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【黒柳徹子】「お金には恵まれないけど人に恵まれた」中村玉緒さんの人生観

  • 2026.8.7
黒柳徹子さん
©Kazuyoshi Shimomura

私が出会った美しい人

【第51回】女優 中村玉緒さん

「徹子の部屋」で50年も、幅広い世代のさまざまな分野の方にお会いしていると、「世の中にはいろんな考え方の人がいて、いろんな人生があるんだなぁ」と思います。本当に、しみじみと。どの人生にも“完璧”なんてなくて、だいたいの方は盛大に寄り道したり、たびたびつまずいたりして。そういうときの話ほどゲストの方がイキイキと見えたりするから不思議です。先日お亡くなりになった中村玉緒さんの人生なんて、まさに波瀾万丈。歌舞伎俳優の二代目中村鴈治郎さんを父に持ち、往年の二枚目俳優である長谷川一夫さんが義理の叔父という芸能一家に生まれ、京都で育った玉緒さんは、子どもの頃は家の中でいちばん偉くて、のちに人間国宝となる父親のことを「あんたなー」と呼べる唯一の存在だったそうです。番組で子どもの頃のお話を伺うと、「缶蹴りに鬼ごっこにニクダン(※地面に陣地を描いて、宝置き場にある宝を取り合うゲーム)にメンコ。学校から帰ると、近所の男の子とばかり遊んでいました」と話されていて、小さい頃に木登りや冒険が大好きだった私は、「子どもの頃にお会いしていたら、きっと仲良くなれただろうな」と思ったものです。

14歳でスカウトされて映画に出演、その後映画会社の大映に入ってからは、ハイヤーで送り迎えされていたほどの筋金入りのお嬢様だった玉緒さんですが、22歳のとき、8歳年上で、当時大映のスターだった勝新太郎さんと結婚。10代の頃から玉緒さんは勝さんのことが好きで、でも、勝さんに付き合っている人がいると知って、諦めていたみたい。それがあるとき、マネージャーさんに呼ばれて、「勝さんがあんたのことが好きや言うてはりますけど、玉緒さんはどうですか?」と聞かれ、玉緒さんも「好きです」と答えたといいます。すると今度は、「勝さんが玉緒さんと結婚したいと言うてます。お父さんに伝えてください」と電話があった。天下の中村鴈治郎さんの娘さんということで、コソコソしてはダメだという気持ちがあったんでしょう。しかも、お二人が結婚を決めたのは、玉緒さんが『大菩薩峠』という映画で、ブルーリボン賞を受賞されたばかりの頃で、「結婚したら仕事はやめよう」と思っていた玉緒さんが、大映の永田雅一社長に仲人を頼みに行くと、「1年待て」と。その間に勝さんと玉緒さんが共演した『悪名』がヒットして、シリーズ化されたんです。

ところが、結婚してからそれまで玉緒さんの中にあった「家庭とはこういうもの、夫とはこういうもの」というイメージが根底から覆ってしまいます。歌舞伎の名門一家に育った玉緒さんは、家族が「来年の何月何日にゆっくりお会いしましょう」というゆったりとしたスケジュール感で動いていたために、ご本人も、「来年の何月何日にこの人に電話」ということまでメモして、その通りに行動するタイプだったそう。なのに勝さんは、「明後日の晩ご飯はすき焼き」と言っただけで「今食べたいものを食べるんだ!」って怒り出しちゃうんですって(笑)。しかも、家で掘り炬燵に入って勝さんの帰りを待っていると夜中に「今帰る」と電話があったのに、1時間待っても2時間待っても帰らない。人付き合いの好きな勝さんは、帰るコールをしてからも行きつけのバーやお寿司屋さんに寄ってしまうのだそうです。だから玉緒さんはずっと寝不足。「でもお陰様で、ちょっと仮眠をとって、すぐ起きて、また寝るっていうことを何遍でもできる体質になりました。それだけは主人のおかげです」と笑っていらっしゃいました。

今の若い方はご存じないかもしれませんが、勝新太郎という俳優は、ものすごくいろんな話題を提供して、何度もワイドショーで取り上げられています。たとえば、自分で立ち上げたプロダクションが負債を抱えて、玉緒さんが再建に乗り出したこともあれば、ハワイの空港で勝さんがマリファナとコカインの不法所持で逮捕され、約1年4ヵ月もの間ハワイに逗留したり……。そのとき、「大麻をパンツに隠す」という大胆な行為でもマスコミを賑わせました。そのたびに、カメラの前で頭を下げるのは玉緒さん……。でも、私から見ても勝さんは愛嬌があって、才能も素晴らしくて、憎めない人でした。

35年間連れ添ったお二人の関係は、97年に勝さんが亡くなって、一旦終止符を打ったかのように見えました。でも、実はそのときに勝さんは14億円もの借金を遺していて、それを玉緒さんは長い年月をかけて返済していくのです。番組で勝さんが亡くなられたときの心境について、「子どもたちに言ったんです。主人が死んだとき、『パパがいなくなったからといって、これからはあなたたち2人のために生きますとは言えない』と。あまりに比重が違うので」と話されていました。本当に、素敵なご夫婦だったんだなと思います。

玉緒さんの発言では、5年前に番組に出演されたときの言葉が特に心に残っています。

「お金には恵まれないけど、結局人に恵まれた。明るく生きるコツ? 今日のことは今日で忘れる。今日で終わる。明日のことは明日のこと」と。

中村玉緒さん

女優

中村玉緒さん

1939年、京都市左京区で歌舞伎役者二代目中村鴈治郎(1967年に重要無形文化財保持者)の長女として生まれる。本名奥村玉緒。京都女子中学2年のときに、叔母の旅館にたまたま宿泊していた映画監督・萩山輝男の目に留まり、映画デビュー。当時の大スター・市川雷蔵と共演した『大菩薩峠』で60年にブルーリボン賞を受賞。62年に俳優・勝新太郎と結婚。81年、勝プロダクションが勝プロモーションと名前を変え、玉緒が社長となる。94年頃よりバラエティに進出、CM出演も増える。97年に勝新太郎が咽頭がんにより逝去後、夫の借金を完済。2026年6月9日逝去(享年86)。

─ 今月の審美言 ─

今日のことは今日で忘れる。今日で終わる。明日のことは明日のこと

取材・文/菊地陽子 写真提供/時事通信フォト

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