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彼女の手料理に文句ばかり言っていた俺が、母の味の正体を言えなかった理由

  • 2026.9.25
ハウコレ

空になった箱が、俺の茶碗の横に置かれていました。彼女が誰に聞いたのかは、聞かなくてもわかりました。俺が隠していた母の味を、彼女も知っていたのです。

実家の台所の引き出しには、同じ箱がいつも3つ、重ねてしまわれていました。

母が働きながら作ってくれた味

俺は母と2人で育ちました。母はパートを2つ掛け持ちしていて、帰ってくるとそのまま台所に立ちました。鍋に肉と野菜を入れて、引き出しの箱から出した粉を振り、煮えるまでの間に洗濯物をたたむ。それが俺の家の肉じゃがでした。味噌汁のだしや、ほかの煮物に使う調味料も、その引き出しに並んでいました。それを恥ずかしいと思ったのは、中学に上がって友人の家で夕食をごちそうになったときです。彼女と暮らし始めて、彼女が毎回だしを引くところから作ってくれるのを見て、俺は素直に喜べませんでした。

「違う」と言い続けた本当の理由

「俺の母親の味と違う」その言葉が口から出るのは、いつも1口目でした。違うと言い続けたのは、俺が比べていたものが、彼女のものより手間のかかっていない味だったからです。「わかんないけど、なんか違う」どこが違うか聞かれても、そう答えるしかありませんでした。箱の名前を言えば、忙しい中で作ってくれた母の料理まで、市販のもので済ませていたと思われる気がしたのです。それが自分の弱さだったと、今なら分かります。彼女の手間を「違う」の一言で片付けておけば、自分の家のことを打ち明けなくて済みました。

空になった箱と、彼女の言葉

数日後、テーブルについた俺は肉じゃがを口に運びました。「これ、母さんの味だ」言ってから、茶碗の横の箱が目に入りました。箸を置いて手に取り、裏面を彼女の方へ傾けました。彼女が皿を運びながら言いました。「お母さんに教えてもらったの。ずっとこれだったって。」俺は「言えるわけないだろ」と言ったものの、何が言えないのか、自分でもうまく説明できませんでした。母が市販の調味料を使っていたことなのか。それを恥ずかしいと思っていた自分のことなのか。彼女には何度でも違うと言えたくせに、その理由だけは言えませんでした。「私のには、ずっと違うって言えたのにね」彼女は自分の皿をカウンターへ運び、背中を向けて食べ始めました。俺は箱を手に持ったまま、キッチンの引き出しを見ていました。

そして...

翌日、帰宅すると、テーブルには彼女の分だけがありました。「これからは自分の分だけ作るね」俺は短くうなずきました。堪えたのは、俺の皿がないことより、彼女がもう俺のために作ろうと思っていないと分かったことです。最初は、何日かすればまた作ってくれるのではないかと思っていました。でも彼女は、怒っているというより作る気そのものをなくしているように見えました。コンビニの弁当を持って帰る日が2日続いて、俺は母に電話をかけました。彼女から連絡があったことを、母は先に話しました。「言ってなかったの?」言えなかった、とだけ答えました。母親の味と違うと言い続けながら、自分では一度も鍋の前に立たなかったと、その電話で初めて口にしました。同棲は続いています。別れを切り出されてもいません。また作ってほしいとは、まだ言える立場ではないと思っています。今、俺の手元には新しい箱が1つあります。母と同じようにそれを使うのか、自分で味を作るのか。それを考えながら、まず自分で肉じゃがを作るつもりです。

(20代男性・営業職)

本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。

(ハウコレ編集部)

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