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ケニー・シャーフとキース・ヘリング、二人の友情をたどる「K!K!」展が中村キース・ヘリング美術館で開催中

  • 2026.6.12

1978年、ニューヨークの美術大学で流れていたDEVOの音楽が、一つの友情を引き寄せた。ケニー・シャーフとキース・ヘリング。ともに1980年代のイースト・ヴィレッジを象徴するアーティストとなった二人の関係をひもとく展覧会「ケニー・シャーフ&キース・ヘリング:K!K!」が、中村キース・ヘリング美術館で開催中だ。約120点の作品と資料から見えてくるのは、アートを社会へ開こうとした彼らのクリエイティビティと、今なお作品の中に息づく友情の物語である。

photo: shin inaba

「私はいつも、次に何が起こるかわからない状態が好きなんです」
ケニー・シャーフのその言葉は、本展を見終えたあとも不思議と耳に残った。

緑豊かな山梨県小淵沢にたたずむ中村キース・ヘリング美術館は、コレクターの故・中村和男によって2007年に設立された。キース・ヘリングの作品や思想を後世へ伝えることを目的とした、世界で唯一のキース・ヘリング専門の美術館である。

一つ目の展示室に向かう廊下から見えるキース・ヘリングの代表作の一つ、《Radiant Baby》のネオンサイン。 Hearst Owned

そこで現在開催されているのが、「ケニー・シャーフ&キース・ヘリング:K!K!」だ。1980年代ニューヨークのアートシーンをともに駆け抜けた二人の友情と創作の軌跡をたどる本展には、初期ドローイングから新作インスタレーションまで約120点が並ぶ。展示はまずキース・ヘリングの活動を振り返り、続いて二人の交流と共創を紹介し、最後にケニー・シャーフの現在へといたる創作の歩みへと展開していく。そこには1980年代ニューヨークの熱狂と二人の友情、そしてアートが社会との接点を模索していた時代の気配が漂っていた。

「音のするほうへ行くと、キースが床いっぱいにドローイングを描いていたんだよ」
シャーフは、こんな言葉でヘリングとの出会いを語る。

1978年、ロサンゼルスからニューヨークのスクール・オブ・ヴィジュアル・アーツへ入学したシャーフは、校内のどこからか聞こえてくるDEVOの音楽に導かれるように歩いていったという。そこには、ジャン・デュビュッフェを思わせる自由な線で、床を埋め尽くすように描き続ける青年がいた。その姿を見た瞬間、シャーフは「この人とは親友になれると思った」と言う。

「ケニー・シャーフ&キース・ヘリング:K!K!」の最初の展示室の風景。ケニー・シャーフとキース・ヘリングの出会いを象徴するヘリングの初期映像作品《自分を角に追い込むペインティング》が床に投影され、壁面には、ヘリングがニューヨークでの初個展に出品した作品や、晩年の1990年に版画として再発表した「ブループリント・ドローイング」シリーズが展示されている。 Hearst Owned

会場ではその出会いを再現するようにDEVOの音楽がかすかに流れ、当時シャーフが目にしたヘリングの初期ドローイングも展示されている。のちに世界的アーティストとなる二人だが、ここで見えてくるのは神話化されたスターではなく、まだ何者でもなかった頃の彼らの姿だ。

日本ではヘリングやバスキアほど広く知られた存在ではないかもしれない。しかし、ケニー・シャーフなくして1980年代ニューヨークのアートシーンは語れない。1958年ロサンゼルス生まれ。アンディ・ウォーホルから影響を受けながら、バスキアやヘリングとともにイースト・ヴィレッジのカルチャーを牽引した。ストリート、音楽、クラブカルチャー、コミックなど大衆文化を積極的に取り込み、ハイアートとポップカルチャーの境界を軽やかに横断したその実践は、今日の現代アートにも大きな影響を与えている。

その後、シャーフとヘリングはアパートをシェアし、1980年代ニューヨークのアートシーンを決定づけた伝説的な展覧会「タイムズ・スクエア・ショー(The Times Square Show)」や、イースト・ヴィレッジのクラブ「Club 57」を舞台に、創作の日々をともにしていく。

1980年代のイースト・ヴィレッジは、アート、音楽、ファッション、パフォーマンス、グラフィティが混ざり合う実験場だった。画家や彫刻家といった境界も存在しない。誰もがお金を持っていたわけではないが、誰もが何かを表現したいという衝動に突き動かされていた。そして彼らには「アートはみんなのためにある」という共通した信念があった。

「ケニー・シャーフ&キース・ヘリング:K!K!」では、作品に加え、当時を伝える写真や資料も展示されている。左上の白黒写真には、二人の先達であり、1980年代ニューヨークのアートシーンを象徴する存在だったアンディ・ウォーホルとともに、シャーフとヘリングの姿が写る。 Hearst Owned
キース・ヘリング「サブウェイ・ドローイング」シリーズより、《無題》(1985)。 Hearst Owned

その思想をもっとも体現したのが、地下鉄の広告板に描かれたキース・ヘリングのサブウェイ・ドローイングだろう。本展には実際のオリジナル作品が展示されている。戦車、燃え上がる紙幣、×印をつけられた人々、「USA」のAが消え「US」となった文字……。1980年代の作品でありながら、そのイメージは現在の世界情勢にも驚くほど重なって見える。ヘリングが追求したのは、美術館の中だけで完結する作品ではなく、人々と直接つながるコミュニケーションとしてのアートだった。

