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セックスが始まるまで動物の進化は「ほぼ停滞」していた――楽園の罠

  • 2026.6.12
セックスが始まるまで動物の進化は「ほぼ停滞」していた――楽園の罠
セックスが始まるまで動物の進化は「ほぼ停滞」していた――楽園の罠 / Credit:Canva

イギリスのケンブリッジ大学(University of Cambridge)で行われた研究によって、初期の動物たちが数千万年ものあいだ多様化を止めていた原因が、「セックスをほとんどしていなかったから」である可能性が示されました。

約5億7400万年前、カンブリア爆発以前の海底に暮らしていた動物たちは、セックス(有性生殖)をほとんど行わずクローンとして増えており、さらに親と子は細い糸でつながったまま栄養を分け合い、仲間同士で競い合う必要がない世界であったと考えられています。

しかし競争がなければ、自然選択のエンジンは回りにくくなります。

こうして新しい種はほとんど生まれず、多様化は約1600万~2600万年もの間、ほぼ停滞状態に置かれていたと考えられます。

筆頭著者のエミリー・ミッチェル博士は「エディアカラ紀の生活はかなり快適でした。だからセックスをする必要も特になかったんです」と述べています。

研究内容の詳細は2026年6月9日に『Nature Ecology & Evolution』にて発表されています。

目次

  • 口もない、胃もない、脳もない。でも「動物」
  • セックスの必要がない楽園
  • ストレスがセックスを呼び、セックスが進化を動かした

口もない、胃もない、脳もない。でも「動物」

Credit: Emily Mitchell

今から約6億年前、「エディアカラ紀」と呼ばれる時代に、地球で初めて大型の「動物」が現れました。教科書でおなじみの「カンブリア爆発」――動物の種類が爆発的に増えた大イベント――の少し手前にあたる時代です。

