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【風、薫る】存在感を放つ寛太(藤原季節)。"いろいろある”女性たちが自ら起こした「小さな風」

  • 2026.9.5

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなどさまざまな感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今回は「自分たちで起こした小さな風」について。あなたはどのように観ましたか?

田中ひかる著『明治のナイチンゲール大関和物語』(中央公論新社)を原案とするオリジナル作品で、見上愛、上坂樹里がW主演を務めるNHK連続テレビ小説『風、薫る』。第23週「歩々清風」は、看護という仕事が社会に根付いていく過程で起こる、さまざまな問題を描いた。

ある日、戦地から戻った虎太郎(小林虎之介)がりん(見上愛)のもとを訪ねてくる。カラスの鳴き声にも体をすくませる彼は、それでも「自分がいたのはずっと後方だから」と笑ってみせる。体のほうは戦場を覚えているのに、本人はそれを自分の傷だと思っていない。薬も包帯もいくらあっても足りず、笑えるくらい無力だったと虎太郎は振り返り、死んでいく兵隊と自分の何が違うのか、人の生き死になどくじ引きのようなものだとつぶやく。

学のなさを努力で埋め、上へ行くことだけを目当てにしてきた男が、努力では動かせないものに行き当たった。そんな彼に、りんは「お帰り、虎太郎」と声をかける。戦地から帰ってきたことへの言葉であり、昔のまま変わらぬ虎太郎が帰ってきたことへの言葉でもあるだろう。しかし、ただ上を目指し続けてきた本人にとって、ここからどんなモチベーションで生きれば良いのかわからない状況下で、残酷な言葉でもある。

また別の日、捨松(多部未華子)が恵風看護婦会を訪ねてくる。日清戦争を経て、看護婦がようやく広く知られた。「思わぬほうから風は吹くものね」と捨松は言い、これからの看護婦を託す。りんと直美は、この風を自分たちで大きくしていくと応える。

そこから一気に時代は動き、時が飛ぶ。りんの娘・環が女学校に入り、さらに3年がたって明治32年。環は最上級生に成長し、一ノ瀬家を支えてきた美津(水野美紀)は生涯を終えていた。その退場はナレーション一本で告げられる。それだけ急いで時間を進めた先に、乱立した看護婦会がある。知識のない者を看護婦と称して派出し、法外な料金を請求する会が各所に生まれていた。りんは患者の佳枝(相田翔子)から近所にできた親和派出看護婦会に勧誘されたと聞かされ、恵風会には依頼取りやめの連絡も相次ぐようになる。

そんな折、「恵風会が高額な看護料を取っている」という噂を聞きつけて、しのぶ(木越明)が駆け込んでくる。噂は「親和会」の話が誤って伝わったものだった。仕事終わりに親和会へ行くという直美に、「今すぐ行きなさいよ」「看護を汚すようなことがあったら許せないでしょう」と畳みかけたしのぶは、直美の息子は自分が見ておくと言って二人を送り出す。

親和会には寛太(藤原季節)がいた。彼は「看護は今儲かる」と言ってのける。古い付き合いの寛太をよく知るだけに、直美はそこまで悪いことをする男ではないと言いつつ、看護婦会の乱立について、りんと共に内務省衛生局の柳生(中村倫也)を訪ね、取り締まりを求める。

「何事もはじめは玉石混交になるものだ」と柳生は言うが、それでも適切な看護を学ばなければ患者の命に関わる、看護は誰にでも担える仕事ではないとりんは引かない。史実でも、りんのモチーフである大関和は看護婦の資格制度を求めて内務省に直訴している。東京府が看護婦規則を定めるのは明治33年、この週の翌年にあたる。全国に統一の内務省令が出るまでには、そこからさらに15年かかった。資格の道は二つ置かれた。指定された学校や講習所を出るか、1年以上看護を学んだうえで試験に受かるかである。線を引くと同時に、線の内側へ入る道も用意されていた。

乱立する看護婦会の実態を確かめるため、りんと直美は再び親和会に踏み込む。そこにセツ(村上穂乃佳)がいた。帝都医大病院でりんと直美が受け持った元患者「夕凪」である。かつて二人はセツに女郎を辞めさせ、抜け出させたはずだった。そんな彼女が資格のないまま看護婦として働いていた。

セツは「(二人には)感謝はしている」「しばらくは好きに生きられた」と言う。ただ女ひとりで生きていく術はめったになく、炊き出しにも製糸工場にも旅館の女中にも就いたが、学がないためにどれも続かなかったらしい。行き詰まって再び女郎屋の門を叩こうとしたところに、寛太が声をかけた。看護婦といっても身の回りの世話ができれば十分だ、というのがその誘い文句だった。

りんも直美も、はじめは生きるために働ける場所を探していて、そこで看護に行き当たった。セツが親和会にいる理由も変わらない。

寛太も、かつては、海軍中尉と身分を偽って鹿鳴館に現れた詐欺師だった。自分を捨てた母の顔が見たいという直美に興味を持ち、母探しに手を貸してくれた。彼は口が悪く、やり方も汚いが、誰よりも暮らしに詰まった弱者のそばにいて、実際に手を差し伸べている。

