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西川美和監督が励まされた、戦後の混乱を生きる子どもたちのしなやかな強さ『わたしの知らない子どもたち』に込めた“レジリエンス”と“冒険活劇”

  • 2026.10.24

『ゆれる』(06)、『夢売るふたり』(12)、『永い言い訳』(16)など、オリジナル脚本にこだわり人間ドラマを紡いできた西川美和監督の最新作『わたしの知らない子どもたち』が、現在公開中だ。第51回トロント国際映画祭のコンペティション部門「プラットフォーム部門」でオープニング作品に選ばれ、ワールドプレミアを飾った。

【写真を見る】西川美和監督も感嘆!「映画の神様からのご褒美」と称した新星に注目

舞台は終戦直後の東京。ピアノを弾く12歳の琴子(小八重葵美)は、音楽家の父(竹野内豊)と穏やかに暮らしていたが、その人生は敗戦を境に一変する。進駐軍相手の慰安施設や路上売春が広がるなか、少女であること自体が危険な時代だった。生き延びるために自らの性別を隠し、戦争孤児の少年たちとともに生きることを選んだ琴子。一方、かつて琴子が疎開した学校の教師・曽根文美子(二階堂ふみ)は、戦時中に軍国主義教育へ加担した側の人間だった。敗戦で信念も立場も失い、過去の責任と向き合いながら生きることを余儀なくされている。

懸命に生きる琴子や戦争孤児の少年たちを、役所広司、田中裕子、岡田准一、吉田羊、坂東龍汰、北村有起哉といった名優たちが囲む。音楽は『国宝』(25)の原摩利彦が手掛け、『ゴジラ-1.0』(23)で米アカデミー賞視覚効果賞を受賞した白組も、終戦直後の東京を見事に再現している。今年9月、トロントでのワールドプレミアを終えたばかりの西川監督に、企画の出発点から子どもたちの演出、戦後東京の映像づくり、新たな制作体制までを聞いた。

「コロナ禍を覆う閉塞感のなかで、子どもたちが路上で生き延びる姿に励まされました」

取材前日のジャパンフィルムナイトで、西川監督は、この作品の企画の発端について「コロナ禍の時期にこの作品を作ろうと思った」と語っていた。ここ数年に世に出ている作品の多くが、あの時期の思索から生まれていることは確かだ。制作者集団「分福」で机を並べる是枝裕和監督も、コロナ禍に『ルックバック』(公開中)の原作漫画と出会い、創作の喜びに背中を押されたと話していた。当時、世界は西川監督の目にどのように映っていたのだろうか。

コロナ禍の時期から構想を温めてきた本作 [c]2026 K2 Pictures・AOI Pro.
コロナ禍の時期から構想を温めてきた本作 [c]2026 K2 Pictures・AOI Pro.

「あの時、映画館は閉鎖され、(映画を作る)私たちは“不要不急”の烙印を押されてしまいました。特に日本は、ヨーロッパなどの対応とはまったく違いました。ヨーロッパでは、政府から“こういう時こそ、文化芸術が人の支えになる”ときちんと言ってもらえる。ところが日本では、スクリーンで黙って観るだけで感染のリスクはかなり低いにもかかわらず、五輪の開催などに比べて直接大きな経済に結びつかないとみなされたのか、ひどく軽んじられていると感じていました。自分の映画が公開されにくくなること以上に、非常にショックでした」。

2021年公開の『すばらしき世界』は、緊急事態宣言の発令と解除が繰り返されるなか、制限つきでの公開となった。海外の映画祭も中止やオンライン開催が相次ぎ、トロント国際映画祭にも招かれたものの、参加は画面越しだった。「東京とトロントをつないで、ぽつんぽつんと席を空けて座っている観客の方々に向けてQ&Aをやる、という環境でした」。その同じトロントで、今度は新作のワールドプレミアを迎えたことになる。

トロント国際映画祭のオープニング作品としてワールドプレミア上映された『わたしの知らない子どもたち』 [c]2026 K2 Pictures・AOI Pro.
トロント国際映画祭のオープニング作品としてワールドプレミア上映された『わたしの知らない子どもたち』 [c]2026 K2 Pictures・AOI Pro.

