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相川七瀬、長くて重いデビュー30周年 2度目の武道館は「過去、未来、現在、全部を楽しんでもらえるライブに」

  • 2026.8.1
相川七瀬 クランクイン! 写真:高野広美 width=
相川七瀬 クランクイン! 写真:高野広美

「夢見る少女じゃいられない」での鮮烈デビューから30周年を迎えた相川七瀬。変わらないパワフル&ロックな歌声でライブ活動にも積極的に挑み続け、11月に約30年ぶりとなる日本武道館でのライブを開催する。大学&大学院進学や子育てなどさまざまな経験を経た彼女に、30年の歩みとたどり着いた現在地、そしてこれからについてインタビューした。

【写真】いつまでも変わらないカッコよさ! 相川七瀬、撮りおろしショット

◆長くて重いデビュー30周年 自ら決めてたどりついた2度目の武道館

――デビュー30周年おめでとうございます。振り返るとどんな月日でしたか?

相川:30年って本当に長いですよね。一口では語れないくらい長かった。そして重たいですね。20周年よりも重たい感じがします。

デビュー当時は30年も続けられるなんてまったく想像していなかったし、5年後も続けられるか分からないなって思っていました(笑)。そもそも20歳の時に50歳の自分をまず想像できないじゃないですか。でも30年経ってまだ同じ仕事をできているというのは本当に幸せだなと思います。

――ライブツアーをずっと開催されてきて、昨年はミニアルバムを3枚発表、今年に入ってからもベストアルバム『Rock 'N' Roll Journey -30th Anniversary Best-』、新曲「Challengers」をリリースされるなど、フル回転の活躍ぶりです。

相川:デビュー当時よりも今のほうが忙しいですね(笑)。1週間に3本フルライブをやるってデビュー当時もなかったですし、年を重ねてきているので疲れますが、そういう新しいことにチャレンジできている50代はなかなか刺激的だなって思います。

すべて「やらなきゃ…」と思ってやっていることではなくて、「やりたいからやろう!」という気持ちからやっていることなんです。たまたま周年のサイクルや自分のミュージシャンとしてのやる気、キャリアの円熟、そういうものが合致したというのがこの3、4年の活動につながっています。ミュージシャンとして幸せだなと思います。

今、昔よりも歌う体ができているのもあって、歌うのがすごく楽なんです。今の方が歌が鳴っている感じがあって、自分でも気持ちよくて。聴いてくださる方にも昔よりも届いているんじゃないかという実感もあります。

――そうした流れの中で迎えるのが11月2日に開催される『相川七瀬 30th Anniversary ROCK KINGDOM TOUR 2026 -FINAL 日本武道館-』です。武道館公演は約30年ぶりとなりますが、前回のステージの思い出は何かありますか?

相川:興奮して前の晩は寝られなかったことと、武道館はすり鉢状なのでファンの皆さんの声が降ってくるように聞こえたこと。それは覚えているんですけど、ステージの具体的なことはあまり覚えていないです(笑)。

――今回の武道館公演が決まったときの心境はいかがでしたか?

相川:決まったというか、今回は自分で決めました。自分の中では、再び武道館をという意識が20周年の時にあったのかって言われたら正直なかった。ここ5年ぐらいで、そういうのを目指して頑張ってもいいんじゃないかとメンバーが言ってくれたことで、1つずつ1つずつ積み重ねて今日まで来ました。

20代の時は何も分からずに織田(哲郎)さんがプロデュースしてくれて、導いてもらってたくさんのことをやらせてもらったんですけど、今、自分が自分をプロデュースしなければいけない立場になって、自分がやるかやらないのかを決断しなければいけない。そんな中でやろう!と自分が決めたので、自分で決めた武道館、自分でたどり着いた武道館なんだなっていう重みはすごくあります。

武道館は、現在展開中のツアー『相川七瀬 30th Anniversary ROCK KINGDOM TOUR 2026』とはまた違ったスペシャルな内容を企画しています。織田さんと一緒なので、織田さんプロデュースの曲がメインになると思われるかもしれないですけど、そうじゃない曲たちも、私にとってはとても大事なものなので、そういう曲も入れながら、過去30年の集大成とこれからの相川七瀬も見ていただきたいので、昔の自分じゃなくて現在地としての相川七瀬を感じてもらえるライブになると思います。

◆震災後の被災地訪問、赤米との出会い――2011年が転機に


――1995年にデビューし、デビュー曲「夢見る少女じゃいられない」で一気にスターダムを駆け上がられて、当時は戸惑いなどはありませんでしたか?

