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大石継太&朝海ひかる、信頼で結びついた同志が誘う“言葉の美しさ”あふれる清水邦夫の世界

  • 2026.8.17
(左から)大石継太、朝海ひかる クランクイン! 写真:篠塚ようこ width=
(左から)大石継太、朝海ひかる クランクイン! 写真:篠塚ようこ

大石継太と朝海ひかるのW主演作、unrato#14『夢去りて、オルフェ』がこの夏に上演される。本作は清水邦夫が1986年に木冬社結成10周年、および紀伊國屋書店創業60周年記念提携公演として初演、1988年に再演されたもので、今回は38年ぶりの上演となる。物語は昭和14年の北陸。火災で廃墟となった遊園地を舞台に、二・二六事件で処刑された北一輝の生存を信じる教師・桂木一機、その義妹・ぎんほか、周囲の人々との人間模様が描かれる。作品に挑む一機役の大石とぎん役の朝海に清水作品の魅力など話を聞いた。

【写真】大石継太&朝海ひかる、撮りおろしショット!

◆想像力を搔き立てる“言葉の美しさ”が清水邦夫作品の魅力

――出演が決まった際の第一印象をお聞かせください。

大石:24~5歳の時に私はこの作品を観ておりまして、平幹二朗さん、松本典子さんが一機とぎんを演じられていました。すごく細かな部分を覚えているわけではないのですが、平さんや松本さんの存在感や熱量がとにかくものすごくて、ただただ圧倒されたことを覚えています。当時は僕も芝居を始めたばかりの頃だったので、とても難しいお芝居、という印象でしたね。そうか、あの難しい作品を僕がやるのか、と思いました。

朝海:この作品に出られることが、正直にうれしかったです。清水邦夫さんの作品に出演したことはありませんでしたが、『楽屋ー流れ去るものはやがてなつかしきー』は拝見していて。演出は大河内直子さんでしたし、あの素敵な世界に私が入れるのか、と。ただ、きっと難しいだろうとも思っていて、うれしさの反面、ちょっと緊張もしています。清水さんの書かれているポエムのようなきれいな言葉を、お客様に上手く伝えられるか――気を引き締めなおすような、これは大変な作品になる、とお話をいただいたときに自分の中で感じたことをすごく覚えています。

――今回、実に38年ぶりの再演となります。長い期間を開けての再演に際し、どのような想いでいらっしゃいますか。

大石:書かれたのは40数年ほど前。社会も大きく違ってきています。「女のくせに」という言葉が出てきたり、同性愛的な描写があったりしますが、現代の方が受ける印象と、当時の人が受ける印象は絶対に違いますよね。でもそこは、演出や役者、衣装などいろんなことを使って、乗り越えられることだと思います。それに、清水さんの言葉の美しさは変わらないので。普遍的で、これから先の時代でも受け入れられる作品だと思います。

朝海:当時はもうすぐバブル、という、いろいろな矢印が上に向いている時代。その社会背景は、令和の今とは違いますよね。作品で描かれている時代は昭和14年ごろ。戦争に向かう中で、経済が賑わってきていた頃で、バブルの頃と似ているのでは、という話もあります。そのあたりが違和感になるのかもしれませんが、演劇を楽しんでくださる方々は、そのギャップも含めて楽しんでいただきたいですね。

――清水作品の魅力はどのようなところにありますか。

大石:先ほど、朝海さんもお話されていましたが、やっぱり言葉の美しさですね。「きりきりと蒼ざめているような」など、みなさんの想像力を掻き立てるような表現がいろいろとあるんです。

朝海:擬音が多いですよね、ヨレヨレ、メタメタ、おたおた……。

大石:そうですね。昔に何本か清水さんの作品に出させていただいた時に、「戯曲を書くのに、ここで点を打つか、丸にしようかを寝ずに考えているのに、お前らが勝手に繋げたりするな」と演出の蜷川幸雄さんから言われたことを、よく覚えています。先日、大河内さんも近いことをおっしゃっていましたね。清水さんが本を書くということにどれほどの熱量と情熱で向き合ってきたのかを、蜷川さんが清水さんと身近に話す中で受け止めていたからこその言葉だったのだと思います。そして、“狂う”という部分も清水戯曲にはたくさん出てくるので、そこも魅力ですね。やる側はなかなか難しいですが。

