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義母「わざと食べないの♡」義父が急逝後に同居した義母が私の手料理を拒否→え…?真相にゾッ!私の決断は!

  • 2026.6.3

家族の死は、残された人たちの暮らしを大きく変えることがあります。中でも、義父の死をきっかけに始まった同居が、思いもよらない人間関係の変化を招いてしまうこともあります。
せっかく作った料理に手をつけない義母に戸惑ったり、気づけば夫が妻の気持ちより義母の意見を優先し、当たり前のように妻を後回しにするようになっていたり――。支え合うはずの同居生活の中で、少しずつ積み重なる違和感や孤独に戸惑うことも。
今回は、義父の死をきっかけに始まった同居生活の中で、義母との関係や夫の変化に悩まされながらも、自分にとって本当に大切なものを見つめ直していく女性たちのエピソードをご紹介します。

義父が急逝し義母と同居→私の手料理を食べない!?真相を知った私は

私は夫と、幼稚園に通う息子と三人暮らしです。あるとき、義父が急逝しました。義父は穏やかでやさしい人で、息子のこともとてもかわいがってくれていました。

突然の別れに、義母はすっかり元気をなくしてしまいました。もともと人前では気丈に振る舞う人でしたが、家ではぼんやりと過ごすことが増え、外出もほとんどしなくなっていたのです。

そんな義母の様子を見て、夫が言いました。

「母さん、一人でいるのはきついと思う。しばらくうちで一緒に暮らさないか」

私は少し驚きましたが、義母のことが心配だったこともあり、夫の提案に同意しました。こうして、義母が元気を取り戻すまでという前提で、同居が始まりました。

元気のない義母に

同居が始まってからも、義母はあまり変わりませんでした。

「何か食べたいものある?」と聞いても、「別にないわ……」と小さく首を振るだけ。

私は義母の好きだった料理を思い出しながら作りましたが、ほとんど手をつけてもらえませんでした。

外に出るきっかけになればと、夫と相談してお小遣いも渡すことにしました。

「気分転換にでも使ってよ。お友だちとおいしいもの食べたりとかさ」

夫がそう言ってお小遣いを渡すと、義母は静かに受け取りましたが、その後も義母の様子は大きく変わらないままで、心配が続きました。

聞こえてしまった会話

そんなある日、私は仕事を切り上げ、いつもより早く帰宅しました。

家に入ると、リビングから義母の声が聞こえてきました。どうやら友人が遊びに来ている様子。

「お友だちと会う元気が出たんだ……よかった」そう思っていたとき、何気なく耳に入ってきた会話に、私は思わず足を止めました。

「私、昨日もわざと嫁の料理を食べなかったのよ!」

「またお小遣い増えるかもって思って~」

楽しそうな笑い声が続きます。お友だちと「まあ、嫁教育みたいなものよね~」とゲラゲラ笑うその会話を、私はスマホで録音しました。

義父を亡くして落ち込んでいると思い、少しでも支えになればと接してきた日々が無駄だったことを知り、悲しさでいっぱいになりました。

録音した会話を夫に聞かせると

その日の夜、私は夫に録音を聞かせました。最初は信じられない様子だった夫も、義母の声を聞くうちに、次第に表情が曇り「……これはちょっとひどいな」と小さくつぶやきました。

