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妻「生活費が足りない」→「もっと稼いでこい」と生活費を入れない夫。我慢出来なかった私が離婚を決意した瞬間

  • 2026.7.7

6年で4回転職した夫

結婚してからの六年間で、夫は四回も職を変えた。

落ち着いて働く気配はなく、まともに生活費を渡してくれない月のほうが多かった。

そのうち三年近くは、単身赴任という名目でほとんど家に帰らなかった。

まだ小さかった子どもの世話も家事も、私が一人で背負う完全なワンオペだった。

朝は子どもを保育園に送り、夜は寝かしつけてから内職の袋詰めをする。

そんな生活を続けても、通帳の残高は増えるどころか減っていくばかりだった。

財布の中身が心細くなった月末、私は思い切って夫に電話をかけた。

「生活費が足りない」

受話器の向こうから返ってきたのは、想像もしていない言葉だった。

「もっと稼いでこい」

「子どもの保育料も払えないの」

「知らないよ、そっちで何とかしろ」

子どもを寝かしつけながら家計をやりくりする私の苦労は、この人には最初から見えていないのだと悟った。

極めつけは、四ヶ月に一度振り込まれる子どものための手当だった。夫の口座に入ったお金は、一度も私や子どもの手元に届かなかった。すべて自分のために使い込んでいたのだ。

家計を握った私の逆転

泣いて頼むのは、もうやめた。

私はその日から、家のお金の流れをすべて自分で管理すると決めた。

子どもが眠ったあとの時間を使って、経理の資格の勉強を始めた。眠気と戦いながら電卓を叩く夜が続いたが、この苦労は誰かのためではなく自分と子どものためだと思うと、不思議と苦にはならなかった。

半年後、簿記の資格を手にして、地元の会社に事務として採用が決まった。

面接で「一人で家計を回してきました」と話すと、担当者は静かにうなずいてくれた。

自分の口座に、自分で稼いだお金が入る。その通帳を見た瞬間、もう誰にも頭を下げなくていいと思えた。

そして私は、記入した離婚届を夫の前に差し出した。

「え、待てよ」

夫の声は、情けなく上ずっていた。

「あなたが渡してくれた生活費、六年で数えるほどでしたよね」

夫の顔から血の気が引き、言い返そうと口を開いて、そのまま黙り込んだ。

離婚から数年、風の噂で元夫はまた職を変えたと聞いた。私は同じ職場で昇給し、子どもと二人で穏やかに暮らしている。

「もっと稼いでこい」と言った人の前で、私は本当に稼げるようになった。皮肉なものだと、今なら笑って話せる。

※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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