ただし、この時代の「動物」は、私たちが想像する動物とはまるで別物でした。

たとえばフラクトフススという生き物はシダの葉っぱそっくりの姿で、海底にじっと立って生活しており、口も胃も脳もありませんでした。

それなのに大きいものは身長2メートルにまで育ちます。

海水に溶けた栄養を体の表面からじわじわ吸い取るだけで生きていたと考えられています。

海藻と見間違えそうな暮らしぶりですが、それだけではありません。

彼らにはもう一つ、奇妙な特徴がありました。

イチゴを育てたことがある方なら、あの植物が地面につるを伸ばして、その先に小さな新しい株を作って増えていく光景をご存じでしょう。

最古の動物たちも、まさにこのイチゴと同じ方法で増えていたのです。

親から細い糸が伸び、その先にクローンの子ができる。子は親とつながったまま、栄養を分け合って生きていました。

しかしそんな「穏やかでヘンテコな動物」に満ちたエディアカラ紀には、古生物学者を悩ませてきた別の問題がありました。

エディアカラ紀に登場した大きな動物たちは、そこから約1600万~2600万年ものあいだ、種の数がほとんど増えなかったのです。

化石の記録からも、ほぼ同じ顔ぶれが長期間にわたり、大した変化もなく存在し続けたことが知られています。

他の地質時代ならばこの間に「恐竜が滅び、巨鳥が現れ、哺乳類の時代が来る」という激変がありますが、この時代はそういう劇的な変化がみられなかったのです。

しかし、ある時を境に突然、種の数が跳ね上がります。

有名なカンブリア爆発が到来したからではありません。

そうなる前のエディアカラ紀の末期に、奇妙な動物たちのバリエーションが一気に増えたのです。

この「長い停滞→突然の爆発」という落差が、古生物学者たちをずっと悩ませてきた謎でした。

そこでミッチェル博士とアンドレア・マニカ教授は、これまで誰も正面から取り組んでこなかった切り口でこの謎に挑みました。

着目したのは、最初の動物たちの「子作りの方法」でした。化石の並び方を細かく調べれば、その動物がどうやって増えていたかが読み取れるのです。

セックスの必要がない楽園

セックスの必要がない楽園
セックスの必要がない楽園 / Credit:Canva

答えを探るため、研究チームがまず調べたのは化石の「並び方」でした。

研究チームは、カナダとイギリスの二大化石産地で記録された化石の位置データを、空間解析と、AI技術を使ったシミュレーションで分析しました。

すると、多くの集団で、化石が丸く近いかたまりとして分布していることがわかりました。

もし水流に乗って遠くへ飛ばされるなら、流れに沿って細長く並ぶはずです。

円形に集まっているということは、イチゴと同じ方法で、親のすぐそばにクローンとして増えていた手がかりです。

そして肝心なのは、この増え方では仲間同士の奪い合いがほとんど起きていなかったことです。

研究チームが21の集団を調べたところ、同じ種の中で資源をめぐる競争の痕跡が見つかったのは、わずか10集団でした。

半分以上の集団では、同種同士が争った形跡すら検出されなかったのです。

しかも、化石の「並び方がどれだけ丸いか」を見るだけで、その競争がどれだけ弱まっていたかの半分以上を説明できました。

「つながって増える」という繁殖方法と「争いの少なさ」が、くっきりと結びついていたわけです。

理由はシンプルです。

つながった仲間は栄養を自動的に分け合っていて、一方が乏しい場所にいても、豊かな場所の仲間から融通してもらえるので奪い合う必要がそもそもありません。

著者のマニカ教授も「お隣さんとつながっているなら、栄養を分け合うことになる。だから競争する必要なんてないんだ」と述べています。

さらに面白いことが見つかりました。

ふつうの生態系では、同じ種同士のほうが欲しいものが似ているぶん、激しく争います。ところがエディアカラ紀の化石では、逆に違う種同士のほうが近い距離でぶつかっていました。

同じ種は物理的に連結して栄養をシェアしているので争わず、つながっていない「よその種」とだけ、ときおり摩擦が起きていたのです。

一見すると種内の仲がいい平和な世界に聞こえますが、いいことばかりではありませんでした。

進化を駆動するエンジンというと、多くの方は「環境の激変」を思い浮かべるかもしれません。

氷河期がやって来た、隕石が落ちた、大陸が動いた――こういった大事件が生き物を新しい姿へと変えていく、というイメージです。

確かに環境変化も大きな力ですが、生態学では実は別のものが進化を強く動かす駆動力として知られています。

それが「種内競争」、つまり同じ種の仲間同士による奪い合いです。

違う種は食べるものも住む場所もズレているので、ある程度すみ分けができます。

ところが同じ種は、食べ物の好みも、住みたい場所も、欲しい配偶相手もまったく同じ。

「最大のライバルは隣のあいつ」という状況が、もっとも激しい奪い合いを生むのです。

たとえばクジャクのあの派手な羽は、捕食者に見つかりやすくなるという大きな代償を払ってまで進化しました。

なぜそんな不利な飾りができたかというと、メスをめぐる同種のオスたちの競争と、メスの選り好みがあまりに激しいからです。

環境ではなく、隣のオスに勝つために、わざわざ命がけの装飾を背負ったわけです。

ダーウィンフィンチと呼ばれる鳥が干ばつのたびにくちばしのサイズを変えていくのも、限られた餌をめぐる同種内の、生死を分けた奪い合いの結果です。

ところがエディアカラ紀の動物たちは、その最強の進化エンジンを止めていました。

クローンで増え、栄養をシェアするという繁殖方法が続いた結果、本来なら最も激しいはずの「種内競争」が働きにくくなっていたと考えられます。

その結果が、数千万年の停滞でした。

実は有性生殖そのものは、エディアカラ紀よりはるか昔から地球上に存在していました。

しかも、セックスは多細胞生物の専売特許でもありません。

たった一個の細胞で生きるゾウリムシやクラミドモナス(緑藻の一種)のような単細胞生物でさえ、二個体がくっついて遺伝情報を交換し合う、いわば”セックスのようなこと”をやってのけます。

そして面白いことに、彼らがそれを始めるのは、たいてい飢餓や乾燥といった「困ったとき」なのです。

ふだんは気楽にクローンで分裂して増え、環境が苦しくなると遺伝子を混ぜ合わせる――この使い分けは、生命のとても古い習性だと考えられています。

エディアカラの動物たちも、おそらく同じでした。

研究者たちは、彼らに近い現代の海綿やクラゲの仲間がいまも持っている、「ふだんはクローン、いざとなればセックス」という二刀流の能力が、備わっていたと推測しています。