朝海:狂気と現実の狭間のようなあやふや感は、観ている側としては想像力を掻き立てられますし、多方面から観ることができますから、ひとりひとりのお客様の心のどこかに刺さる、何かがある。そこは、今回の作品にも感じています。ただ、この『夢去りて、オルフェ』は、他の清水戯曲と比べても何か毛色が違うようにも感じています。そこを考えながら稽古をしていかなければ、と思っています。

――大石さんは初舞台も清水戯曲だったとか。

大石:『タンゴ・冬の終わりに』という作品でした。ですが、その当時は演劇の何たるかも分からず、ただ大きい声を出せばいいと(笑)。セリフもあまりなかったので、いかにして目立ってやろうかと、そんな変なことばかり考えていました。清水さんにとっても失礼でしたね。でも、今この年になって清水さんの作品に再び出会えたことはとてもうれしいです。初心に帰るような、昔を思い出せたような感覚ですね。

――演出の大河内さんとどのような話をされましたか。

大石:大河内さんは役者にまず自由にやらせてくれる感じがしています。

朝海:一機とぎんは、子どものころから“でっちあげ”のような会話をするのが好きで、大人になってもそこは変わらないんです。そういう関係なので、どうしても日常のようにリアルにしゃべってしまうんですが、もうちょっと“芝居がかった”やりとりをするんですね。そこがとても面白くて、それが2人の関係なんだな、と。お互いに本音は分かっているのに、本音ではしゃべれない2人。大河内さんのノートやお話を聞いて、そんなことを思いました。

大石:あとは、清水作品だからということもあると思いますが、僕らだけじゃなくみんなに、「言葉を大事にする」、ということは伝えていますね。

朝海:確かに、一語一句変えないで、とおっしゃっていました。

大石:セリフのひと言、その音の高さにまできっちりとこだわっているように思います。

◆自分本位にならないように周りをよく見て稽古に臨みたい

――本作に臨むにあたって、何かインプットされたことはありますか?

朝海:私は『三人姉妹』、『タンゴ・冬の終わりに』を観たりしました。また、二・二六事件の北一輝についても、事あるごとに検索して、写真を見て、“私はこの人と会ったんだ”と身近に感じられるようにイメージしたりしていました。まだ何かを掴めているわけではないのですが、『タンゴ・冬の終わりに』の平幹二朗さん、松本典子さんの熱量が本当に素晴らしくて。そして、その作品の松本さんの役名もぎん。別の作品ですが、同じ役名であることに何か意味があるのでは?と想いをめぐらせたりしています。

――北一輝については、どのようにとらえていますか。

朝海:国賊とされている人物ですが、きっとぎんにとっては、優しいおじさん、という感じだったのではないでしょうか。怖い国賊というイメージではなく、兄の一機が持っているイメージでもない、ぎんにとっての北一輝。そんな雰囲気を出せたらと思います。

大石:僕もインプットというほどではありませんが、北一輝についてはいろいろ調べたりしています。お顔も見て、こんな人物だったのか、と。僕が演じる一機と北一輝の繋がりというものは想像ですけども、北一輝は戦っている人。一機の心の中には父親のことも出てきていて、その“戦う”という部分に最初はシンパシーを感じて、入り込んでいったのではないか、とイメージしています。そこからの狂気が課題ですね。

――今回の役を演じるにあたって、芯になるものを言葉にするとどのようになりそうでしょうか。

大石:なるべく自分で勝手に進んでいかないように、やっていきたいと思っています。朝海さんとご一緒していてすごく楽しいですし、この先も稽古でいろいろとたくさんのことがあると思うんですが、自分勝手に世界をポンポンと作っていくのではなく、他の役者さんも含めて、前の作品とは違うものができたらいいですね。そうやってある種、自分を律していくところも戦いです。

朝海:私も大石さんと同じで、今はすごく周りを見ています。自分だけでは突っ走れないですね。

大石:ご一緒していて、そこはすごく感じ取っています。それが楽しいところでもあるんです。

朝海:私と大石さんの役は義兄妹。ぎんは小さいころからずっと、お兄ちゃんである一機を見て、行動してきたところがあるので、私も大石さんの行動を見て動く。それで出来上がってくる関係性があるんじゃないかと思っています。今は、形を決めない。そういう気持ちで稽古に臨んでいます。

――役どころの印象だと、嘘か真か分からないような話をして周囲をかき乱し、ある意味で奔放に振る舞っている役かと思いましたが、役作りにおいては真逆で緻密に重ねていくものなんですね。