次の企画を考えようにも、マスク姿やアクリル板が人々を隔てる現代劇をどう書けばよいのか、発想することが難しかった。「私は筆が遅くて、(脚本を)1本書くのに3年くらいかかります。3年後には状況がすっかり変わっているかもしれないし、むしろ悪化しているかもしれない。そんななかで、リアリティのある現代劇をオリジナルで作る見通しが立たなかったんです」。その時気になったのが、『すばらしき世界』のモデルになった元受刑者・元暴力団員の前半生だった。同作は、作家・佐木隆三氏が実在の人物を取材して1990年に刊行した長編小説「身分帳」を原案としている。

「なぜ犯罪を繰り返すしかない人生を歩む人が生まれてしまうのか。そこには犯罪にいたる前の段階に理由があるのではないか、ということがずっと気になっていました。そこで、戦争孤児や、路上で暮らしていた子どもたちや、終戦直後について学ぶ時間ができたと思い、リサーチを始めました。教科書的なことは知っていましたが、腰を据えて勉強したり、調べたりしたことはなかったので」。

戦争孤児について知るうちに、悲惨さだけではなく、子どもたちのしなやかな強さに惹かれていった。「コロナ禍を覆う閉塞感のなかで、子どもたちが路上で生き延びる姿に励まされました。置かれた状況の質はまったく違いますが、ものすごくタフな状況下で、それでも子どもたちだけであの手この手を使って生き延びていく。その活劇的なものが、すごくキラキラして見えたんです。こんな時だから、重くリアリティのある物語を考える、というのも一つの道ではありました。でも、やっぱり冒険活劇をやりたかったんです。そこだけが、私の目指す北極星という感じでした」。

戦後日本に生きる子どもたちの姿をリアルに映し出す [c]2026 K2 Pictures・AOI Pro.
戦後日本に生きる子どもたちの姿をリアルに映し出す [c]2026 K2 Pictures・AOI Pro.

パンデミックを経て、人間のレジリエンス、つまり回復力やしなやかな適応力は、思っているより強いのではないかと投げかけると、西川監督は子どもたちの姿に重ねて語った。

「どんな状況でも、子どもたちは遊びを発見して、仲間を作ってしまう。そこにすごく励まされるじゃないですか。人間には、人を応援したいという本能があって、子どもはそれを喚起させる存在だから、大事にしなきゃいけないと思うんです。私には我が子はいませんが、我が子だけでなく、子どもという存在自体を社会全体で大切にしていく、自分の国だけでなく他の国の子どもたちも大事にする、という感覚がないと、本当に世の中は砂漠化してしまいますよ」。

「知るための材料は用意するけれど、感じ方や解釈は子どもたちに任せるという形をとりました」

琴子役には、オーディションを経て新星・小八重葵美が選ばれた。約2時間半の映画のほぼ全編に出ずっぱりで、過酷な世界を無我夢中で生き抜く。小八重を見つけることができた時に、この映画の成功はある程度担保されたのではないか。そう聞くと、西川監督はこう思い返す。「葵美ちゃんと出会えたことは、長い時間をかけて頑張って脚本を書いた私への、映画の神様からのご褒美なんじゃないか、と、観た人からも言ってもらいましたね」。

当時11歳でオーディションに合格し、主人公・琴子役に選ばれた小八重葵美 [c]2026 K2 Pictures・AOI Pro.
当時11歳でオーディションに合格し、主人公・琴子役に選ばれた小八重葵美 [c]2026 K2 Pictures・AOI Pro.