その週末、夫は義母に声をかけました。

「母さん、これ聞いてほしい」

そう言って、先日録音した会話を再生しました。

義母の顔色が変わり、しばらく黙り込んだあと、慌てたように口を開きました。

「ち、違うのよ……あれは冗談で……」

「ずっと落ち込んでばかりじゃ心配かけると思って、明るく振る舞ってただけで……」

さらに言葉を重ねます。

「あなたたちに甘えてたのは事実だけど、そんなつもりじゃなかったの」

しかし夫は首を振りました。

「冗談で言う内容じゃないよ」

部屋の空気が重く沈みました。

私たちの決断

その後、私たちは何度か話し合い、最終的に「一度距離を置こう」という結論に至りました。義母には元の家に戻ってもらい、同居を解消することにしたのです。

義母が元気を取り戻すきっかけになればと思って始めた同居でしたが、信頼が揺らいでしまった以上、同じように暮らし続けることは難しいと感じました。

◇ ◇ ◇

家族だからこそ、相手を思いやる気持ちがなければ関係は成り立たないのだと感じました。関係を続けることよりも、健全な距離を保つことが必要な場合もあるのだと思います。

※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

1つ目のエピソードでは、せっかく作った料理に手をつけてもらえず、義母との距離感に悩む妻が登場します。義父を亡くして落ち込んでいる義母を少しでも支えられればと、夫婦で気遣い、お小遣いまで渡していたものの――。その裏では、「わざと嫁の料理を食べなかった」「またお小遣いが増えるかもと思って」と耳を疑う本音が隠されていたのでした。

続く2つ目のエピソードでは、同居生活の中で少しずつ変わっていく夫に戸惑う妻が登場します。気づけば妻の気持ちより義母の意見を優先し、当たり前のように妻を後回しにする夫。積み重なっていた孤独や我慢が、やがて妻の大きな決断へとつながっていくことに……。

義父の葬儀後、夫が同居を強行→義母を迎える準備をすると夫が呆然!

結婚して数年。義両親ともほどよい距離感を保って付き合っていましたが、義父の他界をきっかけに、夫が「母さんと同居しよう!」と言い出しました。

突然の夫からの提案にフリーズした私。義母が落ち込んでいるのはわかっています。しかし、同居はライフスタイルに大きく影響するもの。慎重に話し合うべきだと思った私は、夫にストップをかけようとしたのですが……?

夫は義母をなるべくひとりにしないために、同居したいと言います。たしかに私は在宅で仕事をしているので、同居すれば義母がひとりで過ごす時間は少なくなるでしょう。

それに夫は、家事が分担できるので私にとっても良い話だと主張します。しかし、私には絶対に同居を受け入れられない理由があります。夫は、私の仕事部屋を義母の部屋にすると言うのです。

突然の同居計画

仕事部屋を義母に渡すとなると、私のパソコンや資料を置くスペースがありません。リビングでは落ち着いてオンライン会議もできないでしょう。

すると夫は「母さんがいたら邪魔で仕事ができないってこと?」とイライラした様子。ひとまず結論は出さずに、落ち着いて話し合おうと夫に伝えました。

その数日後、今度は義母から同居の件で連絡がありました。

「同居したくないなんて、よくそんなこと言えるわね! 在宅仕事なんて、どうせ家でゴロゴロしているだけでしょ」と義母。あまりに失礼な物言いに言葉を失ってしまいました。いくら説明しても、「私がいたらできない仕事なんて趣味レベルでしょ? それならやめてもいいんじゃない?」と、話は平行線です。

さらに義母は、私が承諾していないにもかかわらず、「朝6時には起きて朝食を作ってもらわないと」「洗濯は全部あなたの担当ね」と、一方的な「同居の条件」を突き付けてきたのです。私はますます不安と不信感を募らせていきました。

それからというもの、私がいくら「せめて時間をかけて話し合おう」と訴えても、夫は「俺と母さんが決めたことだから」と聞く耳を持ちませんでした。そしてついには、「今週末、母さんが引っ越してくるから!」と当然のように告げられたのです。

「お前の仕事部屋を母さんに使ってもらうから! クローゼットは空にしておいて。でも家具やカーテンは使いたいらしいからそのままで!」

強引に私の生活を壊そうとする夫に、私は恐怖すら感じていました。しかし、同時に諦めもついていたのです。

私が「わかった。きれいにしておくね」と答えると、夫は満足げに笑っていました。

義母の引っ越し

そしてやってきた義母の引っ越し日。焦った夫から電話がかかってきました。「部屋の中に何もないけど?」怪訝そうな様子が声からもわかります。

「言われたとおり、きれいにしておいたよ」と答えた私。夫が仕事に行っている間に少しずつ私の荷物を実家に運び出しておいたのです。義母との同居で頭がいっぱいだった夫は、私の部屋の変化になど気付きもしなかったのでしょう。