相川:皆さん「夢見る少女じゃいられない」がすごく売れたように思われているんですけど、実は最初はそんなに売れなくて。私の曲がある程度浸透して爆発したのは、作品で言うと96年7月に出した1stアルバムの『Red』がきっかけだったと思います。それまでのシングルは爆発的に売れてるわけでもなくてセールスのトップテンの中で動いていた感じでしたが、『Red』がたくさんの方に聴いてもらえて。そこに入っていたので、デビュー曲も後からすごく認知度を上げていった形なんです。だから、自分の曲がすごく聴かれていると思い始めたのも『Red』を出してからです。デビューしてからたくさんテレビにも出させてもらっていましたけど、ヒットしているという体感は、あまりなかったんですよね。

――「LIKE A HARD RAIN」「BREAK OUT!」とヒット曲を連発されているイメージだったのですごく意外です。

相川:そもそもデビュー曲も、当初は『バイバイ。』(2ndシングルとして1996年2月にリリース)の予定でした。織田さんも私もそのつもりでいたら、織田さんがもう1曲書いてくれて、それがのちの「夢見る少女じゃいられない」で、タイアップが決まって急遽デビュー曲になったんです。

――そうして30年歌い続けてこられましたが、30年の中での転機を挙げるとするとどんな出来事になりますか?

相川:細かい転機はいっぱいありますが、大きな転機はやっぱり2011年3.11の震災です。時間の尊さや、ステージに上がることは当たり前じゃないんだなというのをすごく感じて、あそこから全てが変わりました。

あの年は、私の今のベースになっている、大学で研究するテーマにもなった古代米「赤米」と出会ったり、仕事の価値観が変わって、人のために歌うということを考え始めたりと、ミュージシャンとしてというか、人間として生まれ変わる年でした。

――特に大きく変わったことはどんなことでしょうか。

相川:被災地に行って歌わせてもらうことがあったんですけど、私の曲って人を盛り上げることはできるけど、あらためて考えて痛みの中にいる方々に、寄り添える曲が少ないなって思ったんです。それって歌手としてどうなんだろうと思って作ったのが「ことのは」という曲です。そこから静かな和のメロディーみたいなものをとにかく探求し始めました。今まで自分は自分のために歌ってたんだな、すごく自分本位だったんじゃないだろうか、そういうことをいっぱい考えたというか。何のために歌ってるんだろうとすごく考えたし、どうなっていきたいのかとすごく考えるようになった。それは自分をすごく成長させてくれたと思います。

赤米に出会って、それがきっかけで大学に行ってみたいと思うようになって。2011年というのは、私の中にいっぱい可能性の扉があったとしたら、それを全部ノックしたというか、そんな年だったなって思います。

◆等身大でいてカッコいい相川七瀬を見せていきたい


――先ほどお話がありましたが、大学や大学院に進学されたことはご自身の中でもかなり大きかったですか?