12歳の少女、しかも少年の扮装をして映画を牽引する琴子役は、思いのほか難航した。

「ピアノの練習をしなくてはいけないので、撮影の9か月くらい前には決めておかないと間に合わない。そこから逆算し、1年3か月くらい先の撮影時の様子まで見越して選ぶのはかなり難しかったです。特に小学5、6年生くらいの女の子は急激に成長するので、撮影時には雰囲気が変わっているかもしれない。『まだ子どもらしいな』と思っていた子が、3か月後に会うと、すっかり女性になっていたりするんですよね」。

そうしてオーディションで選ばれた子どもたちにとって、戦争は遠い世界の話だ。「戦争のことは学校でどれくらい習った?どれくらい知ってるの?」と尋ねると、「みんな、ほとんど知らない」という顔をしていたという。広島で生まれ育った西川監督自身は、「私は逆に、広島原爆についての情報が入りすぎて、むしろシャットアウトしたいような感覚でした。子どものころから、『もう嫌だ』と思っても身近に話があふれている、というのが広島のスタンダードでしたから」と振り返る。その一方で、「局地的には戦争教育が連綿と続いているものの、他の地域とは全く断絶されているんだな」とも感じていたという。

そこで子どもたちには、東京大空襲の資料館を訪ねたり、『火垂るの墓』(88)など子ども向けのアニメ映画を観たりして、最低限のことを知ってもらった。ただし、伝え方には細心の注意を払った。

【写真を見る】西川美和監督も感嘆!「映画の神様からのご褒美」と称した新星に注目 [c]2026 K2 Pictures・AOI Pro.
【写真を見る】西川美和監督も感嘆!「映画の神様からのご褒美」と称した新星に注目 [c]2026 K2 Pictures・AOI Pro.

「『こんなにひどい目に遭ったんだ』『私たちは戦争の悲劇を語り継がなきゃいけない』と強い口調で言ってしまうと、第一歩として彼らには重たすぎる。というのは、私自身に実感がありました。知るための材料は用意するけれど、感じ方や解釈は子どもたちに任せるという形をとりました」。

小八重は自ら、広島の原爆資料館に行ってみたいと言い出したという。西川監督が大切にしたのは、いまの時代を当たり前だと思わないことだ。「戦争があり、敗戦があっていまがあるんだということを分かってもらえれば、と考えました。葵美ちゃんも、同世代の学校の友達みんなに観てほしいと、言ってくれました。子どもが主体的にそう感じてくれる映画になっているのならば、作った甲斐があったなと思いました」。

「記号的なインプットをなるべく解除したいと思いました」

西川監督と戦争映画との距離を尋ねると、「職業柄観ますけれど…」と少し言葉を濁した。今村昌平監督の『黒い雨』(89)や関川秀雄監督の『ひろしま』(53)などは「ずっと後になってから観ました。正直、あまり進んでは観たくないですよね。とにかく苦しいですから」と明かす。「たぶんそれが日本全体の雰囲気だと思うんです。戦争を直に知らない親としても、子どもに観せたい戦争映画や、子どもが観たいと思う戦争映画は、いまはあまり多くはないんじゃないでしょうか。逆に好きな戦争映画は、シドニー・ルメットの『未知への飛行』。キューブリックの『博士の異常な愛情』と対になるような作品で、1シーンも戦場は出てこないし、人が死ぬ風景もないけれど、核兵器の恐怖をバシッと描いていて好きですね」。だからこそ本作では、「戦争映画」という枠から少し距離を置いたという。

「観る人が、知らず知らずのうちに、すっと入っていける映画にしたかったんです。“戦争映画”そのものに拒否反応のある人も多いですし、特にいまの若い親御さんたちは、なんとなく伝えなきゃいけないとは思いつつ、子どものトラウマになってしまうのでは、という躊躇もあるだろうと思います。そこで、どんな表現だったら見せられるのか、ということを考えました」。

役所広司と田中裕子が逃げ出した子どもたちを助ける老夫婦を演じる [c]2026 K2 Pictures・AOI Pro.
役所広司と田中裕子が逃げ出した子どもたちを助ける老夫婦を演じる [c]2026 K2 Pictures・AOI Pro.

