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“現代のジェーン・オースティン”セリーヌ・ソン監督×ダコタ・ジョンソンが『マテリアリスト 結婚の条件』を通して見つめる、大人の三角関係

  • 2026.6.1

『マテリアリスト 結婚の条件』(公開中)は、『パスト ライブス/再会』(23)で世界を魅了したセリーヌ・ソン監督が、ニューヨークの婚活市場を舞台に描く新たな傑作ラブストーリーだ。ニューヨークの結婚相談所で凄腕マッチメーカーとして働くルーシー(ダコタ・ジョンソン)は、クライアントの恋を成就させながら、自分自身はひたすら仕事に打ち込む“マテリアリスト(物質主義者)”。好条件が揃い、婚活市場に現れた“ユニコーン”のようなハリー(ペドロ・パスカル)と付き合い始めたルーシーだが、偶然の再会を果たした夢を追い続ける元カレのジョン(クリス・エヴァンス)のことも、依然として気になっている。身長、収入、学歴…スペックを数値化し、最高の条件を持つパートナーを探し出すプロフェッショナルが、最後に選ぶ愛とは?ソン監督らしさが光る、大人の男女の三角関係は今作でも健在だ。

【写真を見る】付き合っていた当時のように言い合いになるルーシーとジョン、2人が迎える結末とは?

※本記事は、『マテリアリスト 結婚の条件』のネタバレ(ストーリーの核心に触れる記述)に該当する要素を含みます。未見の方はご注意ください。

「『パスト ライブス/再会』を作ったから、次はそれを踏まえて、なんてことには絶対にならない」(ソン監督)

前作『パスト ライブス/再会』がアカデミー賞の作品賞、脚本賞にノミネートされたセリーヌ・ソン監督(写真中央) Copyright 2025 [c] Adore Rights LLC. All Rights Reserved
前作『パスト ライブス/再会』がアカデミー賞の作品賞、脚本賞にノミネートされたセリーヌ・ソン監督(写真中央) Copyright 2025 [c] Adore Rights LLC. All Rights Reserved

この映画のインスピレーションを尋ねられたソン監督は、まずジェーン・オースティンの名を挙げた。「彼女の作品はすべて、ひとりの女性がどのように決断を下し、自らの人生における選択をするかを描いています。彼女の作品にはいつも、現実的なものと本当の愛というものが根底にあって、最終的には自分の心に従う、という部分があります。それは普遍的なものだと思っています。『高慢と偏見』がファンタジーとしてすばらしいのは、生涯愛すると決めた相手が、実際的・経済的な問題もすべて解決してくれる存在でもある、という点ですよね。現代においては、その両方をひとりの人間に求めることがますます難しくなっている。そのことがずっと頭にありました」

脚本の出発点は、もっと個人的な体験だった。ソン監督は、かつて劇作家として食べていけなかった時代に、約6か月間マッチメーカーとして働いた経験があるという。家賃を払うための“副業”として始めたその仕事が、やがて数年越しのプロジェクトになった。「マッチメーカーを辞めた時、いつかこれについてなにか書こうと感じていて、それから約10年試行錯誤して、ようやくこの映画を作ることができました」

ソン監督自身の、マッチメーカーとして働いた経験から本作の物語は生まれた Copyright 2025 [c] Adore Rights LLC. All Rights Reserved
ソン監督自身の、マッチメーカーとして働いた経験から本作の物語は生まれた Copyright 2025 [c] Adore Rights LLC. All Rights Reserved

その10年間、脚本に向き合う際にソン監督が大切にし続けた概念がある。韓国語で「초심(チョシム)」、つまり日本語でいうところの“初心忘るべからず”だ。「創作活動の場では、『初めての心に戻れ』とよく言われます。前作(『パスト ライブス/再会』)を作ったから、次はそれを踏まえて、なんてことには絶対にならない。常に初めての心から始まるんです。だからこそオリジナルのストーリーであり、オリジナルの脚本であり、ダコタが加わるまでルーシーは存在しなかった。“ルーシー”は、ページの上の言葉でしかなかったんです。だから、多くのことは映画の中で生まれなければならないし、映画の中で発明されなければならないと思います」

ジョンソンが演じるルーシーは、ウィットに富み、仕事においては鋭くスマートに立ち回れるのに、自分自身の恋愛に関しては悩みが絶えない女性。ジョンソンはルーシーのキャラクター造形において、ノーラ・エフロン作品やビリー・ワイルダー、ジェームズ・L・ブルックスの映画を参照しつつ、なにより身近にいるパブリシストなど対人業務で働く女性たちからインスピレーションを得たそうだ。

ルーシーは、ニューヨークの結婚相談所で働く凄腕マッチメーカー Copyright 2025 [c] Adore Rights LLC. All Rights Reserved
ルーシーは、ニューヨークの結婚相談所で働く凄腕マッチメーカー Copyright 2025 [c] Adore Rights LLC. All Rights Reserved

「ニューヨークで生きている、神経質で頭がよく、てきぱきと働く女性たちのことを思い浮かべていました」とソン監督も語る。「そんな女性に合う仕事はなんだろう?と考えた時、クライアントと向き合う仕事の場に多くの働く女性がいる、という答えに行き着きました。エージェント、マネージャー、パブリシスト…誰もが共感できる設定だと思います」

