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父の日の集まりで知った義実家の真実 穏やかな義父が豹変した日

  • 2026.11.3
cocreco父の日に崩れた「理想の家族」 優しい義父の裏に隠されていたもの イラスト:べるこ

家事もこなし、嫁の私にも親切で「理想の家族」だと思っていた日々。しかし、その温かな家庭がもし“仮面をかぶった姿”だったとしたら…… 。ある父の日に起きた出来事が、隠されていた家族の闇を暴くことになったのです。

※本記事はママの実体験を取材しプライバシーに配慮し構成したものです。

なんてあたたかい家族なんだろう

夫は3人きょうだいの長男で、私と義実家との関係も結婚当初から良好でした。

帰省のたび、優しいお義母さんは「何もしなくていいから、ゆっくりしてね」と私を気遣ってくれました。こまめで気がきくお義父さんは、食事の準備や片付け、洗濯までそつなくこなすタイプ。はじめて義実家に帰省したときは、「こんなに家事をする父親っているんだ」と驚いたほどです。

「○○ちゃんみたいな子がお嫁さんに来てくれて嬉しい」

「妹と弟も結婚して家庭を持ったら、もっと賑やかになるだろう。それが老後の楽しみだ」

そう話す義両親を見て、私は「なんてあたたかい家族なんだろう」と微笑ましく思っていたのです。

勘違い? 義父に感じた違和感

長男を出産したあと、しばらくは義実家への帰省は難しいと思っていました。義両親に相談すると、「赤ちゃんの顔も見たいし、こちらから会いに行くよ」と言ってくれたのです。

私や子どものことを気にかけてもらえたことが素直に嬉しくて、私たちは義両親の訪問をありがたく受け入れることにしました。

たまたま日程が合い、義両親は夫のきょうだいとともに都内のわが家へやってきました。帰省したときと同じく、なにかと家事を手伝ってくれる義両親。産後の体をいたわってくれる場面も多く、私は疲れることなく、にぎやかで和やかな時間を過ごしたのです。

ただ、その時に一つだけ気になる場面がありました。お酒が入り上機嫌になったお義父さんがこう呟いたのです。

「家族はな、こうやって集まるのが当たり前なんだ」さらには「子は宝って言うしな。2人目はいつだ? 3人は絶対だぞ!」と。

私は「仕事に復帰したいと思っているので、まだちょっとわからないですね……」と正直に答えたのですが、私が返事をした瞬間、お義父さんの表情が、一瞬、変わったように見えたのです。どことなくカッとしたような表情でした。

すぐにお義母さんや夫が話に割って入ってきたので、私は「勘違いだったのかな……」と思い直しました。しかし、これまでのお義父さんが穏やかな人だっただけに、初めて見るその表情がなぜか心に引っかかりました。けれど私は『気のせいだ』と自分に言い聞かせて、その場をやり過ごしたのです。

理想の家族が目の前に

その後、夫のきょうだいたちはそれぞれ結婚・出産し、私たち夫婦にも第2子となる女の子が誕生。義両親にとっての孫が増えていきました。

そんなある日、義実家を建て直すという連絡が届きました。築80年の古い家だったので、帰省のたびに不便さを感じていた私たち夫婦には、とても嬉しい知らせでした。「これからは泊まりやすくなるね」と、のんきに喜んでいたのです。

それからしばらくして建て直しが完了し、リフォームのお披露目と父の日のお祝いを兼ねて、親族一同が集まりました。

新しくなった義実家に子どもたちは大喜び。いとこたちと一緒にはしゃいで走り回り、大人たちは笑顔で子どもたちの様子を見守ります。そこには、まるで「理想の家族」のような空気が流れていた気がします。

お義父さんがお酒を飲み始めると、お義母さんがそっと「今日はあまり飲まないでね」と言葉をかけていました。当時の私は、それをお義父さんの体調を気遣っているだけだと思っていたのです。

「ここは俺の家だ」義父の怒号が鳴り響く

みんなで楽しく過ごしていた義実家での宴。しかしお義父さんの酔いがまわるにつれ、場の空気が少しずつ変わっていきます。子どもたちの様子をにこやかに眺めていたお義父さんが、次第に、子どもたちに注意をし始めたのです。

「うるさい。静かにしろ」

しかし幼い子どもたちは、“じいじの注意”をものともせず、飛んだり跳ねたり、やんちゃに動き回ります。すると、お義父さんの声はさらに大きくなり、みるみる不機嫌になっていきました。そして何度目かの注意の後――。