相川:大学に入ったのが2020年で、ちょうどコロナ禍が始まった年でした。元々仕事をセーブして、最初の2年間は大学に集中するつもりで準備をしていました。仕事もライブ活動しかやらないつもりでいたら、コロナ禍になって入学式もなかったんですよね。

だけど、仕事をセーブするって決めていたから、仕事がなくなっていくことに対しての不安もなく、慌てないでいられた。講義がオンラインになったことによって仕事もできて、子どももリモートで家にいたから子どものことも見ることもできた。私としては、勉強ができればパーフェクトと思っていたのに、仕事までさせてもらって、家のこともちゃんと見られる状況になって、3つが叶った状況。2020年はいろんな大変なことがあった年だったんですけど、内面ではすごく充実していて、勉強面では充実した大学生活を過ごすことができました。

――相川さんのいろんなことにチャレンジしていくバイタリティーの源はどんなところにあるのでしょう。

相川:やっぱり興味がある、好きであるっていうことなんだと思います。好奇心や興味って、大人になるとすぐに動けなくなってしまうけど、なるべく私はそういうものに正直にいたいなって思っていて。感性を研ぎ澄ませる仕事に就いている以上は、自分の中に湧いてきた興味を自分でシャットしたら、もう伸びしろがないミュージシャンになってしまうんじゃないかっていう気持ちもある。衝動に素直っていうのがバイタリティーの源泉なのかなと思います。

――最近は熱心な横浜DeNAベイスターズファンとしても知られます。

相川:子どもをきっかけにハマったんですけど、年齢を重ねれば重ねるほど、趣味が多い方が楽しいですね。新しい人間関係もできるから、いい野球友達もいっぱいいますし、すごくいい推し活になっています。

――先日の「テレ東音楽祭」での変わらないロックなパフォーマンスがSNSで話題でした。

相川:幸い私はキーが変わっていないので、そのまま歌えるというのは自分の声帯や体に感謝ですね。すごく健康な状態でここまでこれたのは本当にありがたいことだなって思います。

――カッコよさを保つ秘訣などはありますか?

相川:どうだろう? いい年の取り方をしたいなっていうのはあります。等身大でいてカッコいいって言われたいというか。それが叶う年齢になったと思うんですよね。今まではちょっとこう背伸びをしたり、もうちょっと若くいた方がいいのかなと、自分の中でいろんなさじ加減をやっていたのが、もうこのままの素でいいのかなっていうふうに、やっと精神的にも年齢的にも重なってきた。等身大の自分でステージにも上がれるし、等身大でいることが苦じゃなくなった。ナチュラルでいることをカッコいいって言ってもらえる自分でいるには、やっぱり充実した生活を送って、楽しんでいないとカッコよくいられないかなと思っています。

――今回の武道館は30周年プロジェクトの1つの集大成のような形になりますが、これからどんな相川七瀬を見せていきたいですか?

相川:武道館が終点ではないし、そこがスタートになって40年に向かっていく自分の扉がそこにあると思っていて。昨年ブラジルに行って世界で歌うことの可能性や楽しさに気づかされましたし、海外でも日本でもたくさんの地域を周って歌い続けていきたいです。これまでやれていない、やってないことをやってみたいっていう気持ちがすごくあります。

――最後に武道館公演を楽しみにしている皆さんへメッセージをお願いします。

相川:最近自分のライブですごく驚いているのは、私のライブに初めて来たというお客さんが半分以上なんです。聴いていたけど行く機会がなくて、今回観に来てくれたと。

一方でずっと応援してきてくれた皆さんや、古いファンの方も戻ってきてくれている。その人の人生の中で私の曲が流れていて、それを懐かしく思ってまた聴きたいとライブに来てくれるのは本当にうれしいなと思っています。武道館では、昔の私ではないけど今の私だから歌える昔の歌っていうのがあるので、それを皆さんにプレゼントとして届けたいです。

織田さんとマーティのツインギターというのはこういう周年でないと観られないものですし、当時のアルバムやCDを聴いてくれていた人たちには車に乗りながら聴いたあの時のままの音楽を楽しんでもらいたい。織田さんと新曲も作っていますので、相川七瀬の過去、未来、現在、全部を楽しんでもらえるライブにしますので、ぜひ楽しんでほしいです。

(取材・文:嶋村杏佑 写真:高野広美)

『相川七瀬 30th Anniversary ROCK KINGDOM TOUR 2026 -FINAL 日本武道館-』は、11月2日東京・日本武道館にて開催。

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