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小2の息子をふと「迎えに行こうかな」「過保護かも」→ 30分後、隣人から「下校中の子供がーー」

  • 2026.7.20

今回は、親戚の早紀さん(仮名)から聞いた不思議な体験をご紹介します。ある日、普段なら一人で下校する息子を、その日だけ迎えに行きたくなったそうです。あとから思えば、その“悪い予感”は当たっていたのかもしれません……

理由のない胸騒ぎ

息子が小学2年生だった頃の話です。いつもなら、学校から一人で帰ってくるので、迎えに行くことはありませんでした。ところが、その日の朝だけは違いました。「今日は迎えに行ったほうがいい気がする」そんな思いが、何度も頭をよぎるのです。

もちろん、何か特別な予定があったわけではありません。息子の様子も普段どおりでした。「考えすぎかな。少し過保護かもしれない」そう自分に言い聞かせ、一度はその考えを打ち消しました。

気持ちは最後まで変わらなかった

昼になっても、その気持ちは消えませんでした。家事をしていても、時計を見るたびに「やっぱり迎えに行こう」という思いが戻ってきます。結局、洗い物を途中までにして家を出ました。

校門で待っていると、息子は私の顔を見るなり目を丸くして、「えっ、なんで来たの?」と驚いた表情を見せました。「今日は一緒に帰ろう」そう声をかけると、不思議そうにしながらも、息子は隣を歩き始めました。他愛のない話をしながら歩いた帰り道は、ごく普通の時間でした。

30分後に知った現実

家に着いて30分ほどたった頃でした。近所の人が慌てた様子で訪ねてきて、「〇〇交差点で、下校中の子どもが事故に遭ったらしいよ。いつもの通学路だったよね」と教えてくれたのです。

事故が起きた時間を聞いた瞬間、言葉が出ませんでした。もし迎えに行かなければ、息子はいつもどおり、その時間にあの交差点を歩いていたはずです。

偶然だったのかもしれません。それでも、あの日だけ何度も迎えに行こうと思った自分の気持ちを思い返すと、今でも背中が静かに震えます。

自然とこぼれた「ありがとう」

その後、お墓参りへ行ったとき、私は祖母に報告するような気持ちで手を合わせました。「無事だったよ」そう心の中で伝えようとしたのですが、口から自然に出たのは、「ありがとう」という一言でした。誰に向けた言葉だったのか、自分でもわかりません。

あの日、どうして迎えに行こうと思ったのかも、今では説明できません。ただ、子どもを思う親の気持ちと、言葉にできない何かが重なったからこそ、あの日の帰り道がいつもと少しだけ違うものになった……私は今でも、そんな気がしています。

【体験者:30代・主婦、回答時期:2026年7月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

EPライター:佐藤 栄祠
大手メーカーの営業を経て、ライターに転身。会社員時代に培った経験と、組織の一員であるからこその“喜怒哀楽”をリアルに伝え、「誰かを癒したい」との思いが執筆の原動力。スピリチュアル関連情報にも精通しており、それらに傾倒する人の思いを描いたエピソードも好評。

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