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猫とはたらくvol.06:猫のヒゲのように、細く長くを目指して。店主・大久保京さんに聞く「書肆 吾輩堂」肉球繁盛記

  • 2026.7.24
猫とはたらくvol.06:猫のヒゲのように、細く長く。

取材記事シリーズに舵を切って、航路は一路西向きに。今回お話をうかがったのは、福岡市中央区は六本松で猫の本とアイテムだけを扱う猫専門書店「書肆 吾輩堂」を営む、店主の大久保京さん(写真中央)です。吾輩堂さんは2013年のオンラインにて開業した際、「最初に問い合わせが来たメディアが猫ジャーナルだった」とのことで、それ以来のお付き合いをさせていただいております。前回vol.05にご登場いただいた作家・井上奈奈さんの展覧会を2度開催されているご縁もあり、今回は勝手ながらリレーのバトンを受け取っていただく形で、取材を行いました。

Google Meetでの取材タイムは、互いの猫を見せ合うところから始まりました。吾輩堂二代目店長(写真左)・もじゃはもうすぐ20歳、我が家の2匹の三毛猫記者たちも今年19歳。つれない猫たちの顔見せを終えたところで、猫本ひとすじに歩まれた、吾輩堂の道のりについてたっぷりと話をうかがいました。ちなみに写真右の猫・飛梅太くんについては記事の後半で。

「浮世絵の猫」に対する疑問が、吾輩堂開店のきっかけ

−−吾輩堂さんの開業前のお話を、時系列で伺ったことがなかったなと思いまして。猫本屋の開店以前は何をされていたのでしょうか。

大久保:以前はアートNPOの学芸員として、美術展覧会の企画やキュレーションの仕事をしていました。その前職は北九州市立美術館に勤める学芸員でした。

−−学芸員として担当されていたジャンルは、何だったのでしょうか。

大久保:現代美術ですね。とはいえ、美術館時代は現代美術だけじゃなくて、浮世絵などもやっていました。学芸員の仕事には展覧会の企画のほかに、収蔵品の図録の編集もあるんですね。勤務していた美術館は1000点以上もある浮世絵コレクションが有名で、その図録を作る際に所蔵品の浮世絵を全部調べたことがありました。そのとき「どうしてこんなに浮世絵には猫がいるんだろう」っていう疑問が生まれました。その疑問が吾輩堂の始まりでした。1993年ぐらいのことです。

−−吾輩堂さんのロゴも、歌川国芳の描いた猫ですよね。

大久保:はい。そして私が初めて猫を飼ったのも、同じく1993年でした。猫を飼い始めたら、猫に関する本をたくさん読みたくなりました。でも当時はまだインターネットもありません。猫の本を探すには図書館へ行くか、本屋に行くかしかなかった。だから効率よくたくさん読みたくて、「猫だけの本を扱った本屋があったらいいな」。そう思ったのが最初です。

−−「猫本専門書店」は、まさにご自分が欲しかったものなんですね。

大久保:そうそう。ただその頃は美術館に勤めていましたし、猫だけの本屋なんてあまりにも荒唐無稽で、実現できるとは思えなかった。「あったらいいな」と思ったまま、しまい込んでいました。

−−ちなみに、そもそも学芸員になられた経緯についてもうかがえますか。

大久保:大学在学中に博物館学芸員課程ができて、美術も歴史も好きだったので単位を取って資格も取りました。でも美術館の採用って本当に少ないでしょう。最初は無理だと思って、東京の旅行会社に就職したんです。旅行も大好きだったから。

それでツアー添乗員として海外に行くと、必ず美術館がコースに入ってますよね。行くたびにやっぱり美術館っていいなと思って、恩師に相談したら、ちょうど北九州市立美術館で学芸員を募集していると教えてもらえて。すごいタイミングでした。すぐに応募して、東京から福岡へ帰ってきました。