朝海:確かにそうですね。難しいところです。戯曲を読んだ時の印象と、役としてやってみるときの印象は結構違いますね。稽古場にいるときも、いろいろな役の方々の異なる考え方で作ってきているので自分本位になりすぎないようにと思っています。どうしても、集中したり、役にグッと入ってしまうと視野が狭くなってしまうので、そこは自分に言い聞かせています。

大石:僕はとにかく、稽古場では元気でいること(笑)。あまり悩まないです。みんなと一緒に、元気でいれば回っていきますから。今回のカンパニーには高校生もいて、世代も広いので、たくさんコミュニケーションが取れればと思います。

◆互いの印象は「リスペクトしかない」「お芝居で一緒に戦える相手」

――今回の共演にあたって、お互いの印象についてもお聞かせください。

朝海:私はもう、リスペクトしかありません。以前、蜷川さん演出の『しみじみ日本・乃木大将』で大石さんとご一緒させていただいたのですが、私は当時、蜷川さんの演出は初めて。どうすればいいのかも分かっていないところに、大石さんが毎回、稽古場で挑んでいる姿を見て、稽古とはこうやらなければならないのか、と教えていただきました。本当に戦っているような感じでした。“先輩”という感じです。

大石:いやいや、僕は全然できていなかったから。でも、特殊な稽古場でしたよね。

朝海:毎回、役者が稽古場に何をプレゼンで持っていくのか、みたいな。みなさん、稽古の1時間~1時間半前には絶対に稽古場にいて、そこから戦いは始まっている感じでした。そこで戦っている大石さんを観て、演劇って自由なんだ、という印象が強くなりましたね。そして、稽古が終わったら飲みに行く。

大石:飲みましたね。あれは楽しかった。

朝海:私はあの1回しか蜷川さんの演出を経験できなかったですが、その稽古場でのイメージは強烈に残っています。でもその鮮やかさは、今の稽古場でも変わっていないですね。毎回、驚くくらいの引き出しを開いてくださいますから。

大石:ご一緒した時は、宝塚をおやめになられてから数年ほど。最初は、宝塚出身の方なのか、という印象でしたが、お芝居を一緒にやって、飲みに行ったりもして――宝塚出身の方への先入観が覆りました。僕はずっと蜷川さんのところにいましたが、そんな特殊なカンパニーに入ってきてチャレンジするエネルギー、負けないぞ、という力。それはもう、本当にすごいものでした。ちゃんとお芝居をされるから、ダメ出しもそんなになかったし。

朝海:いえいえ、ありましたよ。

大石:それでも、負けない強さは、その時からすごくしっかりしていた印象があります。あれから十数年が経って……遠慮も何もいらない変に気遣いをすることもない、お芝居で一緒に戦える相手だと思いました。僕がこうしよう、ああしようと言ったときに、それを受けて2人の中で生まれてくるものが、僕は本当にうれしいんです。ともに戦うパートナーとして、とても素晴らしいですね。

朝海:うれしいですし、光栄です。胸をお借りします。

――何か、戦場で背中を預けられる同士のような感じがします。そんなお2人が挑む『夢去りて、オルフェ』の上演を楽しみにしているみなさんに、メッセージをお願いします。

大石:清水邦夫さんの作品を知っている方も、初めての方にも、ぜひご覧いただきたい作品です。過去にご覧になっている方は、昔を思い出していただきたいですし、初めての方には清水さんの美しい言葉、清水さんの世界を経験していただきたい。清水さんの作品は簡単ではありませんが、こんな作品、こんな世界もあるんだ、と体験していただきたいです。一度足を運んでいただけたらうれしいです。

朝海:この記事を読んでくださっているような演劇がお好きな方ならば、この作品は見逃さないほうがいいんじゃないかと思います。清水さんの描いた戯曲を、この時代で上演する意味のようなものを、きっと感じ取って好んでいただけるのではないでしょうか。ぜひ観劇して、その感想をカンパニーまで送ってください。清水作品の世界をみんなで共有したいと思いますので、ぜひ一緒に楽しんでいただきたきたいです。

(取材・文:宮崎新之 写真:篠塚ようこ)

舞台 unrato#14『夢去りて、オルフェ』は、8月21日~30日東京・東京芸術劇場 シアターウエストにて上演。

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