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席を譲られるたび、あの笑い声を思い出した私

  • 2026.7.19
ハウコレ

怒鳴った直後から後悔は始まっていました。

降り際に絞り出した「あなたが悪いんじゃないの」は、善意を踏みにじった自分からの精一杯の言葉でした。電車の座席が1つ空いているのが見えると、私は必ず目をそらします。

あの日の電車で

定年を迎えて2年。時間に余裕ができて、平日に電車で出かけることが多くなりました。あの日も買い物帰りの電車に乗り込んだところ、ドア横の席に座っていた若い女性がすっと立ち上がりました。

「よかったら、どうぞ」

その声を聞いて、考えるより先に口が動いていました。

「老人扱いしないでちょうだい」

自分でもびっくりするほど大きな声でした。若い女性が吊り革に手を伸ばし、こちらに背を向けたのがわかりました。

座れなくなった理由

1年ほど前のことです。同じように電車で席を譲ってもらい、「ありがとうございます」と頭を下げて座りました。すると近くに立っていた若い男女の声が聞こえてきたのです。

「老害って自覚ないんだ」

小さな声でしたが、はっきり届きました。2人は私のほうを見て笑っていました。降りる駅までの数分間、私は座ったまま買い物袋の取っ手を握りしめ、顔を上げられませんでした。あの日から、誰かに席を譲られるたび、あの笑い声がよみがえるようになりました。座ることが、自分が「老害」だと認めることのように感じてしまうのです。

ガラスに映った顔

あの若い女性の表情を、私は見ないようにしていました。手すりを握り、紙袋を足元に置いて窓の外を見ていましたが、ガラスには自分のこわばった顔が映っていました。周囲の乗客の視線も感じていました。

あの女性は荷物を見て大変そうだと思い、声をかけてくれただけです。怒鳴る理由など、あの人にはないのです。降りる駅に着いてドアが開いたとき、私は振り返りました。目が合いました。さっき怒鳴ったときとは違う声で、「あなたが悪いんじゃないの」と伝えました。それだけ言うのが精一杯でした。

そして...

ホームに降りて紙袋を持ち替え、改札へ歩き出しました。走り出した電車の窓の向こうに、吊り革を持ったあの女性の姿が一瞬だけ見えた気がしました。謝るべきだったのに、あれだけしか言えなかった自分に腹が立ちました。1年前の出来事を、あの人にぶつけてよいはずがありませんでした。

次に誰かが席を譲ってくれたら、今度こそ「ありがとうございます」と答えよう。そう決めて、顔を上げて歩きました。

(60代女性・定年退職)

本記事は、読者アンケートに寄せられた実体験をもとにした本人視点の記事を参考に、相手側の心情を想定して制作しています。実際の相手本人への取材ではなく、編集部による解釈を含みます。

(ハウコレ編集部)

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