの読者から感動の声が寄せられている。今回は、その中から戦時中の“疎開”にまつわるエピソードを紹介する。

疎開してきた子どもたちは、お腹を空かせていた
疎開してきた子どもたちは、お腹を空かせていた
あるとき、疎開してきた子たちから「お手玉持ってる?」と聞かれたキヨ
あるとき、疎開してきた子たちから「お手玉持ってる?」と聞かれたキヨ
お手玉を渡すと、子どもたちはまさかの行動に!!
お手玉を渡すと、子どもたちはまさかの行動に!!

養女として引き取られたキヨさんの幼少期

本作はゆっぺさんの祖母であるキヨさんの過酷な半生を描いたコミックエッセイだ。幼少期に父を亡くしたキヨさんは叔父夫婦の家へ養女として引き取られたが、待っていたのは養母からの厳しい扱いだった。

そんな苦しい生活のなか、日本は太平洋戦争へ突入する。空襲被害を避けるため、都会から農村へと子どもたちが疎開してくるようになり、キヨさんの周囲にも疎開生たちの姿が増えていった。

「お手玉ちょうだい」に隠された衝撃の理由

ある日、疎開してきた子どもたちから「お手玉持ってる?」と尋ねられたキヨさん。「そんなにお手玉遊びが好きなんだ」と思い、大切にしていたお手玉を差し出した。しかし子どもたちは遊ぶわけではなく、お手玉を切り開いて中身を取り出し、そのまま口へ運び始めたのだった。目的は遊具ではなく、中に入っていた“小豆”だった。

ゆっぺさんによると、この出来事はキヨさんにとっても特に記憶に残る体験だったという。「疎開してきた子どもたちは、お手玉が好きなのだと思って渡したら、中の小豆を食べたそうです」と振り返る。当時は空腹のあまりチョークの粉を食べてしまう子もいたといい、作中で描かれる義姉のセリフも、キヨさんから直接聞いた話が元になっている。

資料と記憶で描く戦時下と“人との向き合い方”

作中では、もんぺ姿や昔ながらの家屋といった当時の空気感が丁寧に再現されている。ゆっぺさんは「服装などは当時の写真や資料を参考に描きました」と語る。一方で、もんぺ自体は身近な存在でもあった。「実は今でも祖母が履いています(笑)。父方の祖父母も寝間着がもんぺだったので、描きやすかったです」と明かす。

ゆっぺさんは、過酷な時代を生き抜いたキヨさんの人柄に強い尊敬を抱いている。「必ず相手の話を最後まで聞いて、受け入れたうえで自分の意見を言うところが好きです。『あなたはそう思ったんだね。でも、こう考えてみたらどう?』と接してくれます」と語る。さらに「自分の世界は自分で作る。どういう世界にするかは自分次第なんだよ」というキヨさんの言葉が、今も心に残っているという。

戦争の現実と人への優しさが詰まった本作は、時代を超えて深く心に響く作品だ。

取材協力・画像提供:ゆっぺ(@yuppe2)

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