「ルーシーには強さと情熱と、同時に無邪気さがあって、それがおもしろい対比をなしています」(ジョンソン)

仕事とプライベートのギャップが、ルーシーというキャラクターの魅力でもある Copyright 2025 [c] Adore Rights LLC. All Rights Reserved
仕事とプライベートのギャップが、ルーシーというキャラクターの魅力でもある Copyright 2025 [c] Adore Rights LLC. All Rights Reserved

撮影前の数か月を監督との対話に費やしたジョンソンは、ルーシーという人物の本質的な矛盾をこう語る。「ルーシーには強さと情熱と、同時に無邪気さがあって、それがおもしろい対比をなしています。仕事上は表面的な条件で人々を引き合わせながら、自分自身のこととなると、それでは心が踊らないと気づいてしまう。彼女にとって、どちらを選ぶことも怖いんですよね。私自身もそこに共感する部分がありました。仕事をしている時は『ああ、これはできる、こうすればいい』ってわかるのに、家に帰ると『私の人生、いったいどうすればいいの?』ってなってしまう(笑)」

ソン監督はルーシーの複雑さを、“自己嫌悪”とも結びつけて語る。「クライアントのために完璧に立ち振る舞いながら、内側はボロボロ。その矛盾こそがルーシーのキャラクターの核心なんです」

『パスト ライブス/再会』でソン監督の世界に魅了されたというジョンソン Copyright 2025 [c] Adore Rights LLC. All Rights Reserved
『パスト ライブス/再会』でソン監督の世界に魅了されたというジョンソン Copyright 2025 [c] Adore Rights LLC. All Rights Reserved

ジョンソンは、『パスト ライブス/再会』がサンダンス映画祭で初披露されてすぐに評判を聞きつけ、上映に駆けつけたという。「映画を観て、すごいと思いました。心がかき乱されました」と当時を振り返る。その後も繰り返し鑑賞し、深く魅了されていた彼女は、翌年のアカデミー賞の頃にソン監督と初めて対面する機会を得た。しかし、すでに次回作のキャストは決まっていると思い込んでいたため、「軽くランチをするだけだと思った」とジョンソンは思い返す。

実際に会って直感的にジョンソンがルーシー役にぴったりだと確信したというソン監督(写真左) Copyright 2025 [c] Adore Rights LLC. All Rights Reserved
実際に会って直感的にジョンソンがルーシー役にぴったりだと確信したというソン監督(写真左) Copyright 2025 [c] Adore Rights LLC. All Rights Reserved

ソン監督のほうはといえば、テーブルを囲みながら、すでに心を決めていた。「ルーシーのソウルメイトを探すとしたら、この人だと感じた。言葉では言い表せないけれど、確信したんです」。ランチが終わる前に、「ダコタがルーシーだと思う」と、プロデューサーへメッセージを送ったという。

「これは、映画の中でキャラクターが変化する物語なんです」(ソン監督)

ソン監督が『マテリアリスト 結婚の条件』を通じて問いかけているのは、真実の愛が資本主義の論理に侵食されつつある現代への、静かな、しかし鋭い抵抗だ。「仕事では、上司に必要とされたい、クビにされないように如才なく振る舞いたいという欲求がありますよね。私たちは自分自身を商品として扱い始めている。だからこそ映画の最重要セリフは『私は商品じゃない、人間です』なんです」

リッチで完璧なはずのハリーが、ルーシーに弱みを見せる場面も… Copyright 2025 [c] Adore Rights LLC. All Rights Reserved
リッチで完璧なはずのハリーが、ルーシーに弱みを見せる場面も… Copyright 2025 [c] Adore Rights LLC. All Rights Reserved

ジョンソンも言葉を重ねる。「ルーシーの人生を振り返った時、最もロマンティックなことは彼女が“彼”を選んだことです。富ではなく、愛の人生を選んだ。リッチでなければ、痩せていなければ、成功しなければという刷り込みの中で、彼女は愛を選んだ。それこそが世界で最もロマンティックなことじゃないでしょうか」

ソン監督もこう続ける。「映画の始まりでは、ルーシーは愛を選べなかった女性として登場します。でも映画の終わりには、様々な経験を経て、愛を選べる人間になっている。だからこれは、映画の中でキャラクターが変化する物語なんです。演技でも、衣装でも、カメラの動き方でも、その変化を見てとれます。ひとりの女性が、より成熟した自分になっていく姿を」

【写真を見る】付き合っていた当時のように言い合いになるルーシーとジョン、2人が迎える結末とは? Copyright 2025 [c] Adore Rights LLC. All Rights Reserved
【写真を見る】付き合っていた当時のように言い合いになるルーシーとジョン、2人が迎える結末とは? Copyright 2025 [c] Adore Rights LLC. All Rights Reserved

条件をすべて満たした男と、心だけを差し出した男。ルーシーが最後に選ぶのは、価格のつけられないものだ。『マテリアリスト 結婚の条件』は、セリーヌ・ソンという“現代のジェーン・オースティン”が、ラブコメという形式を通じて描き出した現代の寓話である。

取材・文/平井伊都子

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