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かけおち・青木マッチョのエッセイ連載「青木マッチョの三十年史」【第13回】「芸人になりたくて/上京編①」

  • 2026.6.13

>>「中学時代①」はこちら

お疲れ様です。青木マッチョです。

過去にも話しましたが、自分は消防士を辞めて芸人になりました。

ですが、消防士を辞めてすぐに芸人になったわけではなく、実は上京してから1年間フリーターの時期を経てNSCという吉本の養成所に通ったんです。

今回は、その「空白の1年間」に何を考え、どのように過ごしていたのかを洗いざらい書いていきたいと思います。

2020年の3月末、自分は6年間勤めた消防士を辞めました。

辞めた次の日、もうきつい訓練をしなくていい、もうしんどい思いをしなくてもいいという解放感を全身で味わいつつ、同時にものすごい焦燥感を抱いていました。勢いで辞めたのはいいですが、当時自分は24歳。社会経験はあるものの、現状完全なる「無職」であり、この先どうしようか何も考えていませんでした。

そうなんです。意外と知られていないのですが、芸人をやるために退職したのではなく、上京するために退職したわけで、その先のことは何も決まっていなかったんです。

先ほどの「意外と知られていないのですが」ってなんか、みんなに知られてるのが当たり前みたいな立場の言葉で鼻につきますね。「知られてなくて当然のゴミですが」に訂正させていただきます。

上京してどうしよう、と自分は実家のベッドの上で考えるのですが、上京どころではない問題が世間では起きていました。

コロナです。新型コロナウイルス。

しかも緊急事態宣言真っ只中で、外出禁止とさえ言われていました。

比喩とかではなく、実際に頭を抱えていました。どう考えても、今東京に行っても意味がないということが明確だったからです。

しかも何より、どれだけ調べても東京のジムはどこも開いていません。このままでは上京したところでどんどん痩せ細っていくばかりです。意味がわかりません。

自分の実家がある名古屋では、まだかろうじて営業しているジムがあったので、自分は筋トレをするために、しばらく名古屋に残ることにしました。

ですが、高校卒業してすぐに就職した自分からしたら、初めての実家ニート生活です。貯金は少しあったので、アルバイトもしません。いつ緊急事態宣言が解除されるかもわかりませんし。

このニート生活中は、基本的に精神的に辛かったのですが、こればかりは筋トレにかなり助けられました。なぜなら、ジムに行って筋トレをしただけで、「自分は何かを成し遂げた」という気持ちになれるからです。ならないでください。

筋トレなしであの生活を乗り越えるには、相当タフなメンタルがないと難しかったと思います。なので、ニートの方には筋トレを強くお勧めしたいと思います。

ですが、あまり頑張りすぎると、お母さんから「あんたは仕事もしないで無駄にどんどん大きくなって!」と怒られてしまうので気をつけてください。確かに、何も仕事をしていない息子が日に日に大きくなっていったらムカつきますよね。せめて細くなっていけよとは思います。

そのようになんとか筋トレのおかげで自尊心だけは保っていたのですが、未来は全く見えていませんでした。お先真っ暗とはこのことです。

実家の自分の部屋(旧子供部屋)で基本的にはゴロゴロしながら、never young beach(以下ネバヤン)の「明るい未来」(どこがだよ)をリピートで流し続けてどうするか考える毎日でした。

考えてみると、自分は昔から旅行が好きで、仕事で色々な場所に行ける仕事はいいんじゃないかということで、最初はパイロットになろうとしました。

パイロットなんて、旅行どころか海外にもバンバン行けますし、合コンとかで「パイロットです」だなんて自己紹介したら確実に無双できそうですし、めちゃくちゃいいのではないかと思ったからです。空港の雰囲気も大好きですし。

そこで大好きなインターネットでパイロットのなり方を調べたら、4つの方法がヒットしました。

まずは、「航空大学校に入学する」方法です。

これが一番ストレートで、誰でも一から勉強できるのでこれがいいと思いましたが、受験資格年齢が24歳まで。その時すでに24歳だった自分は本当に絶望しました。退職するのがあと1年早ければ…!とかなり後悔しましたが、しょうがないので他の方法を探します。

もう一つは、航空会社に入社し、「自社養成パイロットに応募する」方法です。

これも、そもそも航空会社に高卒で入る道はほとんどないみたいで、大学を出ていても倍率数百倍とのことで、普通にパッと思いついた程度の自分にはそこまでできる自信はありませんでした。

もう一つは、「民間のパイロット養成学校に入る」方法です。

これは年齢制限等もなかったのでいける!と思ったのですが、総額1000万〜2000万かかるみたいで、流石に速攻で排除しました。というかパイロットになるの大変すぎる。車の免許取るのでも大変だと思っていたのに。