「猫本だけで食えるわけがない」と言われて、燃えた

猫とはたらくvol.06
おなじみ吾輩堂のトップページ。開業以来、このデザインです。

−−そこから吾輩堂開業へと至った転機は何だったのでしょうか。

大久保:NPO時代、博多から北九州に通っていたんです。距離でいうと東京と新横浜くらい。うちは子どもが2人いて、小学校って親が参加する行事がいっぱいあるじゃないですか。運動会だ、保護者会だと。仕事は好きだったんですけど、体力的にもう限界が来て、通えないと思ったんです。やっぱり博多で仕事をしよう、と。そこで思い出しました。「そうだ、私は猫の本屋がしたかったんだ」って。

−−1993年に思い描いた「あったらいいな」から、20年弱の時を経てのことだったのですね。

大久保:アートNPOの仕事を辞めたのが2010年の12月。それから準備を始めました。京都や東京のいろんな本屋を見て回って、福岡の古書組合に入って。商工会議所のスタートアップ支援のセミナーにも通いました。起業するわけだからアドバイスをもらおうと思って。

でもそこでね、みなさんが「居酒屋をやりたい」「美容室をやりたい」という中で、一人だけ「猫の本屋をしたい」と言ったら、周りがすごくドン引きしていて。講師の方も唖然として、「それって現実的なプランなんですか」「やっていけるんですか」って、ずいぶん疑問視されました。古書組合の人たちからも反対されましたね。「猫本だけでやっていけるわけがない」「あなたは美術館にいたんだからアートの書籍も扱うとか、動物全般にしたらどうか」とか。きっと周りからは、相当な変わり者だと思われていたはずです。

−−その話、猫ジャーナルもまったく同じことを言われた覚えがあります。猫専門メディアを作ろうと提案したとき、「猫だけじゃ人が集まらないから、犬やペット全般も総合的にやれ」と。でも猫や犬と暮らす側からすれば、欲しいのは猫の情報だけ、犬の情報だけなんですよね。

大久保:そうなんですよ。2010年はそんな時代でした。でもね、私、そう言われたら逆に燃えてしまって。調べたら、猫の本屋ってまだどこにもなかったんです。猫の日に合わせたフェアで猫本コーナーに並ぶくらいはあっても、専門店はない。じゃあ、私が一番最初になる、って思ったんです。

−−そして2013年2月、まずはオンライン書店として開業されます。

大久保:ホームページを作って、古書組合で本を集め出したら、自宅の部屋という部屋に猫本が積まれてめちゃくちゃでしたね。実店舗は最初から出すつもりでいたんですけど、まずオンライン書店として様子を見ながら、物件を探すことにしました。

始めてから「プレゼントとして、新本を贈りたい」という声が多いことに気づき、また、猫の古本だけを集め続けるのは容易ではないので、新本も扱うことにしました。ですが、まだ書店としては未熟で、新本の仕入れ方すら知らなかったんです。

当時は取次を経由しないと新本が売ってもらえない時代で、取次と取引口座を開くには何百万というお金が要りました。それで、博多の独立系書店の走りだったブックスキューブリックの店主・大井実さんに「新本ってどうしたらいいんですか」と聞いたら、「じゃあ僕の営業担当を教えてあげるよ」と紹介いただきました。そのツテをたどって、出版社にいきなり電話です。

−−取次を通さず、出版社に直接かけあったわけですね。

大久保:私、旅行会社にいたから、知らない人と話すのは全然平気なんです。じゃんじゃん電話でお願いして。吾輩堂にとって好都合だったのは、きちんとしたホームページから始めていたことです。実態があると分かってもらえたので。とはいえ、最初は怪しまれて、入金しないと送りませんよと言われましたけど、当然ですよね。

その後、だんだん信用を得て、売り掛けで取引できるようになって、そのうち厚かましく「掛け率を下げてくださいよ」なんて言い出して(笑)。買い切りで新本を卸してくれる「子どもの文化普及協会」も紹介してもらって、ぐんと取り扱いが増えました。うちは買い切りで、売り切る自信があるので、どこの版元にも強く言えるんです。