二つ目の展示室では、シャーフとヘリング、それぞれの作品が響き合いながら展開され、遊び心と実験精神に満ちた二人の世界観を体感できる。 Hearst Owned

ヘリングと同様に、シャーフもまたアートを特定のコミュニティに閉じるのではなく、より多くの人へ開こうとしてきた。その思いは、彼が描き続けるカートゥーンにも表れている。会場にあふれるキャラクターたちは、一見すると漫画やアニメーションのように親しみやすい。だが、その背景には一貫したアート観がある。

「カートゥーンは国境を越えて誰もが理解できる普遍的な言語なんです」と、テレビの前にかじりついてカートゥーンを見続けた幼い頃の話をシャーフは語ってくれた。彼が当初描いていたのは『宇宙家族ジェットソン』や『原始家族フリントストーン』といった既存のキャラクターだった。やがて、そこから独自の生命体ともいうべきキャラクターを生み出していく。

「未来を表すジェットソンと、過去を表すフリントストーン。その二つがぶつかり合って爆発した時、私のキャラクターたちが生まれたんです」。手も足も持たず宇宙空間を漂う顔たち。楽しそうな顔、怒った顔、いたずらっぽい顔。それらは漫画のようでありながら、人間の感情そのものを映し出している。

ケニー・シャーフは1980年代初頭から、実際のテレビを支持体として使った作品シリーズを制作してきた。テレビの画面や筐体に直接ペイントし、テレビそのものを彫刻や絵画へと変容させたシリーズである。彼の作品には、いたずらっぽい表情を浮かべたキャラクターたちが頻繁に現れる。 Hearst Owned
美術館内の壁面を彩る、ケニー・シャーフの遊び心あふれるペインティング。 Hearst Owned

また、本展のオープニングでは、シャーフと日本との長い縁を物語る興味深いエピソードも紹介された。

1985年、赤坂・草月会館で開催された伝説的な展覧会「アート・イン・アクション」である。ニューヨークやパリから集まったアーティストたちが、その場で作品を制作・発表するという先駆的な試みだった。そのきっかけの一つが、草月流家元・勅使河原宏とシャーフの出会いだったという。1984年、シャーフがキャデラックに手がけたアートカーに感銘を受けた勅使河原は、「こんな面白いアートは日本にまだない」と考え、翌年の開催へとつなげた(なお、ヘリングも参加を希望していたが、当時すでに高い知名度を得ていたことから見送られたという)。

最後の展示室はシャーフの作品で構成される。カラフルなキャラクターの彫刻群は、1987年に開催されたアート遊園地「ルナ・ルナ(Luna Luna)」のために手がけたアトラクションに由来する。 Hearst Owned
最後の展示室に設けられた小部屋に広がる<strong>《</strong>Cosmic Cavern<strong>》</strong>。1980年代初頭から現在まで断続的に制作されてきた、ケニー・シャーフを代表する没入型インスタレーションのシリーズである。壁や天井、家具、テレビなどがペイントで覆われた空間には、シャーフ自身が選曲した音楽も流れる。 Hearst Owned

そして展覧会の終盤、中村キース・ヘリング美術館のために制作された新作が姿を現す。展覧会のオープニングでは、ロサンゼルスから届いたばかりのその作品の前で、ケニー・シャーフ自身が来場者を前にサインを入れ、タイトルを発表した。

《Sky High Baby》──。それは、ヘリングを象徴する《Radiant Baby》へのオマージュであり、同時に、本展に通底する二人の友情を物語る作品だ。

今回、中村キース・ヘリング美術館のために制作された《Sky High Baby》(2026)とケニー・シャーフ。 Hearst Owned
オープニングでは、自ら作品にサインを入れ、タイトルを発表するパフォーマンスが行われた。 Hearst Owned

実はシャーフはこれまで何度もこのモチーフを描いてきた。1984年には、スタジオを貸してくれたヘリングへの感謝として。1990年には、亡き友を悼み、ゲリラ的に街中で描いた壁画として。しかしその壁画は、市によって誤って白く塗りつぶされてしまった。《Sky High Baby》は、その失われたベイビーを再びよみがえらせる作品でもある。きっと、空から見ているキース・ヘリングと、空を建築に取り込んだこの美術館にも響き合うように、その絵は清々しく温かかった。

中村キース・ヘリング美術館の屋外風景。屋外彫刻や豊かな緑、広い空が訪れる人を迎える。 Hearst Owned

「つくることで元気が湧いてくる。つくらずにはいられないんだ」
シャーフのその言葉からは、未知のものを発見する喜びに突き動かされながら制作し続けてきた、彼の変わらぬ姿勢が伝わってくる。その純粋な情熱は、かつて地下鉄の広告板にチョークで描き続けたヘリングとも共有していたものだろう。

アートは誰のためにあるのか。

1978年、DEVOの音楽に導かれて出会った二人は、その答えを作品を通して今も語り続けている。次に何が起こるかわからない世界を、楽しむように。

会場:中村キース・ヘリング美術館(山梨県北杜市小淵沢町10249-7)
会期:〜2027/5/16

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