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【ブラッサム】初恋の始まりから終わり。怒涛の展開を上品に描く演出に思い出される「あの朝ドラ」

  • 2026.10.17

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなどさまざまな感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今回は「上品な演出」について。あなたはどのように観ましたか?

【前回】父の死が教えた「自由に生きる」覚悟。渡部篤郎の圧倒的な魅力と、金子大地の存在感

第3週のタイトルは「化粧と、初恋」。大正3年、女学校を卒業した珠(石橋静河)は、尋常小学校の代用教員になった。学力で学級を分けるこの学校で珠が受け持つのは、野良仕事や家の手伝いの合間に学ぶ子どもたちが集まる2年2組である。初恋の始まりから終わりまでを描いた今週は、大人の言葉が子どもを、そして女性を縛っていく様子を、一本の線でつないでいた。

学校側は2組を「適当に」「子守りのようなもの」と扱う。でんでん虫をつかまえていて遅刻してきた次郎(渋谷そらじ)は「勉学なんか嫌いじゃ」と言い、周りの子も笑顔で「どうせ2組じゃけえ」とうなずく。大人の扱いが、そのまま子どもの自己評価になっているのだ。珠は、自分で「どうせ」と言ってはいけない、苦手ならゆっくりでいい、でんでん虫もゆっくり進むじゃろ、と返す。たったそれだけの言葉。だが、それを言ってくれる大人が、彼らの周りにはいなかったのだろう。子どもたちは珠にすぐになつく。

珠自身、幼い頃は下の子を背負い、裸足で雨の中カナリアのエサを買いに行かされ、遊ぶことも禁じられていた。それでも学校には通い、幼なじみの梅(松本穂香)に「ええなあ」と言われながら女学校にまで行かせてもらった。父の清治(渡部篤郎)は死が近づくなか、下の子たちも学校に通わせたいと親族に頭を下げている。2組の子どもたちとの落差は、珠が親から与えられたものの大きさと、清治が「クズ」一辺倒の父ではなかったことを、あらためて浮かび上がらせた。

この週で描かれた恋は、珠だけのものではない。嫁ぐことが決まった梅は、むかいの乾物屋の幼なじみに「縁談おめでとう」と言われて胸が痛んだことを珠に打ち明ける。結婚は家と家が決めるものだと思うし、父親が決めてくれた嫁ぎ先はもったいないくらい良い家だと言いながら、こう続ける。

「世の中には『自由恋愛』ゆうもんがあるんじゃろ。ちょっとだけ、うちも好きな人と一緒になれたら思うたら、ええなあって」

一瞬涙をこぼした後、「おしまい」と笑って自分で区切りをつけ、「珠ちゃんは『自由恋愛』できたらええね」と珠に言う。「あるらしい」と聞いてはいても、自分には手の届かない自由恋愛を、梅は珠に託したのだ。この願いが、珠の初恋と、その結末につながっていく。一方、女学校の同級生・忍(木竜麻生)は、選びたいのは旦那様ではなく「生き方」だと何度父に訴えても伝わらず、諦めたと話す。しかし、諦めたのは自分の生き方ではなかった。東京へ逃げるのではなく挑むのだと、婦人記者になる決意を語る。縁談を前にして、梅は気持ちに自分でふたをし、忍は家を出る。別れ際に「黎明の同志」と励まされた珠は、自分が挑みたいものを考え始める。

寝そべって言葉を並べていた珠は、不意に飛び起き、継母のリョウ(国仲涼子)に口紅を塗ってもらう。真紅をつけた瞬間に世界が色づくような鮮やかさ、何か変われる気がするというモノローグ、エネルギーがあふれ出すようなジャズ調のピアノ。第2週に続き、『カーネーション』を思い出した人は多いだろう。第1〜3週の演出を担当する盆子原誠は、『カーネーション』の演出陣にも名を連ねていた人である。

化粧をして登校した珠に、教頭は目を白黒させ、浮かれるなと言う。そこへ助け舟を出したのが、新任の島村(工藤阿須加)だった。広島では当たり前で、特に外で働く女性は化粧をしている、教頭先生もご存じのことかと思いますが、と言われれば、教頭は反論できない。礼を言う珠に、当たり前のことを言っただけだと答え、こう続ける。

