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【第61回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展】国立マルチャーナ図書館で開催「Freedom Creates」──ブルガリが描くアーツマンシップの未来

  • 2026.6.5

※本記事は2026年2月に行ったインタビューとともに、ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の会期中、国立マルチャーナ図書館で開催中の展覧会を紹介します。

【インタビュー】ラウラ・ブルデーゼに聞く、ブルガリとアートの未来

ブルガリの現・副CEO、今年7月にCEOに就任するラウラ・ブルデーゼ。 ©︎ Bvlgari

──メゾンとして、なぜいまアートとの関係が重要なのでしょうか?

アートと美は、ブルガリの存在の核にあります。これは最近始まったことではありません。創業から140年以上、アートは、常に私たちのクリエイティビティや想像力、そして革新の源であり続けてきました。今回の取り組みも、まったく新しい挑戦というよりも、これまでの延長上にある必然的な流れであると感じています。

私たちは、よく “We craft art” と言います。ジュエリーは身につけ、感じ、 日々をともにするアートです。世界が分断し、 ローカル化が進みつつあるいまだからこそ、アートは普遍的な言語として、人と人を結び直す力を持つと信じています。

──ヴェネチア・ビエンナーレという国際芸術祭をどのように捉えていますか?

ヴェネチア・ビエンナーレのような、世界でもっとも重要な芸術の舞台の一つに参加できることは、長年の夢であり、ついにそれを実現できることを誇りに思います。私たちにとって、ビエンナーレは単なる“プラットフォーム”ではなく、“スペース”です。創造性や自由、芸術表現のための空間であり、異なる文化、視点や美的感覚が交差する場所です。

ブルガリが関与する意義は、文化を豊かにする開かれた対話にあります。歴史ある芸術祭と向き合い、その枠組みのなかで異なる文化や想像力が交差する場をともに築いていく。それこそが、私たちの目的ですね。

──なぜ単年ではなく、3会期にわたるパートナーシップを選んだのか教えてください。

ブルガリの取り組みは、常に長期的視点に立っています。ローマに生まれたメゾンとして、時間という概念は本質的なものです。ローマそのものが、何世紀にもわたり文化が積層してきた都市です。ジュエリーもパートナーシップも、本質的に共鳴すると感じたものには深くコミットします。

ですから、最初から単発という選択肢はありませんでした。私たちは、スポンサーではなく「エクスクルーシブ・パートナー」として、資金を提供するだけでなく、ビエンナーレとともに歩み、時間をかけて旅路を一緒につくりあげていく立場を選びました。また、この3会期を一つの区切りだとは思っていません。未来へと続く重要な過程と捉え、その後もともに歩みを進めていけることを願っています。

──ブルガリは、このパートナーシップを「Artsmanship(アーツマンシップ)」という言葉で語っていますね。ブルデーゼさんご自身はどのように定義されていますか?

アーツマンシップとは、クラフトマンシップが芸術へと昇華された状態です。ブルガリのものづくりは、職人の創造的自由の上に成り立っています。彼らは手と心を通して美をかたちにする。その結果、一つひとつが唯一無二の作品になるのです。

そしてこの姿勢はジュエリーやウォッチの製作に限りません。キャンペーンのポスター やSNSの投稿、店舗空間、プレスリリース、さらにはお客さまが目にしないバックオフィスでの仕事……ブランドにおける体験の細部にいたるまで、すべてに同じ精度と情熱を注いでいます。それがブルガリのあり方です。

──今年のヴェネチア・ビエンナーレのテーマ「In Minor Keys」は、繊細さや静かな変容に光を当てています。このテーマはブルガリの思想とどう響き合うのでしょう?

このテーマを最初に聞いたとき、直感的に共鳴するものがあると感じました。世界はしばしば大きな声や急激な変化を求めがちですが、美は必ずしもそうしたものではありません。変化は静かであっても、深い意味を持ちます。

私たちは破壊的でラディカルな転換ではなく、連続性のなかで育まれる進化を大切にしています。過去を尊重し、現在と向き合い、未来へつなぐ。その穏やかな調和こそが、ブルガリの考える進化のかたちです。

──今回、ブルガリは異なる二つの場所で展覧会を展開しますが、アーティストやキュレーターとの関係において、どのような距離感を意識していますか?

私たちはスポンサーではなく、対等な共創者として関わることを大切にしています。ヴェネチア・ビエンナーレのメイン会場であるジャルディーニでは、韓国系アメリカ人アーティスト、 ロータス・L・カンによる、 その場所のために制作される作品を発表します。

また、ヴェネチアの国立マルチャーナ図書館では、 ブルガリ財団による展示を行います。ここでは、ローマに位置するイタリア国立21世紀美術館(MAXXI)とともに取り組んできた「マキシ・ブルガリ賞」に関わる2名のアーティスト、モニア・ベン・ハムーダとララ・ファヴァレットを紹介します。掲げるコンセプトは、「Freedom Creates」。創造的な自由こそが、新しい発想や革新、 そして美を生み出す原動力であるという考えです。アートの自律性を尊重しながら、自由が機能する枠組みをともに設計する。それが私たちの立ち位置だと考えています。

──今回のパートナーシップを通じたビエンナーレとの対話は、メゾンの未来にどのような変化をもたらすと考えているか、お聞かせください。

私たち自身がこの経験から深い影響を受けることを確信し、またそう願っています。ブルガリは常にアートから刺激を受け、同時にアーティストを刺激してきました。私たちの歴史はアートとの終わりのない対話そのものです。

そして、ブルガリのクリエイティブディレクターたちも現地を訪れアーティストと直接対話を重ねることで、彼らの想像力はさらに研ぎ澄まされるでしょう。多様な視点が交差するところから、新しい美は生まれる。それはメゾンにとっても、未来をかたちづくる重要なプロセスなのです。