「はぁ!? 勝手なことするなよ!」と憤る夫。勝手に同居を決めたのは自分なのに、矛盾しかありません。「勝手なのはお互い様! 私も勝手にやらせてもらいました。これからのことは追って話し合いましょう」と夫に告げました。

離婚は夫にとってシビアな話。私たちが住んでいた家の家賃は相場より高く、夫婦で折半する前提で借りていました。私が出ていって夫の給料だけで払うとなると、かなり厳しいのではないかと思います。

「いいから戻ってこい!」と私を責める夫の頭には、家賃のことがよぎったに違いありません。私は将来の妊娠や出産に備えて、自分たちに見合った家にしようと言ったのですが、「それまでには自分の稼ぎだけでも払えるように仕事を頑張る」といって押し切ったのは夫です。その言葉通り、頑張ってもらうしかないでしょう。

最低なのは私? 夫?

「……わかってて出て行くなんて最低だぞ」と恨みがましく言ってきた夫に、「最低なのはどっち? 一緒に生活をしていた私の意見をないがしろにしたのは自分でしょ?」と返すと、夫は黙り込んでしまいました。

夫は小さな声で「悪かった」とつぶやきましたが、私の中ではすでに決心が固まっていました。これまで積み重なった不信感が、一気に冷たい諦めに変わっていたのです。「私の使っていた部屋はお望みどおりきれいにしておいてあげたし、お義母さんも大喜びなんじゃない? どうぞ、これからは2人で快適な同居生活を送ってね!」と言って、私は電話を切りました。

その夜、実家でのんびりしていた私のもとに、今度は義母から電話がかかってきました。

義母はこれまでの無礼を詫び、自分はリビングで寝るので戻ってきてほしいと言いました。夫から、この家に住み続けることが難しいと聞いたのでしょう。

「必要なのは私じゃなくて、私の収入ですよね?」と返すと、「今まであなたの仕事、よくわかってなくてごめんなさいね? でも、本当に立派なお仕事だと思うわ! こんなに稼ぎもあって、素敵なお嫁さんはほかにはいないわ!」とどうにか取り繕おうとしてきた義母。

「まぁ、もう嫁じゃなくなりますけど……いくら謝られても、頼み込まれても、戻るつもりはありませんので! 今後頼るのは息子さんだけでお願いします!」と明るく言うと、義母は「まだ離婚はしてないでしょ? 戻ってきてもらわないと困るの。私は年金暮らしで頼れるのはあなただけなのよ」と弱気になります。

しかし、先ほど宣言したとおり、私はもう義母とは赤の他人になるつもりです。再び「絶対に戻ることはありませんから!」と言って、私は一方的に電話を切りました。

夫と義母のその後

その後、さんざん離婚を渋っていた夫。結局私は弁護士をたてて、離婚調停を経て夫と離婚しました。時間もお金もかかりましたが、後悔はありません。

離婚して数カ月経ってから、ふと気になって夫と住んでいた家を検索してみると、空き家になっていました。結局家賃が払えず、出ていったのでしょう。彼らが現在どのように暮らしているかはわかりません。

同居の話が持ち上がったとき、もっと建設的に話し合えていれば、こんな結末は避けられたのかもしれません。ただ、私の仕事を軽んじているくせに収入をあてにする夫や、手のひらを返す義母の態度を思い出すと、結局は離婚に行き着いたのだろうと感じます。

◇ ◇ ◇

結婚は対等なパートナーシップで成り立つもの――当たり前のことですが、その大切さをあらためて痛感した出来事でした。

※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

いかがでしたか?

今回は、義父の死をきっかけに始まった暮らしの変化の中で、義母との関係や夫の変化に悩まされる妻たちのエピソードをご紹介しました。

家族が亡くなったあと、残された人たちをどう支えるのか、どこまで寄り添うのか――。悲しみの中だからこそ支え合いたいと思う一方で、その善意や我慢が思わぬ形で利用されたり、気づけば誰か一人に負担が偏ってしまうこともあります。

相手を思いやる気持ちは大切ですが、「家族だから」と無理を重ねすぎれば、自分自身が苦しくなってしまうことも。相手との距離感や、自分の気持ちを大切にすることの必要性を考えさせられるエピソードでした。


著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

ベビーカレンダー編集部

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