「それに、よくお似合いですし」

ただ、珠が恋に落ちたきっかけは、化粧を認められたことよりも、仕事を認められたことのほうにあったのではないか。久しぶりに登校した次郎は、父が腰を悪くして畑仕事を代わっていたと言い、学校は「嫌じゃない。楽しみじゃった」と話す。ふり仮名をふってもらった読本も、毎晩練習してできるようになっていた。珠が喜んで話すと、島村は「たいしたもんじゃ」と言い、珠が「たいしたもんです」と受けると、「いや、葉野先生がです」と返す。子どもたちに好かれているということだから、と。成績が良ければ先生が褒め、作文を書けば普段厳しい父も褒めてくれた。学校が好きだった珠にとって、これ以上に響く言葉はない。しかも島村は、自分が劣等生だったから次郎の気持ちがよくわかる、珠のような先生がいると救われると言う。珠が一番うれしい言葉を、島村は順番に差し出していく。

そこからの珠は、島村先生の名を口にした回数を弟妹に「22回」と数えられるほど、隠しようがない。島村の弁当が米にめざしだけと気づいて分けてあげるなど、相手を一つずつ知っていく過程は、恋が一番楽しい時期だろう。頭に浮かぶ島村の姿や声を言葉に綴り、「好き」の一言まで書いた紙を教室で落としてしまい、拾った次郎が島村に届ける。大失態だが、島村は珠に確かめたうえで、こう返す。

「あの……胸に、くるものがありました」

島村が熱を出すと、珠は見舞いに行ったら迷惑かと悩み、リョウに「行ってきんさい」と背中を押される。第2週で嫁ぐ娘に「辛抱するんよ」と託した継母が、今度は自由恋愛を後押しする。この時代には珍しい母だ。雑炊を作ってもらった島村は「熱を出してよかった」とまで言い、「ただ会いたかったんじゃと思います」と告げる珠に「僕もです」と応じる。両者の素直さと無防備さは恋を加速させるが、周りが見えなくなる危うさも伴う。雨を理由に引き止められ、朝帰りしたところを近所の人に見られ、珠に「ふしだら」の噂が立ってしまうのだ。

しかし、謹慎になったのは珠だけだった。一カ月後、終業式に出向いた珠は、教頭からクビを告げられる。一方の島村はおとがめなしで、むしろ珠が「たぶらかした」と言われる。なんという不平等だろう。それでも珠は、島村が自分と同じ処分を受けていないことに腹を立てるのではなく、良かったと言う。「どこで間違うたんじゃろ」とリョウにこぼす珠は、見舞いで雑炊を作るだけで帰ればよかったのか、好きにならなければよかったのか、出会わなければよかったのかと考える。人を好きになっただけなのに。

珠は「島村の本当の気持ちを知りたい」と手紙を出すが、返事はつれなかった。二人の関係は間違いで、なかったことにしたい、これが最後だという。会いに行った珠を、島村は、これ以上悪い評判が立てば生きていけないと拒み、調理道具を押し付けて怒鳴り、突き飛ばす。転がり出た包丁を拾う珠に「何をする気じゃ! 正気じゃないわ!」と吐き捨て、家にこもった。二人の甘い時間をたくさん作ってきた包丁に、島村はもう脅威しか見ていない。

熱を出してよかったとまで言った人が、同じ素直さで保身に走る。この週の途中、学校を休んだ次郎について、同僚は「できん子は、勉強が嫌で逃げるんじゃない。できん自分と向き合えんから逃げるんです」とつぶやいていた。しかし次郎は逃げていたわけではなく、父の代わりに畑に出ていただけだった。向き合えずに逃げたのは、次郎の気持ちがわかると語った島村のほうである。

かつて一刻も早く会いたくて小走りしたあぜ道を、珠はゆっくり、泣きながら「春が来た」を歌って帰る。こうして初恋は終わった。恋の楽しさも美しさも切なさも、人の保身の醜さも、珠は一度に知った。それは物書きとしての糧になっていくのだろう。3週間、櫻井剛の脚本と盆子原の演出が怒涛の展開を上品な質感で描いてきた。次週の演出は代わるのではないかと予想されるが、このトーンを保ってほしいと思う。

文=田幸和歌子

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