「黙れ! ここは俺の家だ。勝手に荒らすな!」

義父の怒号が鳴り響き、部屋が一瞬で凍りつきました。

お義父さんは走り回っていた息子の腕を摑み、手を振り上げる素振りを見せました。夫がすぐにお義父さんの腕を押さえましたが、お義父さんの怒りは収まる様子がありません。

それどころか一緒に止めに入った義理の妹にビンタをしたのです。ただごとではない空気を感じ、子どもたちは一瞬で静まり返った後、一斉に泣き出しました。

お義母さんは泣き出した孫たちをなだめながらも、お義父さんに何も言えないまま、その場にへたり込んでしまいました。あれほどあたたかかった家族の空気が、音を立てて崩れ落ちた瞬間でした。

明かされた義実家の真実

帰宅後、私は夫から初めて義実家の真実を聞きました。

お義父さんは以前から酒癖が悪く、酒が入るたびに家族へ暴力を振るっていたというのです。殴る、蹴るといったことも珍しくなく、その矛先はお義母さんだけでなく、夫や義妹たちにまで向けられていたといいます。

そんな生活に長く耐えてきたお義母さんは、かつて離婚を切り出したことがあったそうです。

そのときお義母さんは、こう告げました。

「お酒を飲んで暴れる父親を見て育てば、子どもたちが結婚や家庭に希望を持てなくなります。あなたが本気で変わってくれるなら、私は離婚を踏みとどまります」

そこまで言われて、お義父さんはようやく事の重さを受け止めたのでしょう。それを機に断酒を決意し、実際、その後しばらくは穏やかな状態が続いていました。少なくとも夫が知る限りでは、以前のような暴力はなくなっていたそうです。

cocreco写真:tystockphoto/イメージマート

再び始まった飲酒

もともと大のお酒好きだったお義父さん。子どもたちが成長して家を離れ、結婚し、孫が生まれる…… 。そんな家族の幸せな変化が進むにつれて、かつての断酒への決意は、少しずつ、けれど確実に揺らいでいったようです。

実際、子どもたちの独立と前後するように再びお酒を口にするようになり、孫が増えるのに比例して、酒量も増えていきました。

お義母さんはそんなお義父さんを刺激しないよう、いつも顔色をうかがいながら暮らしていたといいます。酒が入れば機嫌が変わることを、誰よりもよく知っていたからです。

そしてあの父の日、決定的な出来事が起きました。その日を境に、夫を含むきょうだい全員がお義父さんを見限ることになります。あの日以来、誰一人として義実家には帰らなくなりました。孫たちにとっても、お義父さんは“怖いじいじ”になってしまったのです。

誰も帰って来なくなった大きな家

あの日からしばらく経った年末、お義母さんから連絡が入りました。

「せっかく家を新しくしたのに、誰も帰ってこない家になってしまった……。寂しい。孫たちに、みんなに会いたい」

その言葉を聞いて、夫はこう伝えました。

「もう、おとんから離れたらどうだ。こっちに来ればいいじゃないか」

私たちはあの日以来、何度も話し合いを重ねていました。帰省しなくなることで、お義父さんが反省し、少しでも変わってくれればと思っていたのです。けれど、もし気持ちを改めないのなら、そのときはお義母さんをわが家に呼び寄せようと決めていました。

高齢のお義母さんにとって、これまでの暮らしを手放す決断は、簡単なことではないはずです。それでも、これまでずっと家族のために自分の気持ちを後回しにしてきたお義母さんに、これからは自分自身の人生を生きてほしいと願わずにはいられませんでした。

だからこそ私は、これからはお義母さんにも、自分自身の人生を生きてほしいと願わずにはいられませんでした。

家族のかたちは変わっても

現在、お義父さんは、建て直した大きな家にひとりで暮らしています。周囲の助けもあり、なんとか離婚を成立させることができました。けれど、お義母さんや私たちへの謝罪の言葉はなく、今も酒に溺れる日々が続いているそうです。

私たちはお義母さんに同居を提案しましたが、お義母さんは「あなたたちにそこまでしてもらうのは悪いから」と遠慮し、わが家の近くでひとり暮らしをする道を選びました。今は頻繁に行き来ができ、お義母さんも子どもたちも、どこかうれしそうです。

毎年、父の日が近づくたびに、私は義父を思い出します。あんな出来事があっても、ふと、優しく迎え入れてくれたころの姿がよみがえるのです。だからこそ今も、「お義父さんはちゃんと暮らしているのだろうか」と気にかかることがあります。もちろん、そんなことは夫にもお義母さんにも言えないのですが。

文/構成・橘サチ

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