そして最後は、「自衛隊に入隊して、航空隊に入る」という方法です。

つまり、自衛隊でパイロットの資格をゲットしてから自衛隊を辞めて、航空会社に入るというもの。消防士を辞めるだけで6年かかった自分からすると、また何かを辞める前提で始めるのはかなり気が引けました。

以上の結果から、パイロットは諦めました。

新たな夢が生まれてから消えるまで、5分とかかりませんでした。大人になりましたね自分も。

次にやりたいなと思ったのは、「俳優」です。

これに関しては、ただ単純に「憧れ」だったからです。ドラマや映画は世間一般の平均ぐらいしか見ていませんでしたが、見るたびに「これに出られたらいいなあ」と思うことが多かったからです。

また、めちゃくちゃマッチョな日本人の俳優もそんなにいないですし(いたらすみません)、代表的な日本人筋肉俳優が生まれる前になれないか?と思っていました。日本のドラマや映画でマッチョがそこまで需要がなかっただけなのかもしれませんが……。

そこで、色々な俳優事務所だったりとか、養成所を調べたりしましたが、これもめぼしい結果を得られませんでした。活躍している俳優さんたちのほとんどは子役、もしくはかなり若い年齢で俳優仕事を始めています。

この辺りから、「そもそも、こんな年齢から人生を変えようということ自体が間違っていたんじゃないか」と考えるようになり、考えれば考えるほど、もう後戻りができない状況だということもあり、それを考えているのが実家の子供部屋ということもあり、本当にしんどかったのを覚えています。ですが、ここまで考えていたら退職するという道はなかったと思うので、思い切って辞めて良かったなとも今は思っています。

とにかくしんどかったですが、自分の中のこの時期の記憶が明るいのは、確実にネバヤンの「明るい未来」ばかり聴いていたからだと思います。ネバヤンってすごいよね。

そんな自分の中での将来候補が次々となくなっていく中、いつも通り自分の大好きなニューヨークさんのYouTubeを見ていました。

自分はニューヨークさんはもちろん好きですが、小さい頃からお笑いは大好きで、最初はネゴシックスさんにハマり、中学生の頃はとろサーモンさんが大好きになり、高校から社会人にかけては売れる前の鎌鼬(現かまいたち)さん、永野さん、ジェラードンさん、かが屋さん、真空ジェシカさんあたりをよく見ているほど、普通よりは好きだったのかなというぐらいでした。自分の今の芸風と違いすぎますが、好きなこととできることは違うからしょうがないです。なので、2017年のM-1でとろサーモンさんが優勝した時は本当に嬉しかったのを今でも覚えています。

ですが、学校でも特に目立つことができないし、そもそも人前に出たり目立ったりすることが苦手な自分の仕事の候補に芸人は全く入っていませんでした。

そこで、ニューヨークさんのYouTubeを見ていると色んな芸人の方が出てくるんです。テレビで正直見たことないけど、劇場で頑張っている芸人をニューヨークさんのYouTubeを通してよく見ていました。

当時よく出ていた、バビロン(現パピヨン)さん、いぬさん、ダンビラムーチョさん、そいつどいつさん、ぱろぱろさん、サンシャイン(現銀河ゆめゆめ)さんあたりが特に好きでした。

みんな当たり前のようにバイトをしていると言っていたのですが、めちゃくちゃ面白かったですし、何より楽しそうでした。すごく。それが自分の胸にかなり響いてきまして、売れなくてもこんな面白い人たちに囲まれて、楽しく生きられたらいいじゃんと強く思うようになりました。

そこですぐに芸人のなり方を調べたら、もう本当申し訳ないんですけど、先ほどまでパイロットのなり方とかを調べていたものですから、もう笑っちゃうほどとんでもなく簡単になれるんだなと思いました。事務所も色々調べて、おそらく自分はワタナベっぽい芸人だなと当時客観的に思ったりもしましたが、やはりニューヨークチャンネルの人たちの後輩になりたい!という気持ちが強く、吉本に入ろうと思いました。

この決断をしたあたりで、時は6月。

東京の緊急事態宣言も少し緩まり、東京のジムもちらほら再開してきたという情報も入ってきたので、自分は6月に上京することになります。

上京する前に、自分が持っていたキャンプ道具やバイク(ハーレー)は、後戻りできないようにするために全て人に譲ったり売ったりしました。

消防士時代にソロキャンプを趣味にしていたのですが、ソロキャンパーとは思えないぐらいキャンプ道具を買い集めており、かなりの量ありましたが、消防時代にお世話になった先輩に全て預けました。まだ持っててくれるのかな、正直もう全然捨ててくれても大丈夫なメンタルではあるので、捨てていても大丈夫ですよ。

