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「正社員になれば安心」のはずが…シングルマザーを待っていた“魔の2年間”【前編】

  • 2026.8.7

「もう誰にも頼れない」正社員を目指した理由

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「正社員になれば安心」のはずが…シングルマザーを待っていた“魔の2年間”【前編】 イラスト:ねこ田ねこ子

離婚することが決まった当時、私はこう信じて疑いませんでした。「今は無職で大変だけれど、私が働きさえすれば、息子と安心して暮らしていける」。そう思うことで、不安な毎日をなんとか支えていたのだと思います。

しかし実際に働き始めて痛感したのは、「働けるようになること」と「安心して暮らせること」は、まったく別だということでした。

専業主婦からの離婚、パート、そして正社員へ。私がたどった道が、今、同じ場所で立ち止まっている誰かの参考になれば幸いです。

※本記事はママの実体験を取材しプライバシーに配慮し構成したものです。

翌年、ようやく認可保育園への転園が決まりました。住民税非課税世帯だったため保育料はかからず、経済的な負担は大きく減少。少しずつ、外食やお出かけを楽しむ余裕も生まれていきました。

認可保育園は朝7時から夜19時まで預けることができ、必要に応じて土曜日保育も利用できます。パートとして働き始めて1年が経ち、働くことにも慣れ始めていた私は、「このタイミングで正社員に挑戦したい」と考えるようになりました。

息子が幼いうちは、今の収入でもなんとかやっていけるかもしれない。でも、進学など将来のことを考えると、このままではきっと足りなくなる。そう感じるようになった背景には、元夫からの養育費が滞り始めていたこともありました。

「もう、誰にも頼らずに自立したい」

将来への不安と、「もう元夫には頼れない」という強い思いが、私を正社員への転職活動へと突き動かしていきました。

高校卒業後、私はずっと派遣社員やアルバイトで生計を立ててきました。正社員を選ばなかったのは、やりたいことが分からなかったから。そして18歳の私は、雇用形態の違いによる将来のリスクを、そこまで真剣に考えていなかったからです。

その後、私は27歳で結婚。出産を機に専業主婦になりました。手に職もなく、キャリアらしいキャリアも積まないまま、私は母親になったのです。

仕事に未練はありませんでした。むしろ「子育てに専念する人生」に、ささやかな誇りのようなものを感じていた気がします。しかし結婚生活は3年で破綻。「専業主婦として生きていく」というライフプランが突如として崩壊し、私はひとりで、息子を養っていく現実に放り出されたのです。

働くママの現実 30社応募して内定は2社

キャリアがないまま「母親」になった

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「正社員になれば安心」のはずが…シングルマザーを待っていた“魔の2年間”【前編】 イラスト:ねこ田ねこ子

しかし、30代・未経験・シングルマザーの転職活動は、想像以上に険しいものでした。大手転職エージェントに登録したものの、紹介求人はほとんど届きません。求人サイトから自分で応募する方法も並行していましたが、これまでキャリアを積み上げてきていない私を雇ってくれる会社は、なかなか現れませんでした。

未経験OKの事務職や営業職に30社近く応募し、面接へ進めたのは約5社。最終面接まで進めたのは3社、内定は2社のみという結果でした。

面接では、「残業はどの程度できますか?」「お子さんが熱を出したときは誰か見てくれる人がいますか?」といった質問を受けることが少なくありませんでした。子どもがいて、しかもシングルマザーで実家も頼れないとなれば、「残業できない」と捉えられても仕方ないのかもしれません。

一方で、比較的新しい会社や若い経営者のなかには、子どもを育てながら働こうとしていることを前向きに受け止めてくれる人もいました。

「ママは簡単には辞めないと思う」

「守るものがある人は強いですよね」

そんな言葉をかけてもらったこともあります。すべての会社で不利に見られるわけではないのだと、少し救われた気持ちになりました。

ノンキャリア・無職・シングルマザーでも、正社員になれた。そんな達成感に浸っていた私ですが、その先に「魔の期間」が待っているなんて、まだ想像もしていなかったのです。

文/構成・橘サチ

※制度内容や条件は取材当時のもので、自治体によって異なる場合があります。

8歳の男の子の子育て中のママ(39歳)です。

穏やかだったパート時代

働きたいのに保育園に入れない

離婚後に突きつけられたのは、「無職」という立場の厳しさでした。保育園の入園選考では、フルタイム勤務中の人や育休中の人が優先されることが多く、仕事を探している段階だった私は不利な立場でした。

「子どもを預ける場所がなければ、仕事探しも思うように進まない」

「でも働いていなければ、入園選考では不利になる」

そんなジレンマに、何度も直面しました。自治体の相談窓口で「フルタイム勤務のほうが点数は高くなります」と説明を受けるたびに、「では私は、どうやって働き始めればいいのだろう」と途方に暮れたことを覚えています。先の見えない状況に、不安で足元が揺らぐような感覚でした。

元夫からの養育費はありましたが、それがいつまで続くのかはわかりませんでした。実家に戻ることも考えなかったわけではありませんが、実家の地域がら勤め先の選択肢は限られます。また両親も仕事や生活があり、すぐに頼れる状況ではありませんでした。「とにかく自分が動くしかない」という焦りを抱えながら、手探りで保育園探しと就職活動を進めていきました。

求職中だった私は入園選考の点数が伸びず、申し込んだ認可保育園はすべて落選。やむなく、無認可保育園へ息子を入園させることになりました。

ようやく手にした仕事は、介護施設の食堂でのパート。無認可保育園で預けられる時間には限りがありました。正社員として働く道も模索しましたが、まずはその時間内で働ける仕事を探すしかありませんでした。

週5日、9時から16時まで働いて、月収は約14万円。手当や養育費を合わせると、世帯収入は月20万円前後になりました。無認可保育園の月謝は月5万円。家賃や光熱費、健康保険や国民年金を支払うと、ギリギリの生活。しかし当時は「住民税非課税世帯」だったため、医療費や水道代の減免など、社会のいわゆる「セーフティーネット」に守られていました。

贅沢はできませんでしたが、夕食を息子とゆっくり囲んだり、保育園帰りに公園やスーパーへ寄ったりする時間はありました。今振り返れば、あのころが一番、親子で穏やかに暮らせていた気がします。

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