−−ネット書店としての売上は、そこからどのように伸びていったのでしょうか。

大久保:最初は利益もほとんどなかったです。開業後、原田マハさんから「海外で、売る物を買い付けたら?」と誘われてフランスに買い付けに行って、洋書やアンティークの雑貨を売り出したら、ばーんと上がって、客層も広がりました。

一番伸びたのはコロナのときですね。店舗は閉めざるをえませんでしたが、オンラインが実店舗の売上の2倍くらいに。コロナが終わっても、オンラインは好調です。みなさん「ネットでもちゃんと届くんだ」と慣れてしまったんでしょうね。吾輩堂はリピーターさんがすごく多くて、2013年からのお客様で購入回数100回以上という方もいますよ。お会いしたことはないんですけど、いつもメールで飼っておいでの猫のことを細かく書いてくださるので、ずっと前からの知り合いみたいな感じです。

九大の什器と欄間と。「記憶の網膜」に残ればいい

猫とはたらくvol.06

−−実店舗は2018年、六本松にて開店されました。場所選びには、どのような経緯があったのでしょうか。

大久保:福岡には、東京の神保町みたいな古書の集まる場所は実はないんです。昔は六本松に九州大学の教養学部があって古書店がいっぱいあったんですけど、九大が移転して、みんな撤退してしまいました。私は天神みたいな繁華街は苦手で、もっと落ち着いたところがいいなと。六本松は福岡市美術館に通う道でなじみがあったし、静かで。

吾輩堂のあるエリアは、もともと福岡縣護國神社の土地で、戦後は引揚者住宅の長屋がいっぱい建っていたんです。みなさんが高齢化して空き家になった長屋に、ぽつぽつお店を開く人が出始めた頃で、不動産屋さんも「面白いんじゃないですか」と。それで見つかったのが今の物件です。

−−私も、吾輩堂へ行くたびに、周りには古着屋さんやカフェが増えているのを見て、どこか谷根千のような雰囲気に似ているなと思いました。

大久保:そう、昭和の香りのする。今では六本松界隈だけで五十軒以上お店がありますよ。うちは路地に一本入っているでしょう。すごく静かで、猫の居場所らしくていいなと思って。

−−吾輩堂さんは、店内を撮影禁止にされていますよね。

大久保:著作権の問題もありますし、今って承認欲求で撮りまくるじゃないですか。うちは写真を撮るところじゃなくて、本を探すところなんで。全部禁止しました。お客様の記憶の網膜に残ればいいんです。記録じゃなくて、記憶の方。「本当に行ったのかしら?」「あったのかな?」みたいな、おぼろげで幻の店のような感じにしたくて。

−−店内の什器も印象的でした。以前うかがったところでは、九州大学から譲り受けたものだそうですね。

大久保:そのご縁も不思議だったんですよ。吾輩堂を開店するちょっと前から、京都で開かれている冷泉家の歌会に通い始めました。歌会では和歌を筆でしたためるのに、毛筆が全然ダメで、習字教室に通い出したんです。そうしたらそこに九州大学の研究所に出入りしている方がいて、「あなたは猫本屋をするそうだが、什器はどうするの?」と聞いてくれて。全然当てがないですと答えたら、九大で什器を再利用するプロジェクトがあるからと、九大の先生を紹介してもらったんです。縁が次々と繋がって。

−−私も書棚に触りましたが、本当に重厚で、歴史を感じる作りに味わいがありますよね。

大久保:80年以上前の旧帝国大学時代のものです。昔は九大に什器を作る専用の工房があって、教授の注文どおりに作る職人さんたちがいたらしいんですよ。うちの大きな実験台はたぶん農学部のもの、書架は文学部。ガラス戸棚はおそらく理学部から来ていて、まだ薬品の匂いが残っています。学生が塗った雑なペンキの跡なんかもあるけど、それも味があっていいかなと。