バイクに関しては、ハーレーのファットボーイという150万円で買ったバイクを某バイク屋さんで売りました。

上京する前日に査定に出したんですけど、そのバイク屋さんのスタッフが元々不動産をしていたらしく、色々と親身にアドバイスをくれました。

引っ越したらまずちゃんと部屋の傷を見ておいた方がいいとか、畳の部屋の場合は退去する時にお金がかかるから気をつけた方がいいとか……こういう人との繋がりって大事だなと思いながら話を聞いて査定が終わりました。査定金額1万円でした。繋がりの脆さも実感しました。

そんなこともありながら、やっと上京。

元々4月に上京する予定でしたので、4月から部屋は借りていたんです。

場所は足立区の北千住。自分が住むと決めた物件は、駅から徒歩15分ほどで、びっくりするぐらい家賃が高くて、部屋も4畳半とかなり狭かったのですが、一度内見で北千住に行った時の街の雰囲気がめちゃくちゃ好きになりまして。

特に近所のラーメン屋の雰囲気がすごく良かったです。家族で経営しているカウンターのみのお店で、ラーメンも確か390円とかでした。味も美味しくて、隅っこの天井近くに置かれているブラウン管のテレビをみんなで見ながらラーメン食べて。こんなにいいお店がある街が悪いわけないと思いましたからね。

もちろん引っ越してすぐに閉店になりましたが。飲食店キラーなので(第12回連載参照)。

引っ越し当日、当時乗っていたハイラックスというトヨタのピックアップ車(トラックみたいな車)に荷物を載せて、弟と東京へ向かいました。

新居は3階建てでエレベーターなしの3階だったのですが、弟のおかげで割とすんなり引っ越しを終えられました。というのも、正直家から持ってきたものはそんなになく、ほとんどの家具や家電は通販で買う予定だったんです。

そして実際に、家具は全てIKEAで揃えたのですが、いかんせん部屋が激狭だったので配置等どうすればいいかわかりませんでした。ですがIKEAには「インテリアコーディネート」たるサービスがあり、部屋の見取り図と理想の部屋のイメージを送ると、IKEAで買える家具で部屋のデザインのプロがコーディネートしてくれるというサービスです。初めての一人暮らしですし、こんなに狭い部屋をおしゃれにできるのだろうかという興味でそのサービスを利用しました。

すると、色々なテクニックを駆使していい部屋にしていただきました。

そのテクニックというのは、壁が白いので壁際に置く家具は白色にして部屋と一体化させたり、部屋の一番隅っこに姿見を置くことによって奥行きを出したりと、すごく納得感のある部屋を広く見せる技を駆使していただきました。

そのおかげで、特に問題なく家具のチョイスも終わり、全て家に配送してもらいました。かなり狭い部屋で1人、黙々と家に届いた家具を組み立てて、気づいたら夕方過ぎになっており、あたりも暗くなりはじめていました。

この時の部屋の空気を自分はすごく覚えています。

ちょうど今から6年前ですかね。もう6年前になるのかという驚きは隠せませんが、とんでもない絶望感に襲われたんですよ。

全ての家具を送ってもらったので、それで部屋が埋まってしまうようなとんでもない量の段ボールが残りまして、窓からはオレンジ色の光が漏れていて、無我夢中で引っ越し作業と家具の組み立てをしてたのに、それが終わってほっとしたら急に自分が東京にワープして来たみたいな感覚になりまして。それがすごく恐ろしかったんですよ。

友達も知り合いも1人もいない。

バイトも何も決まっていない。

そもそも北千住ってなんなんだよ、どこここ?

昨日まで当たり前に会っていた家族に会うためには新幹線でも3時間ぐらいかかる現実があって。一生この狭い部屋に住むことになるかもしれない。むしろここにも住めなくなるかもしれない。そういう恐怖に襲われてしまって。

とにかくめちゃくちゃ怖かったのを覚えています。同時に、こういう時自分は音楽を聴くということもわかりました。音楽は救いです。今思えばお笑いを見ろよという話なのですが。

ちなみにこの時聴いていた音楽はキリンジです。もっと明るい曲聴いておけばいいのに。いやキリンジは素晴らしいんですけど、今でもキリンジを聴くと当時の絶望感に襲われます。

そんな段ボールだらけの4畳半の薄暗い部屋でキリンジを流しながら、1人で絶望しているところから東京生活がスタートしました。なんとか上京することができたのですが、吉本の養成所に入るのは1年後の4月。

完全に1人ぼっちで始まった東京生活ですが、1年後には仲間は増えているのでしょうか。初めての一人暮らしで、初めて住む東京でどのように1年間過ごすのでしょうか。

※以下ネタバレあり

1年後も普通にひとりぼっちです。

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