金になる者は使う、かといって女郎屋は趣味に合わない。そう言う寛太が、直美に突きつける。

「あんたが目の敵にしているのは、そういう貧しい女だ」

会を一つ潰せば、そこで働く女の職も消える。取り締まりだけでは足りない。

出番そのものは多くないのに、藤原季節演じる寛太が現れるたびにSNSが沸く。直美とはみなしごという境遇が近く、互いの事情がわかる相手でもある。恋愛に転びそうで転ばず、腐れ縁として要所で人生が交錯していく。直美の恋愛から結婚までのあいだ、寛太は一度も出てこない。久しぶりに現れたときには、直美は夫を亡くし、母になっていた。空白の置き方まで腐れ縁らしい。

いっぽう恵風会には、しのぶが「もう一度ここで働きたい」と訪ねてくる。義母はしのぶが外で働くことを渋ったが、夫が味方してくれたという。その代わり条件がついた。子どもの世話も家のこともしっかりやり、家族に迷惑をかけないこと。

条件を受け入れたしのぶは、朝は4時に起きて、出てくる前に家事をあらかた終わらせているので、前のようには働けない。当分は事務仕事でいいと言う。彼女の味方をした夫は、実は自分のやることを何ひとつ変えていない。しのぶの問題は、現代に地続きの問題だろう。総務省の令和3年社会生活基本調査によれば、6歳未満の子どもがいる世帯の1日あたりの家事関連時間は、夫が1時間54分、妻が7時間28分である。

それでもしのぶは「子を産んだら母親以外にはなれないと思っていたけれど、ここならもしかしたらと思えた」と語る。何よりこの仕事が好きなのだという。恵風会の悪い評判に激怒した理由も「だって私、看護婦だもの」とシンプルで強い。かつて「ナース服が着たい」という理由で養成所に入り、第1期生でいちばん看護に興味がなさそうだった女性が、今いちばん怒っている。しのぶが現れるだけで場の温度が変わるのは、独特の声色と喋る間による。役の分量を超えて、演じる木越の持ち味が働いている。

そんな折、セツの患者の容体が急変する。助けを求められ、居合わせたりんが迷いのない手つきで応急処置をほどこし、事なきを得た。セツが水を飲ませていたから軽い脱水で済んだのだとりんは言い、看護は命に関わる仕事だと続ける。柳生に向けたのと同じ言葉である。看護を学んだ者とそうでない者の差を目の前で見せられたセツは看護婦を辞めると言い出すが、学んでいない者に現場を任せられないということと、その人に何もできないと決めつけることは別だ。直美とりんは、セツを「恵風会で働かないか」と誘う。

字も読めないし仕事も続かない、自分はあなたたちとは違うとセツは断る。そこへしのぶが割って入った。りんも直美も自分も、何もできないところから血のにじむ思いで自分の道を選んできたのだ、と。「つらい身分を盾にやさぐれてもったいない。どんな女でも生きていればいろいろあるけれど、それを跳ね返さなければ、いつまでたっても女の立つ瀬がない」

直美とりんも背中を押し、セツは恵風会に加わる。事務所の掃除から始めて、できることをしながら、読み書きを学びはじめた。締め出す代わりに、学ぶ入り口が用意された。直美が母の文(内田慈)に会い、看取ることができたのも、セツが手がかりをくれたからだった。助けられた側だと思っていたセツが、直美を助けていた面もあるのだ。

セツは無事、仕事も住まいも得た。しかし、セツだけを救っても何も解決しないと寛太は言う。「それ、あなたが言う?」と直美は返し、そのうえで認める。言うとおり、きっと解決にはならない。それでも、ほんの小さなことでも今やれることをやる。患者のことで何かあればいつでも知らせに来てほしい、と寛太にも言い置いた。一度助けて終わりにしない。

この形は今も変わらない。2020年の国勢調査では、小学校のみ卒業、または中学校を中退した人が全国に約80万4000人いる。学び直しの場である公立の夜間中学は、文部科学省によれば令和8年4月時点で44都道府県・指定都市に69校である。就学機会を確保する教育機会確保法ができたのは2016年で、まだ10年だ。金を配るだけでは足りない。学ぶ場があり、そこへ通える条件が整い、それが来年も再来年も続く。三つがそろわなければ、伸ばした手は届かない。

そのころ、学校帰りの環は団子屋で絵を描いている。どうやら絵描きになりたいらしい。そこへ東京に戻ったシマケン(佐野晶哉)が通りかかり、環がりんと引き合わせた場面で来週へ続く。

今週のタイトル「歩々清風」は、一歩進むごとに清らかな風が起こるという意味の禅語だ。捨松の言うように、風は戦争が吹かせたものだった。それに比べれば、しのぶが4時に起き、セツが箒を持ち、環が絵筆を握る一歩は小さい。それでも、こちらは自分たちで起こした風である。

(田幸和歌子)

文/田幸和歌子

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