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【インタビュー】松重豊さんに聞く60代の生き方『孤独のグルメ』を経て見えた新たな自分

  • 2026.10.3

長身痩躯、柔和な顔には個性的な眼鏡。『孤独のグルメ』の「五郎さん」の印象とはずいぶん違う、松重豊さんがふわりと取材場所に現れました。Prime Video で2026年10月3日から配信されるドラマ『おいしいのつくりかた』で企画プロデュース、脚本、そして監督務を務めた新作への思いや、60代を迎えて深まった人生観について伺います。

「食べる側」から「作る側」へ。裏側に回ることで見えた景色

「元祖グルメドラマ」とも称される人気ドラマ『孤独のグルメ』で主役を演じ続けて15年余り。松重豊さんがこのたび発表した新作ドラマ『おいしいのつくりかた』は、同作のスタッフとともに制作した挑戦的な一作です。

「集大成という意味で『劇映画 孤独のグルメ』(’25)を作ったのですが、そのときにふとしたきっかけで、僕が脚本を書いて監督をするという流れになりました。一応主役でもありましたから、監督として自分の芝居も見るのですが、自分の演技ですから想像を超えることがなくて、あまりワクワクしないんですね。ですが、他の俳優さんを見ていると、自分が書いたセリフに対して『こういう言い方をするんだ』『ここで心が動くんだな』と、非常に多くの発見がありました。もう俳優に戻らなくてもいいかなと思ってしまうくらい(笑)、おもしろい経験だったんです」

その思いを昇華させる形で作り上げたのが『おいしいのつくりかた』です。食べる側のドラマに出ていた俳優が、料理を作る側の人間を描くドラマの「作る側」へ回る。ある意味、洒脱な新しいステップと言えます。
松重さんが料理を作る側の物語に目を向けた背景には、『孤独のグルメ』での経験が土台にあります。

「『孤独のグルメ』でさまざまなおいしいお店に伺いました。こんな場所に地元の人にすごく愛される店があるんだな、このおじいちゃんとおばあちゃんが作っているんだな、野菜はどこから仕入れているのだろう、と想像をめぐらせる。作り手の背景や物語に触れて初めて、いっそう『うまい!』と思えるのです。だから、今度はそこを物語として描きたいと思いました」

劇中に登場するポークソテーは、松重さん自身の大好物。「牛肉よりもお手頃で、下処理や火加減で味がガラリと変わる奥深さがある。見た人が『明日はあの店で食べよう』『家で作ってみよう』と思える親しみやすさも魅力です」と語ります。

劇中の料理は、松重さんが全幅の信頼を寄せるフードコーディネーター・飯島奈美さんの手によるもの。飯島さんとの試行錯誤を経て、画面越しでも食欲をそそる料理と、観る人の心を解きほぐす作品が生まれました。

「家族を守る役割」を終えたら。60代で手放した「呪縛」と、自分の「好き」との向き合い方

俳優として揺るぎないキャリアを確立してきた松重さん。60代を迎えて監督・脚本という新たな領域へ飛び込むことに、不安やプレッシャーはなかったのでしょうか。そう尋ねると、松重さんはふっと柔らかな笑みを浮かべて語り始めました。

「いやぁ、60代も半ば近くになるとね、別にもう怖いものがなくなるんですよ(笑)。50歳くらいまでは、どうやって家族を養っていくか、家庭を守っていくかが最大のテーマだったと思います。ですが、子どもも独立して夫婦ふたりの生活になり、さらにコロナ禍を経て仕事や生き方を見つめ直す機会があって。そのとき『俳優を続けること』自体が自分のなかでガチガチの決めごとになっていて、がんじがらめになっていたのかもしれないと気付いたんです。まずはその呪縛を解いてみようと思いました」

決意した松重さんは、自身が本当に好きなものと向き合いました。

「音楽も好きだし、文章を書くことも好き、写真も好き。それら好きなことをすべて集約してみたら『映像作品を撮る、作る』ということに行き着いたんです」

『大人のおしゃれ手帖』世代の読者も、これまで積み重ねてきた仕事や家庭での役割に囚われ、知らず知らずのうちに選択肢を狭めていることがあるかもしれません。でも松重さんのように、一度自分の「好き」をフラットに見つめ直してみると、新たな可能性やワクワクする一歩が見つかるのではないでしょうか。