−−内装も和の空気で統一されていますが、これにも何かこだわりがあったのでしょうか。

大久保:自宅の一部を和室から洋室にしたとき、欄間や書院障子がもったいなくて取っておいたんです。店をするときに使いたいと、ずっと思っていて。大工さんに「これを必ずどこかに入れてください」とお願いして作ってもらったのがこの店です。玄関にも、カウンターにも欄間が入っています。猫本屋をしようという妄想を、温めておいてよかったですね。ただ暖簾もかけているせいか、外から見ると小料理屋みたいで、本屋に見えないらしくて。きっと「謎の店」と思われてるんでしょうね。それはそれでいいです。

−−実店舗には、どのようなお客さんが多いのでしょうか。

大久保:一つは、本当にうちを探してきた方々。ためらいなくドアを開けて入ってきますし、一言も喋らずに真剣に本棚を見ています。もう一つは最近増えた観光の方。「何の店かな」とキョロキョロ入って来られますが、ほとんどお買い上げはされないですね。

吾輩堂はテレビの取材も全部お断りしているんです。本当に猫が好きで、本が好きな方は、調べてやってくる。私はそういうお客様を相手にしている店なので、ひっそりと来てくださって満足していただければいい。たくさん人が来て繁盛しようとは思っていないです。

−−海外から訪れるお客さんも多いとうかがいました。

大久保:圧倒的に台湾の方が多いですね。数年前に台湾のインフルエンサーの方がうちに来て、紹介してくださったらしいんです。店内は撮影禁止なので、お店の外観と、ご自分が買われたものを動画にされたようです。それを見て来店される方たちは物見遊山ではなくて、本当にうちを探してやってくる人たちです。

選ぶのは「猫への畏れ」を知る作家の本

猫とはたらくvol.06
大久保さんに「猫への畏れ」を知る作家の一冊をうかがいましたところ、平凡社刊の「金井美恵子エッセイ・コレクション[1964-2013] 2」を挙げていただきました。大久保さんの感想はこちらから。

−−吾輩堂さんの選書眼について伺いたいです。猫の本の中でも、選ぶもの・選ばないものの線引きはどこにあるのでしょう。

大久保:私の好みですからね(笑)。かわいすぎない、ということでしょうか。絵本も、あまりにも幼児向けのものは置かず、大人が読んでも耐えられる絵本にしています。雑貨屋さんによくあるようなデフォルメされた猫、キャラクター然とした猫は苦手で、避けていますね。文芸は圧倒的に自分の好みの作家さん。流行りの有名人が書いたエッセイのようなものは一切置いていません。出版社から営業が来ても、要らなかったら本当に全部お断りしています。一人でやっているから、それが許されますよね。

−−一方で、猫の写真集は意外と少ない印象を受けました。

大久保:うちに来るお客様は99パーセント猫を飼っていて、自分の猫が一番可愛いと思っているので(笑)。「写真ならうちのスマホにあるわ」という方が多いと思います。古典的な写真集は置いていますけどね。その代わり、猫が登場するアートの本、猫に関する歴史や民俗学、フォークロア——猫の伝承といったものは、私の好みなので積極的に置くようにしています。

−−猫をかわいいと愛でるばかりの本ではない、ということですね。猫のかわいくないところも含めて、すべて美しい、というような。

大久保:猫に対する「畏れ」を知っている作家さんを選んでいます。美しさとか、猫への畏怖、敬う気持ちというか、ちょっと神にも似たような敬意を持っている方。前回取材された井上奈奈さんも、そういう作家さんじゃないですか。

あとは凝った装丁の本。電子書籍の時代だからこそ手仕事を大事にしたいので、デザイナーさんや作家さんの意識が隅々まで行き渡っているような、職人さんの仕事が感じられるものを尊重しています。そういう本は大手の版元さんはなかなか出さないので、うちは小さな版元さんとのお付き合いが多いですね。

−−ものづくりといえば、カレンダーとうちわも吾輩堂さんの名物です。カレンダーは、いつ頃から作られているのでしょうか。

大久保:たぶん2014年〜2015年頃からですね。オリジナルを作ろう、アーティストのカレンダーがあったらいいなと思って。最初はたまたま福岡の作家さんで、やっているうちにだんだんコツがつかめてきて、毎年作家さんを変えることにしたんです。