LAURA BURDESE
ウラ・ブルデーゼ:トリエステ大学にて国際経済学の学位と、マーケティング&コミュニケーションの修士号を取得。ロレアルやスウォッチグループなどを経て、2016年LVMHへ入社し、アクア ディ パルマのCEOを務めた。22年にブルガリへ参画し、24年、副CEOに就任。26年7月のCEO就任が決定している。現在はブランド戦略に加え、ジュエリー、ウォッチ、パルファン、レザーグッズ&アクセサリーの統括も担う。

Interview & Text: Yuki Kos

【展覧会】国立マルチャーナ図書館に広がる「Freedom Creates」の世界

ヴェネチアの中心、サン・マルコ広場に面する国立マルチャーナ図書館。16世紀以来、知のアーカイブとして機能してきた歴史的建築で、ブルガリ財団による展覧会「Freedom Creates」が開催されている。 Photo: Matteo Gebbia

さて、第61回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展とともに、ヴェネチアの国立マルチャーナ図書館では、ブルガリ財団による展覧会「Freedom Creates」が開幕した。

会場となるマルチャーナ図書館は16世紀に建てられたヴェネチア屈指の文化遺産で、知識の保存と継承を象徴する場所だ。ブルガリ財団は、この歴史的空間に二人のイタリア人女性アーティスト、モニア・ベン・ハムーダとララ・ファヴァレットの作品を展開している。イタリア国立21世紀美術館(MAXXI)とブルガリが長年取り組んできた「マキシ・ブルガリ賞」」にもゆかりを持つ作家たちである。

photo: T-space

展示タイトルの「Freedom Creates」(自由が創造する)は、ブルガリ財団が掲げる理念そのもの。創造性は管理されるものではなく、自由な環境から生まれる──その考えを、二人の作家が異なる方法で体現している。

モニア・ベン・ハムーダ《Fragments of Fire Worship》 photo: T-space

まず来場者を圧倒するのは、入口空間を染め上げる赤い光だ。モニア・ベン・ハムーダによる《Fragments of Fire Worship》は、知識の保存と継承を担ってきた歴史的空間に、炎や信仰を思わせる原初的なエネルギーを流し込む。

モニア・ベン・ハムーダ © Fondazione Bvlgari

チュニジア系イタリア人の彼女は、言語や宗教、記憶の重層性をテーマに制作を続けてきたアーティスト。本作では、石碑を思わせる彫刻的なフォルムが置かれ、そこに刻まれた文字や記号は完全な解読を拒む。意味を伝えるための言語でありながら、同時に理解を拒絶するかのようだ。

モニア・ベン・ハムーダ《Fragments of Fire Worship》。アラビア語の書や地図、抽象的な記号を思わせるネオンの線は、明確な意味へと回収されることはない。 photo: T-space

知識の集積を担ってきた図書館という場所において、この作品は興味深い逆説を生み出している。アーカイブとは本来、情報を保存し、未来へ受け渡していくための仕組みである。だがベン・ハムーダは、その中心に「理解できないもの」を据える。そこには、あらゆる知が説明可能であるという近代的な価値観への問いかけが感じられた。

ララ・ファヴァレット《Momentary Monument – The Library》 photo: T-space

一方、16世紀ヴェネチアを代表する建築家・彫刻家サンソヴィーノが手がけた壮麗な広間に展示された、ララ・ファヴァレットの《Momentary Monument – The Library》は、また別の角度から記憶と時間に向き合う作品だ。ファヴァレットはこれまでも「消えゆくもの」や「一時的な記念碑」をテーマに制作してきた作家である。本作は彼女が長年続けてきた「Momentary Monument」シリーズの最終章にあたり、図書館という永続性の象徴に対して、はかなさや消滅の感覚を持ち込んでいる。

16世紀にヤーコポ・サンソヴィーノが設計した国立マルチャーナ図書館。ルネサンス建築の傑作として知られるこの歴史的空間で、ララ・ファヴァレットの作品が展示されている。 photo: T-space
来場者は本を手に取り、持ち帰ることもできた。 photo: T-space

広間の中央には、本棚が一本の軸のように置かれている。そこには、大学や研究機関、個人コレクションなどから集められた書籍が並び、来場者は自由に手に取り、ページをめくることができる。来場者による閲覧や移動を前提とし、展示期間を通して姿を変え続けるこの作品は、完成されたオブジェとして固定されることがない。本来、保存のために存在する図書館のなかで、作品はむしろ流動性と消失を引き受けているのだ。知識とは蓄積されるだけでなく、人から人へと手渡されることで生き続けるものでもある。ファヴァレットは、その循環のプロセスそのものをひとつのモニュメントとして提示しているように見えた。

巨大な歴史の蓄積のなかで、作品はむしろ人間の記憶の脆さを際立たせる。知識を保存しようとする図書館と、消え去る運命を抱えた現代美術。その対照は、時間について考える場を生み出している。

ララ・ファヴァレット photo: Jackie Nickers

興味深いのは、この展示がブランド自身の歴史を前面に押し出していないことだろう。むしろブルガリ財団は、自らを前景化するのではなく、アーティストの自由な表現を支える基盤となることを選んでいる。ラウラ・ブルデーゼがインタビューで語ったように、ここで重視されているのはスポンサーシップではなく「共創」の姿勢だ。

16世紀の図書館に置かれた二つの作品は、知識と記憶、保存と消滅、理解と不可解さといった対立する概念を浮かび上がらせる。そして、その緊張関係こそが「Freedom Creates」というタイトルの意味を示しているようにも思えるのだ。自由とは、異なる価値観や時間軸が共存する状態そのものなのかもしれない、と。

Text: Shiho Nakamura

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