「変な話、人生の終わりに近づいているのだから、思った通りにやっちゃえという気持ちもありますね」と冗談めかす松重さん。その表情には解き放たれたような軽やかさが漂っています。責任を果たし終えた世代だからこそ手に入れられる、自由で柔軟な生き方のヒントがここにあります。

「白か黒か」で決めつけない。人間関係をラクにする“人をおもしろがる”心のゆとり

「思った通りにやっちゃえ」と笑う根底には、師と仰ぐ演出家・蜷川幸雄さんの教えがありました。

「僕にとっての怖い師匠は蜷川さんだけ。蜷川さんからは『既存の価値観や概念をひっくり返すことをやれ』と言われ続けてきた気がするんです。だから、さまざまな価値や固定概念を疑っていくことを死ぬまで続けたい。迷惑なジジイになってもいいから(笑)、自分が感じてきたことを全部吐き出してから棺桶に入ろうと思っています」

そしてもうひとつ、松重さんが大切にしているのが「人間をおもしろがること」です。

「僕は子どもの頃、転校が多くて環境が目まぐるしく変わりました。だからこそ、新しい場所で出会った人とどうコミュニケーションを取り、渡り合っていくかを考えて生きてきた。それが人への興味や、多様性を受け入れるおもしろさにつながり、俳優という職業を通じてさらに深まりました。俳優として『この人、どう見ても悪い人に思えるけれど、どこか魅力があるよね』と感じるような多面性を発信できたらいいと思っていて」

現代社会では多様性を謳う一方で、ものごとを「善か悪か」「正しいか間違いか」と極端に分類して攻撃してしまう傾向も強まっています。しかし、松重さんはそうしたわかりやすさから一歩距離を置きます。

「一面だけを見て決めつけるのは楽ですが、それだと人間本来のおもしろさを見失ってしまいます。『こんな部分もある、あんな部分もある』と捉えてみる。すべてを理解できなくても『人間ってわからないけれどおもしろいよね』と思えることこそが、本当の意味で人を理解するということです。ドラマや映画を観るという体験も、本質的にはそうやって『人を楽しむ』ということなのだと思います」

多面的な人間の魅力を愛おしむ松重さんのまなざしは、私たちの日常の人間関係をもっと豊かで、味わい深いものへと変えてくれる優しさに満ちていました。

PROFILE
松重 豊(まつしげ・ゆたか)
1963年生まれ。1986年、大学卒業と同時に蜷川幸雄主宰のGEKISYA NINAGAWA STUDIOに入団、演劇活動を始め、舞台、映画、TVドラマ、CM、ラジオと幅広く活躍。代表作にもなった『孤独のグルメ』シリーズは、2012年以来続いている。近年の出演作に、映画『劇映画 孤独のグルメ』(’25/監督・脚本・主演)、テレビドラマ『孤独のグルメ Season11』(’26)ほか。

松重豊さん 企画プロデュース・脚本・監督・出演 Prime Video配信ドラマ『おいしいのつくりかた』

トラブルで名門店を追われ、心を閉ざした腕利きシェフ・水橋英二(北村有起哉)。彼が流れ着いた老人ホームで出会ったのは、亡き夫の洋食店「キッチン大沢」を失い、生きる気力をなくした入所者・智子(加賀まりこ)。水橋の料理に感動した智子は、彼が作るポークソテーが夫の店の看板メニューと同じ味だと気付く。調べると、水橋と亡き夫は同じ名門店の出身だった。店と祖父の味を守りたい智子と孫の加奈(のん)は、頑なな水橋にある提案を持ちかける。世代を超えた3人が一皿の料理を通じて再生していく物語。

企画プロデュース・監督:松重 豊
脚本:田口佳宏/松重 豊
音楽:grooveman Spot & Osamu Fukuzawa
出演:北村有起哉 のん 永尾柚乃 橋本淳 朝比奈琉良 佐藤真弓 山中聡 坂井真紀 松重豊 中原丈雄/加賀まりこ
2026年10月3日(土)午前0時より「Prime Video」にて独占配信
※作品の視聴には会員登録が必要です
©テレビ東京

ジャケット¥89,100、シャツ¥47,300、パンツ¥51,700/すべてsuzuki takayuki(スズキ タカユキ)

撮影/天日恵美子 取材・文/みよしみか

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