戦後80年を超え、現代を生きる私たちの大多数は戦争直後の東京を知らない。映画監督の目で、その風景をどう作り、どう信憑性を持たせ、どう物語に落とし込んでいくのか。写真やカラー化された映像資料のほか、戦後に作られたフィクションも参考にしたが、特に気を配ったのが色味だったという。

「『りんごの唄』が流れ始めたら戦後、というような、記号的なインプットがあるじゃないですか。そういうものをなるべく解除したいと思いました。記号的な見られ方をすると、かえっていまとの距離ができてしまい、“あのカテゴリー”に入れられてしまうからです」。

闇市で暮らすことを余儀なくされた子どもたちを、父親のような大きな愛で受け容れる新興ヤクザの組長、菊沢徹(岡田准一) [c]2026 K2 Pictures・AOI Pro.
闇市で暮らすことを余儀なくされた子どもたちを、父親のような大きな愛で受け容れる新興ヤクザの組長、菊沢徹(岡田准一) [c]2026 K2 Pictures・AOI Pro.

衣装も同様だ。統制の時代で人々が国民服のようなものを着る一方、闇市で稼ぐ少年たちには、意外にも自由になるお金がある。「ボロボロの服を着ていても、着方によってはちょっとおしゃれでかわいく見える、というふうに撮りましょう、と衣装部や技術部にも話しました」。参照したのは、孤児が主人公の『ヒューゴの不思議な発明』(11)。「あの作品ほどは振り切れませんが、色彩を入れることで、古い時代の映画がキャッチーに見えてくるものを目指しました」。

「(ファンドによる)製作体制が、映画業界において刺激になっていってくれるといいなと思います」

もう一点、『わたしの知らない子どもたち』には挑戦がある。K2 Pictiresは、ファンドを運用して映画の製作費に充て、配給手数料を下げてクリエイターへ配分する製作体制を標榜している。同社製作である本作は、邦画の多くを占める製作委員会方式(各社が資金を持ち寄り委員会を構成する)ではなく、ファンドによって製作された。その違いを尋ねると、西川監督は「製作委員会に集まる人たちが細分化しすぎてしまって、一緒に作っているはずの人の顔が見えないんですよね」と語り始めた。自分の監督作品に、プロデューサーとして誰なのかわからない人々のクレジットが並ぶ。その人たちがこの映画を良いと思っているのか、悪いと思っているのかも、顔を見てもわからない。映画を作っていても、手応えが感じられなかったと言う。

敗戦によって教師という立場も生きる意味も失っていた元教師の葛藤を、二階堂ふみが繊細かつ力強く体現 [c]2026 K2 Pictures・AOI Pro.
敗戦によって教師という立場も生きる意味も失っていた元教師の葛藤を、二階堂ふみが繊細かつ力強く体現 [c]2026 K2 Pictures・AOI Pro.

一方、製作に特化した今作では、西川監督の作品としては大きな製作費をかけ、「作ると決めたら、好きなように作らせてくれて、内容には一切口を出さない製作体制でした。求められたのは尺を守ることだけで、編集を見ながら小出(大樹)プロデューサーが『2時間半で』と決められたので、私たちもそこに合わせた、というだけです。内容的には、『こうしてほしい』ということは一切なし、というスタンスでした」。

西川監督は、この映画について語る時、何度かレジリエンスという言葉を使っていた。戦後の子どもたちのしなやかな回復力についての言及だったが、「不要不急」の烙印を押された映画監督が、戦後の混乱のなかで遊び、仲間をつくる子どもたちを描くことで、映画作家としての力強さを取り戻した作品とも言えるのではないか。

「こういう製作体制が、映画業界において刺激になっていってくれるといいなと思いますし、似たような布陣で、似たような作品を絶対にリスクを取らない作り方で作り続けることが、いかにカッコわるいか(笑)。K2 Picturesには、作り手が“ かっこいい”と言える会社になっていってほしいですし、“やっぱり違うよね”と思える作品を作り続けてほしい。クリエイターへの利益配分ということも打ち出していますから、そういう意味でも進歩的ですし、他にも新しく、信頼できる会社が増えてほしいです。映画会社だけが儲かって、作り手に還元されないなんていう業界は、持続可能とは言えないですよね」。

『わたしの知らない子どもたち』が公開中 [c]2026 K2 Pictures・AOI Pro.
『わたしの知らない子どもたち』が公開中 [c]2026 K2 Pictures・AOI Pro.

取材・文/平井伊都子

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