しかし研究者が調査したエディアカラ紀の化石が描き出すのは、ほとんどが円く並んだクローン繁殖の跡ばかりでした。

楽園においてはセックスの力があっても、わざわざ使う必要がなかったのでしょう。

しかし先に触れたように、この停滞はある時、終わりを迎えます。

化石記録によれば、エディアカラ紀の動物たちはある時期を境に、1つの群集にいる種の数は約20から36へ、およそ1.8倍に膨らんでいます。

そこで研究者たちは、この停滞の終わりに、「仲間と物理的に繋がりながらジワジワ広がる」という方式から「子孫を遠くに飛ばす」という方式へと主流が移っていったと考えました。

もしこの仮説が正しいなら、繁殖方法を切り替えるだけで、化石が示す「種が約1.8倍に増えた」という歴史を、コンピュータの中でも再現できるはずです。

研究チームは10,000回のシミュレーションを走らせ、まさにそれを試しました。結果、ストロン型から水中分散型へ繁殖の主流が移る条件をモデルに入れたところ、種の数が約20から36へ増える大きな傾向が再現されたのです。

化石が語る「実際に起きた歴史」と、シミュレーションが示す「もしも繁殖方法を変えたら起きること」が、大きく重なりました。

子作りの方法が変わったことこそが、何千万年もの停滞を破った犯人だった可能性が、ここに浮かび上がってきました。

では、なぜある時を境にセックスが広く使われるようになったのでしょうか。

ストレスがセックスを呼び、セックスが進化を動かした

ストレスがセックスを呼び、セックスが進化を動かした
ストレスがセックスを呼び、セックスが進化を動かした / Credit:Hugo Salais

なぜある時を境にセックスが広く使われるようになったのか?

ヒントは「どこで生きるか?」という場所の問題に隠れていました。

実は、これまで見てきたエディアカラ紀の楽園は、深い海の底で繰り広げられていた光景だったのです。

光もほとんど届かず、潮の流れも穏やか。嵐もまず届かない、まさに「変わる必要のない世界」でした。

研究チームが分析した化石も、当時の深海に相当する場所から発掘されたものです。

ところが時代が進むにつれ、子孫たちの一部が少しずつ生息域を広げ、より浅い海へとにじり出ていきました。

彼らがなぜ、どうやって浅瀬に進出したのか、化石からはっきりしたことはまだ分かっていません。

それでも事実として、後の時代の化石はより浅い海の地層から見つかるようになっていきます。

そして浅い海は、深海とはまったく別世界でした。

嵐が来る。潮の満ち引きで激しく環境が変わる。水温も急変する。

論文によれば、深海では群集ごと一掃されるような大量死イベントが10年から100年、場合によっては1000年に一度ほどだったのに対し、浅い海では年に2〜3回も起きていたといいます。

この環境の激変が、彼らの繁殖方法の「スイッチ」をクローンからセックスへ切り替えたと研究チームは考えています。

つながったクローンは、親のすぐそばにしか増えられません。

ところがセックスで生まれた子は事情が違います。

卵や精子のような繁殖体として水中に放たれ、出会って新しい個体となり、やがて水流に乗って親元から遠く離れた場所まで漂っていけるのです。

子どもが遠くへ散らばれば、見知らぬ他者とぶつかり、ぶつかれば、食べ物や場所をめぐる競争が始まります。

こうして、何千万年も止まっていた自然選択のエンジンが、ようやく回り出したのです。

そして繁殖様式と新たな生息地に適応するにつれて、それに伴って多様化が進み、この過程は、動物が移動能力を獲得したカンブリア紀にさらに加速したと考えられます。

ミッチェル博士は「もし突然、年に何回も殺されかけるような環境に置かれたら、すべてが変わります。ストレスは本質的に有性生殖を引き起こすんです」と語っています。

進化のスピードを決めているのは遺伝子の変異だけではなく、「どう散らばり、どう競い合うか」というもっと泥臭い仕組みも重要なのでしょう。

快適すぎる環境はむしろ変化を止めてしまう――この逆説は、エディアカラ紀の海底だけでなく、生命そのものに通じる逆説なのかもしれません。

もしかしたら未来の世界では、「生き物にとって本当に良い環境とは何か?」という問いに対して、「少しだけ不便な場所」という意外な答えが定説になっているかもしれません。

参考文献

A lack of sex held back life’s diversity for millions of years
https://www.cam.ac.uk/research/news/a-lack-of-sex-held-back-lifes-diversity-for-millions-of-years?utm_source=chatgpt.com

元論文

The influence of reproductive mode on resource competition and diversity patterns in Ediacaran early animal communities
https://doi.org/10.1038/s41559-026-03094-2

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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