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17年前、R-1を沸かせた“サングラスの怪しい芸人”。月9からNHK朝ドラまで…引っ張りだこの「異色の俳優」とは

  • 2026.6.26
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2009年2月、「R-1ぐらんぷり2009」で決勝に進んだ夙川アトム(C)SANKEI

業界用語を流れるように連発しながら、紙芝居をめくる怪しい男がいた。サングラスに肩掛けセーター、バブル期のテレビ業界人を思わせる出で立ち。意味は分からない。それでも、その業界人風のメロディアスな口跡には、不思議な確信と、温度がある。

夙川アトムという芸人が世に知られたのは、この業界用語の紙芝居というネタだった。あの怪しい男はいま、話題のドラマで世界史教師として教壇に立つ。覇気がなく、どこか疲れていて、職員室では俯瞰した目線で周囲を見ている。

芸人時代は、業界人を演じる温度を作り込んで「上げて」いた。俳優になってからは、その温度を逆方向に「抜いた」。芸の振れ幅を、夙川は逆向きに使ってきた。

業界用語の紙芝居から始まった

夙川のキャリアは、芸人から始まっている。1999年に結成したトリオ「昭和サーカス」を経て、ピン芸人になった。そして2008年頃からTBS系『あらびき団』で世に知られていく。代表ネタが、業界用語の紙芝居だ。

サングラスに肩掛けセーター。バブル期のテレビ業界人を思わせる出で立ちで、紙芝居をめくりながら、童話や昔話を業界用語に置き換えて流れるように語っていく。ネタの肝は、業界人を演じる口跡のメロディにある。流れるようなリズムで業界用語を連発し、滑らかな調子の繋ぎに、ふっと微妙な違和を忍ばせる。テロップがないと意味が分からないほど業界用語の密度が高い。観ているこちらは、意味よりも音と佇まいの違和で笑っている。

業界人を、徹底的に作り込んで演じる芸人。それが芸人・夙川アトムの正体だった。2009年のR-1ぐらんぷりでは、サバイバルステージから決勝へ進出。決勝ではよい結果とならなかったが、それでも圧倒的な演技力はものすごいインパクトだった。

22分の短編で、映画初主演を任された

転機は2010年に来る。オムニバス映画『シティボーイズのFilm noir』の中で、沖田修一監督がメガホンをとった『俺の切腹』。シティボーイズの舞台公演の番外編として制作された4本の短編集の一編で、上映時間は22分。役どころは、武士の柿生惣三郎。幕府の陰謀で切腹を命じられ、辞世の句に頭を悩ますという滑稽な役だ。

ここに、夙川の俳優としての出発点がある。商業長編の主演ではない。シティボーイズの番外編という、世間の主流からは外れた場所だ。夙川は、その「ふつうではない場所」から俳優としての歩みを始めた人である。

そして、芸人時代に作り込んだ業界人の温度は、ここには一切持ち込まれていない。業界人風のメロディも、紙芝居の音響密度も、すべて手放している。武士・惣三郎を演じる夙川は、芸人時代の語りの呼吸だけを残して、温度を一段抜いていた。

芸の道具は手放して、芸の身体だけを連れてきた。残すべきものを正確に選んだ人だけが、向こう岸に渡れる。

月9から朝ドラへ。役者としての飛躍

俳優専業に踏み切ったのは2012年。1年目から、夙川はフジテレビ系の月9に立て続けに出ている。『鍵のかかった部屋』と『リッチマン、プアウーマン』。

夙川は、主役の感情が大きく揺れる横で、淡々と立つ。その落差が、まわりの熱を引き立てる。月9のような群像の中で、ひとり温度を抜いている人がいるだけで、画面の奥行きが変わる。「いると締まる」即戦力。芸人としての饒舌を捨て、温度を抜いた俳優として、夙川は信用を勝ち取った。

夙川の口跡がもっとも長く効く場所が、朝ドラだった。2016年から2017年のNHK連続テレビ小説『べっぴんさん』。演じた小山小太郎は、「◯◯ですから」が口癖の百貨店員だ。この役は人気が出て、スピンオフ『恋する百貨店』で主役級にまで育った。

2019年から2020年の『スカーレット』では、池ノ内富三郎を演じた。陶芸家・深野心仙の一番弟子で、視聴者から「1番さん」と呼ばれて親しまれた役だ。

ここで見えてくるのが、夙川の置かれる位置である。朝ドラには、ヒロインの激情を受け止め、日常を淡々と回し続ける脇役の指定席がある。物語が泣いたり笑ったりするその横で、生活の温度を一定に保つ役どころだ。

夙川は、この席にぴたりとはまる。温度を抜いた口跡は、騒がしい朝の連続劇の中で、ちょうどいい体温の場所を作る。業界人を演じて温度を作り込んでいた芸人が、俳優としては最も温度を抜いた人になる。この振れ幅の広さが、ほかの俳優にはなかなか出せない。

覇気のない教師に発注された確信

そして2026年、夙川は新しい場所に立つ。フジテレビ系ドラマ『GTO』。演じる村山春樹は、覇気がなく、どこか疲れた様子の世界史教師だ。職員室では、問題を俯瞰して深入りしない。生徒思いでまっすぐな鬼塚に触れ、自分はこのままでいいのか、と問い直し始める側の人間である。

この役は、夙川がたどり着いた地点そのものだ。覇気がない。深入りしない。温度を抜いている。並べてみると、これは欠点の羅列ではなく、夙川が芸人時代から振り幅で磨いてきた技術の名前である。

村山の脱力は、だらしない脱力ではない。口調の確信だけは残したまま、感情だけを下げている。

業界用語の紙芝居で、業界人を作り込んで演じた男。22分の短編から、芸人の饒舌を捨て俳優の身体だけで始まった男。月9と朝ドラで、温度を抜いたまま必要とされ続けた男。覇気のない世界史教師を、確信のある脱力で立たせられるのは、この振れ幅を生きてきた人だけだ。

業界人を演じることから始まった人が、いま、温度を抜いた教師の教壇に立つ。夙川アトムは、芸の振れ幅をいちばん広く使える俳優である。


※記事は執筆時点の情報です

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