カレンダーを作った瞬間から、もう翌年の作家さんを考えていますよ。今年ももう進行中。全国40店舗くらいに置いてもらっています。うちは9月の半ばに、先駆けて出すんです。早くしないと大手さんのカレンダーで場所がなくなっちゃうので。

−−つかんだコツというのは、どういったものでしょうか。

大久保:判型とか、壁掛けがいいとか、絵とコマを一枚に収めるか別にするか。作家さんの絵によって決まるんですけど、作家さんのリクエストはほぼ受け入れます。吾輩堂のお客様は年齢層が高めなので、見やすい大きさで、数字の色が薄くないもの。あと昔、綴じないカード式をやったら、月の入れ忘れが絶対に起きて。1月から12月まで全部私の手作業ですから。死ぬかと思いました。それ以降は、絶対に綴じたカレンダーしか売りません(笑)。

−−では、うちわの方はいかがでしょうか。

大久保:オンラインの強みを出そうと思ったんです。Amazonで買えるものをわざわざうちに発注してくれるメリットを作りたくて。最初はうちのロゴのデザインだったのが、ある日、作家さんに描いてもらったらどうかなと思いついた。それがユカワアツコさんです。彼女は江戸文化が大好きで。江戸時代の版元が作るうちわ絵って、あれは全部PRなんですね。年明けに出す本や芝居を題材に、夏にうちわを作ってお得意様に配っていた。私はそれを踏襲しようと思って。

カレンダーの作家さんにうちわも描いてもらって、展覧会もするという、江戸時代の版元システムです。蔦重みたいな、なんて言うとおこがましいんですけどね。毎年七夕の頃に、お買い上げの方にノベルティとしてお配りしています。

−−昔ながらの仕組みを、そのまま今に。それがまたうまく回っているというのがすごいですね。

大久保:でも思いました。私は自分では何も生み出せないけど、考えることが好きなんだなと。絵も描けない、ものも作れない。でも「こんな人とこんなことをしたら楽しいんじゃないか」というアイデアはあるんです。作家さんって、ゼロから一を作り出せるでしょう。私は一から十、一から百は作れるけど、ゼロから一というのはものすごいエネルギーじゃないですか。それは作家にしかできない。だから猫と同じように、作家さんと職人さんを尊敬しながらやっている店なんです。

−−以前出版された『猫本屋はじめました』のように、本を作ることはお考えですか。

大久保:実は今も一冊、進行中なんです。詳らかにはできませんけど、来年の2月に刊行予定で、吾輩堂が版元です。版元は苦労も多いですよ。何部を刷ってどこに保管するか、販路をどう広げるかも考え中です。本屋としては出版社に「本を売ってくれ」と言う側だったのが、逆に小売りさんに「この本買ってください」とご紹介して回る側です。でも、本って手元に残るじゃないですか。一過性でわーっと騒がれるんじゃなくて、いつまでも読み継がれて、猫の好きな方に持っていってもらえるような本作りが、私の一番やりたいことです。

猫のヒゲのように、細く長く続く本屋を目指して

−−先ほど作家さんへの尊敬というお話がありましたが、大久保さんが猫に対して抱く尊敬は、どのあたりにあるのでしょうか。

大久保:正直なところですかね。それと、いるだけで幸せ、という存在ってすごいじゃないですか。いてくれるだけでいい。そんな人間になりたいけど、ちょっと無理ですかね(笑)。

−−分かります。うちも2匹とも19歳で、どうしても別れの時期を意識し始めているんですが、いてくれるだけでありがたい、いなくなっても、存在を感じたということだけで温かい——そういう境地まで来ております。

大久保:その余韻とか、気配とか。私はたぶん、それを本に求めているんだと思います。本をたくさん集めることによって、猫の余韻とか気配に浸っていたい。店の中を、猫の気配で満たしたいというか。文学作品って文字だけで、絵もないけれど、そこから猫の余韻が読み取れますよね。だからみなさんにも、そうなってほしいんですよ。写真集は目にダイレクトに来るけれど、脳に来てほしいですね。

