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「可哀想」と言われるたび苦しかった。子育てママを苦しめる“母親の呪い”とは?【著者インタビュー】

  • 2026.10.21

【漫画】本編を読む

“いい母親”とは一体どんな人で、“正解の育児”とはどんなものなのだろう。母親になると、そうした疑問が付きまとい、自分自身の在り方が分からなくなる時がある。

『わたし、迷子のお母さん ある日突然、母親するのが苦しくなった』(らっさむ/KADOKAWA)は、母親のリアルな葛藤が詰め込まれた漫画だ。主人公の楓はひとり娘を持つ、ワーキングマザー。キャリアと子どものどちらも大切にしたくて日常を踏ん張っていたが、ある日、心の糸が切れ、自宅へ帰れなくなってしまった。

だが、楓はそれを機に、自分の心が限界であることに気づき、育児との向き合い方を見つめ直していく。

子育て中の女性が抱えるリアルな悩みを落とし込んだ本作に、著者は一体どんな想いを込めたのだろうか。制作秘話や、母親を辞めたくなる前に意識したい心の守り方などをうかがった。

――本作は母親になったことで課される、“母親の呪い”が大きなテーマですよね。実際にご自身も、“母親の呪い”に悩まれたことはありましたか?

らっさむさん(以下、らっさむ):私は他の人から「(私の子どもが)可哀想」と言われることに傷ついていました。

――具体的に、どういう場面で「可哀想」と言われたのでしょうか?

らっさむ:「ミルクが足りないなんて可哀想」とか「寒そうで可哀想」とか「赤ちゃんの肌が荒れてて可哀想」などです。きっと相手は何も思っていなくて、ただ見えたことを口に出していただけなのかもしれませんが、可哀想だと言われるたびに母親である自分が責められているような気持ちになりました。あの頃の私は、楓と同じように「いい母親だと思われたい」という呪いにかかっていたのだと思います。

――ご自身が感じた“母親の呪い”とはどう向き合い、乗り越えられたのでしょうか。

らっさむ:自分と子どもを同一視しないように、適切な距離をとるようにしました。それは物理的な距離ではなく、精神的な距離です。別の人間と新たな人間関係を築いていこうと思ったんですよね。

実際に精神的な距離をとってみると「この子は、こんな風に考えるのか」「こんな風に感じるのか」と、少しずつ子どもにキャラ付けができるようになっていきました。それからは「彼女は彼女、私は私」と、自分と子どもを分けて考えられるようになり、結果的に心が楽になっていきました。

取材・文=古川諭香

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