1. トップ
  2. エンタメ
  3. 30年前、元宝塚のトップ男役が少年剣士に憑依した 舞台で鍛えた発声が放つ「折れない強さ」

30年前、元宝塚のトップ男役が少年剣士に憑依した 舞台で鍛えた発声が放つ「折れない強さ」

  • 2026.6.19

『るろうに剣心』で緋村剣心といえば、いまは佐藤健の顔を思い浮かべる人が多いだろう。実写映画の殺陣のキレ、あの飄々とした笑み。だが30年前、剣心はまったく別の声で生きていた。しかもその声の主が、エンディングで自ら歌っていた。

涼風真世『涙は知っている』(作詞:山田ひろし/作曲:山崎利明)ーー1996年5月22日発売

1996年に始まったフジテレビ系のテレビアニメ『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』。その主人公・緋村剣心の声をつとめたのが涼風真世だ。

宝塚のトップ男役が明治の少年剣士の声に

涼風真世という名前に、宝塚を思い出す人もいるはずだ。月組のトップ男役として1990年に頂点へ立ち、1993年に退団した。男を演じる女性、それも華奢で中性的な種類の男役である。アニメの剣心の声は、その彼女がつとめた。実写の剣心しか知らない人にとっては、これだけでも意外な事実だろう。

宝塚のトップ男役から、明治を生きる少年剣士の声へ。この越境そのものが、すでにこの曲の聴きどころを準備している。男でも女でもなく、少年でも大人でもない。剣心という人物が抱えるその曖昧な輪郭に、男役で鍛えた中性的な声ほどしっくりくるものはなかった。

undefined
涼風真世-2005年5月撮影(C)SANKEI

芯を前に出して張り上げる声

剣心は、かつて人斬りだった過去を背負いながら、もう二度と斬らないと誓って生きる流浪人だ。腰は低く、語尾はやわらかい。だが芯には、誰よりも鋭い刃を隠している。やわらかさと強さの同居。その二面を、涼風の声は一身に引き受ける。

聴いてまず伝わってくるのは、その歌声の張りだ。ささやくように引いて聴かせるのではなく、芯の通った中性的な声を、まっすぐ前に出して歌い上げていく。大きな舞台で客席の最後列まで声を届けてきた人の、堂々とした発声がそこにある。語らせるのではなく、張らせて聴かせる。だからこの曲は、しんみり泣くより先に、背筋が伸びるような感触を残す。剣心が見せる、静かだが折れない強さ。それが歌声の質感そのものに宿っている。

止まらない哀しみという拍

テンポはゆっくり沈むものではなく、歩く速さより少し速いくらいの、推進力のあるミドルテンポ。開けた響きに乗って、曲は止まらずに前へ進んでいく。この「止まらなさ」こそ、剣心という人物によく似合っている。

剣心が背負う哀しみは、うずくまって泣くための哀しみではない。それを抱えたまま、それでも一歩ずつ前へ歩いていくための哀しみだ。沈んでいくバラードではなく、前を向くミドルテンポ。哀しみを噛みしめて立ち止まるのではなく、哀しみごと歩き出す。曲の作り全体が、そういう剣心の生き方をなぞっている。

声を当てた人物を、自分の歌で見送る

エンディング曲は曲として独立して存在し、たまたま作品に寄り添う曲も現代は少なくない。だがこの曲は、歌い手と登場人物が同じ一人だ。剣心が背負う影と、涼風が歌に込める影が、別々のものではない。だから多くの人は、これを「剣心が歌っている曲」として記憶している。キャラクターの内面が、声を通って、そのまま歌に流れ込んでいる。

そしてこの歌は、涼風真世という歌い手の、本格的な始動の時期に置かれた一曲でもある。退団まもない1994年に『哀しみの星座』を出し、本作と同じ1996年には1枚目のアルバム『MINE』を、翌1997年には『ずっと…』を発表した。声優としての顔が広く知られる一方で、その裏では、一人の歌い手としてのキャリアが着実に積み上がっていた。

アニメの声を当てる人が、たまたま余技で一曲歌った、という話ではない。舞台で鍛えた表現力を持つ歌い手が、自分が声を与えた人物を、自分の歌で見送ったのだ。

歌い終えてもなお残る役の体温

実写の剣心が広く知られたいま、アニメの剣心の声を、まして本人が歌ったエンディングまで知る人は、決して多数派ではない。だが一度知ってしまえば、忘れられない種類の一曲だ。

役を演じ終えた俳優の多くは、撮影が終われば役を脱ぐ。声優であればなおさら、声は次の役へと移っていく。けれど涼風真世は、この一曲のなかに剣心を連れて帰った。役と歌い手が地続きだったぶん、歌い終えてもなお、その声には剣心の体温が残っている。

演じた人が、その役の心をまっすぐ歌い上げる。そんな一致を、この数分間はまるごと抱え込んでいる。だから30年たっても、この声は色あせない。剣心が確かにそこで前を向いていた、その証拠のように響き続ける。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

の記事をもっとみる