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三谷幸喜に“鍛え上げられた”ベテラン俳優。主役を極限まで泳がせる「受け芝居の絶対的王者」とは

  • 2026.6.29
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2014年8月、ドラマスペシャル『遺留捜査』制作発表に登場した甲本雅裕(C)SANKEI

主役の隣で、相手の出方を待つ。台本にある台詞を覚えるだけでは足りない。相手が次に何を言うかわからない瞬間に、表情を一段落として、その場で受ける。甲本雅裕の芝居は、その身体ひとつでできている。

湾岸署の入り口に立つ警官、科捜研の白衣、家康に名を呼び違えられる近習、北の獣医ドラマの先達。役の肩書きは違うが、画面での仕事はいつも同じだ。主役が立てた波を、静かに整える側に回る。シリーズが続くたびに必ず戻ってくる男。その芯にあるのは、受けに回れる身体である。

即興を受ける身体は劇団で鍛えられた

岡山に生まれ、大学を出てアパレル会社に勤めたあと、梶原善に誘われて1989年に東京サンシャインボーイズに入った。三谷幸喜が主宰する劇団である。1994年に劇団が活動を休止するまで、甲本はほぼ全作品に出続けている。

三谷の集団喜劇は、決められた台詞を回しながら、その場で互いの間合いに反応する芝居を要求する。一人で前に出るのではなく、誰かが投げた即興をその場で受け、画面の温度を整える。20代後半の身体に、その感覚が染みついた。後年、シリーズに呼び戻され続ける脇役としての足腰は、この劇団の稽古場ですでに鍛えられていた。

長期シリーズが手放さない受けの席

1997年、フジテレビ系『踊る大捜査線』。湾岸署の入り口に立つ制服警官・緒方薫として、甲本は「シリーズ常連」の席を得た。台詞の少ない定点である。

以後、強行犯係主任、勝どき署総務課長と肩書きを変えながら、本編・劇場版・スピンオフを跨いで緒方であり続けた。そして2024年公開の映画『室井慎次』2部作で、12年ぶりに緒方が画面に戻る。警部補に昇任した姿で、織田裕二の不在を埋めるように、シリーズの記憶を背負って立った。

画面に映る時間の長さで言えば、緒方は脇である。しかしシリーズをまたいで同じ役者が同じ顔で戻ってくることは、観る側にとって作品世界が地続きであることの証になる。派手な見せ場のない俳優にこれだけ長く役を任せ続けるシリーズの判断は、現場が甲本の何を信頼してきたかを物語っている。受けに回れる身体、その一点である。

主役を泳がせる受けの厚み

2011年から始まったテレビ朝日系『遺留捜査』シリーズで、甲本は科学捜査研究所の係官・村木繁を演じている。上川隆也演じる糸村聡との掛け合いは、ファンに「糸村木シーン」と呼ばれて作品の核として定着した。

糸村はやや突拍子もない発想で証拠を読み解く刑事である。村木の役柄は、その発想を科捜研の冷静な側からそっと回収する位置にある。相手が即興で動かす台詞のテンポに、白衣の佇まいを崩さず合わせ、画面を一定の温度に整える。

10年以上という長さで、一人の脇役が一つの掛け合いを担い続けられる例はそう多くない。糸村役の上川がのびのびと暴れられるのは、隣で受ける村木の身体が揺らがないからだ。受けに回れるという芯が、このシリーズでいちばん厚く積まれた。

脇が一場面で物語の中心を引き受ける

2023年、NHK大河ドラマ『どうする家康』で甲本が演じた夏目広次は、家康に名前を間違え続けられる近習役だった。脚本上は、序盤から繰り返される「名前を覚えてもらえない」という、笑いと哀しみが同居する伏線である。地味な近習に長く小さな笑いを背負わせ、それを最終局面で一気に反転させる構造だ。

その伏線は、三方ヶ原の戦いを描いた第18回で回収される。武田信玄に追い詰められた家康を逃すために、夏目が身代わりを志願する場面だ。

重く沈ませず、どこか軽みを残したまま最期に向かう。画面の脇に長く佇んでいた俳優が、ある一場面だけ物語の中心を引き受ける瞬間が、ここで静かに成立した。集団喜劇出身という出発点と、踊るや遺留捜査で積み上げてきた受けの身体が、大河の決定的な一場面に収束した瞬間でもある。

受け続けた身体が新しい現場で並ぶ

2025年、NHKドラマ『リラの花咲くけものみち』で、甲本は大動物専門の獣医師・能見正也を演じた。山田杏奈演じる主人公・聡里に、獣医という職業の現実を教える、現場の先達役である。北海道の牧場で、産業動物と向き合う側の身体を背負う仕事だ。

2026年夏放送予定の続編『リラの花咲くけものみち2』にも甲本の続投が発表されている。新たに加わる出演者には、遺留捜査で長く隣に立ってきた上川隆也の名前もある。別シリーズで掛け合いを受け続けてきた身体が、北の現場で、もう一度同じ画面に並ぶことになる。

受けに回れる男は、シリーズに残る男になる。湾岸署の定位置、科捜研の白衣、大河の身代わり、そして北の牧場の先達。肩書きはそのつど違うが、画面でやっている仕事はいつも同じだ。誰かが投げた即興を、静かに受けて、画面に整える。甲本雅裕というバイプレイヤーのキャリアは、その一つの芯だけで30年以上立ってきたのである。


※記事は執筆時点の情報です

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