−−今後の吾輩堂の展望や目標は、どういったところにありますか。

大久保:まず、私が元気でいなきゃいけない。うちは2階にギャラリーがあるので、展覧会のときは重い荷物を抱えて一日に何十回も階段を上り下りします。だから体に無理をかけないことを心がけていて、営業時間を12時から18時までに短くして、定休日も水・木の連休にしました。だいぶ楽になりましたよ。真夏の展覧会も、博多は暑いしお客様も来ないのでやめました。

あとは、いろんな作家さんともっと知り合いたいですね。東京は作家さんもギャラリーも多くて、それだけは羨ましい。だから数ヶ月に一度は東京に行って、ぐるぐる見て回るようにしています。2店舗目を出したいとかは全然ありません。時々「東京や京都に出しませんか」と言われるんですけど、無理ですよ。私のこのわがままなテイストを継いでもらえるかどうか。

−−本屋をやりたい、という方が相談に来られることもあるそうですね。

大久保:時々来ますよ。私ははっきり「本屋だけでは食っていけない」と言います。うちも売上は本と、展覧会の作品や雑貨とで年間で均すと半々。本は薄利多売じゃないと無理だし、家賃を払いながら本屋だけでは、特に首都圏では成り立たない。だから本屋プラス何か——展示でもカフェでも——をしないと無理ですよ、とアドバイスしています。

−−この店を、これからどう続けていきたいとお考えですか。

大久保:いつまでできるか分からないし、私一代で終わってしまうかもしれない。それはそれでいいかなって。私のモットーは、猫のヒゲのように細く長く続く猫本屋です。

−−ヒゲは抜け替わって、また生えてきますしね。

大久保:そう、抜け替わってまた生えてもいいですよね。エンドレスにやっていけるように。

−−最後に、飼い猫たちのことも聞かせてください。ご自宅には4匹いらっしゃるんですよね。

大久保:店長のもじゃは、すごくのんびりした大らかな性格です。

猫とはたらくvol.06
もじゃ店長と仔猫時代の飛梅太

黒猫のチーチー(16歳・オス)は、神経質で去勢したにもかかわらずマーキングが止まないので、最近は猫用おむつをしています。

猫とはたらくvol.06
黒猫ちーちーとお友達のタコのヘンリー

白サバのチロ(13歳)は、唯一の女子店員です。見た目に反して凶暴なヤンキー気質。あまり人に慣れていません。

猫とはたらくvol.06
白サバ、チロちゃん。

一番甘ったれているのが飛梅太(とびうめた)。ちっちゃい、目も開かないうちから人間に育てられたので、人を疑うことをまったく知らない。飛梅太は冷泉家からやってきた子で、毎年、冷泉家からはお誕生日ケーキが届くんですよ。本当に公家猫です。うちに来た経緯は冷泉家時雨亭文庫の「文庫だより」や、原田マハさんの本で「飛梅」という短篇になっています。マハさんの短篇はほぼ実話です。

猫とはたらくvol.06
公家出身の猫、飛梅太くん。

4匹とも自宅住まいで、店に連れてくることはないです。猫アレルギーのお客様もいらっしゃいますし、逃げたら絶対に戻ってこられないので。インスタに載っているのは全部自宅です。

−−その猫ちゃんたちには、これからどうあってほしいですか。

大久保:いつまでも元気でいてくれたら、本当に、それだけでいいですね。


写真に撮ることのできない吾輩堂の本棚は、訪れた者の記憶の中にたたずみます。路地の奥、欄間の向こうに、猫の余韻と気配で満たされた一軒の本屋があること。それを知っている者だけが、記憶の網膜に灯りをともして店を後にするのであります。

猫のヒゲは抜けても、また生える。細く、長く、しなやかに。猫と暮らす皆々様におかれましては、大久保さんの言葉を胸に、お手元の一冊に猫の気配を感じつつ、よき夜をお過ごしください。次回のインタビューもどうぞご期待くださいませ。

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