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20年前、明るいコーラスの裏にしまわれていた“叙情” 見上げた夜の記憶に残る「今こそ聴きたい名曲」

  • 2026.6.25

20年前の夏の終わり、見上げた夜空に、いまにも降ってきそうなほどの星があった。

声だけで世に出たグループがいる。楽器を持たず、人の声だけで音楽を組み立てる、男性アカペラ/コーラスグループのRAG FAIR。明るく弾むハーモニーで知られた彼らが、その夏、ふいに静けさのほうへ足を踏み出した。

RAG FAIR『降りそうな幾億の星の夜』(作詞:井手コウジ・引地洋輔/作曲:井手コウジ)ーー2006年6月14日発売

看板の声を絵の具に変えて

アカペラの面白さは、人の声だけで伴奏も打楽器も作ってしまうところにある。メロディも、リズムも、低音も、すべて口から生まれる。彼らはその芸で世に出て、声の多彩さそのものを看板にしてきた。だからこそ、この曲の作りは意外に映る。

土台にあるのは、ピアノを軸にしたしっかりした演奏だ。声で全部をまかなうのではなく、楽器が描く風景の上に、コーラスをそっと重ねていく。ピアノが夜の輪郭を引き、その余白にハーモニーが滲んでいく。歌声は夜の色を深めるための絵の具のように、静かに広がっていた。

いちばん音が減る場所で、いちばん泣ける

この曲が連れていくのは、夏の終わりの夜だ。昼の暑さが少しだけ和らぎ、湿った夜風に虫の音がまじる。そして見上げれば、こぼれ落ちそうなほどの星。日本の七夕の情緒に近い、和の静かな郷愁が全体を包んでいる。派手な異国情緒ではなく、縁側で夜空を仰ぐような、どこか懐かしい手触りだ。

聴きどころは、曲がいちばん静まる落ちサビにある。音数がすっと減り、声の重なりだけが残る瞬間。そこでのコーラスの細やかな動きと、声と声が重なっていくタイミングが、胸の奥をやわらかく締めつける。派手な見せ場で泣かせるのではなく、いちばん音が少なくなった場所でいちばん泣ける。その静けさの設計こそ、この曲の心臓だ。

明るいハーモニーで鳴らしてきた彼らだからこそ、声を抑えた時にできる余白が、これほどまでに効く。にぎやかに歌える人たちが、ふっと黙る。その一瞬の沈黙が、星空の奥行きをそのまま耳に届ける。

そして、伴奏が引いても曲が冷たくならないのは、最後に残るのが人の声だからだ。打ち込みの均一な音色とちがって、重なり合った肉声には、わずかな揺れと体温がある。冷たく遠い星空を歌いながら、聴いていてどこか温かいのは、その声の手ざわりのおかげだ。手の届かない夜空と、すぐ隣にいる人のぬくもり。その同居が、この曲の郷愁をいっそう深くしている。

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2009年2月、ミュージカル「ザ・ヒットパレード」で、クレージキャッツ役を演じたRAG FAIR(C)SANKEI

弾む笑顔の裏にしまっていた叙情

RAG FAIRといえば、弾むようなコーラスの明るい歌を思い浮かべる人が多いだろう。実際、彼らの代表曲には『恋のマイレージ』のような、聴いていて頬がゆるむ明るさがある。屈託のない笑顔のような音楽が、彼らの真ん中にはある。

そんな彼らが、同じ夏でも、笑顔ではなく静かなまなざしのほうを歌った。前作『Summer Smile』からおよそ1年ぶりのシングルで、この後に出る3枚目のアルバム『オクリモノ』へ向かっていく時期にあたる。

陽気なグループという看板の裏に、これほど繊細な叙情をしまっていた。明るさと静けさは、同じ歌い手の中で背中合わせに並んでいる。その意外な一面を知ると、彼らの音楽の奥行きが急に深く見えてくる。

数字ではなく夜空の記憶に残る歌

大きなヒットとして語り継がれる曲ではないかもしれない。それでもこの一曲は、数字とは別の場所で生き続けている。夏の終わりに夜空を見上げた時、ふいに耳の奥でこのメロディが鳴り出す。そういう種類の名曲だ。

声を張り上げず、星のほうへ静かに差し出された歌。きらびやかな実績ではなく、見上げた夜の記憶と結びついて残る曲がある。20年たって、また星の多い夜が巡ってきたら、そっと再生してみてほしい。あの静けさは、いまも少しも色あせていない。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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