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金が錆びない「新しい理由」を発見――単に酸素と反応しないだけではなかった

  • 2026.5.22
金が錆びない「新しい理由」を発見――単に酸素と反応しないだけではなかった
金が錆びない「新しい理由」を発見――単に酸素と反応しないだけではなかった / Credit:Canva

3000年以上前にエジプトで作られたツタンカーメンの黄金のマスクは、いまも美術館の照明のなかで美しく輝いています。

鉄なら数年で赤茶色の錆に覆われ、銀のスプーンも放っておけば黒ずんでしまうのに、金だけは何千年経っても、あの黄色い光を失いません。

これは、考えてみるとずいぶん不思議なことです。

なぜ、金だけが特別なのでしょうか。

これまでの答えは、わりと素っ気ないものでした。

「金は酸素と非常に反応しにくい金属だから」――教科書にも、雑学本にも、たいていそう書いてあります。

ところが、その答えがどうやら”半分”でしかなかったことが、最新の研究でわかってきました。

アメリカのチューレーン大学(Tulane University)で行われた研究により、金の表面では、原子たちが”防御陣形”を保ち、酸化を引き起こす酸素原子の発生速度を、10億分の1から1兆分の1という極端な水準まで抑え込んでいた可能性が示されました。

金が朽ちないのは、ただ”性質”の問題ではありませんでした。

金の表面では、目に見えない世界で、原子たちが今この瞬間も静かに働き続けていたのです。

論文ではもし表面の防護構造が適切に作られなければ金は通常環境でも速く酸化する可能性が高いと述べています。

その成果は大きな注目を浴びており、研究内容の詳細は2026年5月21日、物理学のトップ誌『Physical Review Letters』に掲載されました。

そこで今回は「なぜ金が錆びないか?」という話の前に「そもそもなぜ金が金色なのか?」という部分から見ていきたいと思います。

実はその理由も、想像以上に面白いものです。

目次

  • そもそも、金はなぜ”金色”なのか
  • 金が錆びないもう一つの理由が見えてきた
  • 表面防御がないと金はすぐに錆びる金属だった
  • 「酸素を割るのが苦手」な金を触媒にできるかもしれない

そもそも、金はなぜ”金色”なのか

そもそも、金はなぜ
そもそも、金はなぜ"金色"なのか / Credit:Canva

ほとんどの金属は「銀色」をしています。

鉄も、アルミも、ニッケルも、銀そのものも、みんな似たような銀灰色です。

それなのに、金は「金色」です。

では、なぜ金だけ、あんな色をしているのでしょうか。

答えは、原子のなかで電子がどう動いているか、という話につながります。

物体に色がついて見えるのは、ざっくり言えば、その物体の電子がどの色の光を吸い込み、どの色の光を返してくるかで決まります。

ふつうの金属では、電子があらゆる色の光をまんべんなく反射します。

だからすべての色が混ざって、私たちの目には銀色に見えるのです。

ところが、金は事情が違います。

金の原子は重く、その中心にある原子核の引力も強い。

すると、そのまわりを飛ぶ電子は、ものすごい速さで動かないと、原子核に引きずり込まれてしまいます。

どのくらいの速さかというと――なんと光速の半分以上にもなります。

金が金色なのは相対性理論で説明できます
金が金色なのは相対性理論で説明できます / Credit:最も原子核に近い電子の速度。金はその速度が光速の58%にも達する

この光速の58%という速度は他のよく見る「銀色」の金属と比べて圧倒的です。

そして光速に近い速度で動くものには、アインシュタインが発見した「相対性理論」の効果が現れてきます。

光速に近づくにつれて、金の電子は”重く”なり、その影響は金の電子軌道全体に大きな影響を与えます。

その結果、金の電子は青い光を吸い込みやすい状態になり、逆にそれ以外の色が反射しやすくなるわけです。

結果、私たちの目に残るのが――黄色なのです。

金が金色なのは相対性理論のお陰というわけです。

さて、金が”金色である理由”はわかりました。

では金は、その輝きをなぜ何千年も保てるのでしょうか。

金が錆びないもう一つの理由が見えてきた

金が錆びないもう一つの理由が見えてきた
金が錆びないもう一つの理由が見えてきた / Credit:Canva

・これまでの説明:金は酸素と”あまり仲良くしない”金属

金属が時間とともに変色していく現象を、私たちはふだん「錆び」と呼びます。

化学の言葉では、これを「酸化」と言います。

ところが、金はこの酸化が、とても起こりにくいのです。

理由はシンプルで、金は自分の電子を強く抱え込む性質を持っているからです。

一方で、酸素は逆に「電子をもらいたがる」性質を持っています。

化学反応というのは、ざっくり言えば原子同士の電子のやり取りですから、片方が「あげたくない」、もう片方が「ほしい」では反応が進みません。

酸素が「ねえ、ちょっと電子を分けてよ」と話しかけても、金は「やだよ」とつれない返事をする。

鉄や銀はそこですぐ電子を渡してしまうので、表面が次々と変色していきますが、金はぜんぜん渡そうとしないので、いつまでも美しいまま――というイメージです。

この説明自体は、間違っていません。

しかし最近、研究者たちは「この説明だけで、本当にあの異常な錆びにくさを語れているのだろうか」と疑い始めました。

実際、金の酸化されにくさは、金が電子を守り切るだけでは十分に説明しきれないこともわかってきました。

そうなると、金には隠れた「錆から守る仕組み」があることになります。

・新たな発見:金の「錆びなさ」は二重ロックのお陰だった

金が錆びないのは何か、もっと別の仕組みがあるのではないか。

2026年5月21日、米チューレーン大学のサントゥ・ビスワス氏とマシュー・モンテモア氏が、既存の仕組みのほかに「もう一つの仕組み」を突き止めたとする論文を発表しました。

研究を率いたモンテモア氏は「これまで多くの人は、『金が変色しないのは、単に酸素と強く反応しないからだ』と考えてきました。しかし私たちが今回明らかにしたのは、ごくありふれた金の表面で、原子そのものが並び替わることによって、金がはるかに酸化されにくくなっているということなのです」と述べています。

つまり金は酸素から自分を守るために二重の防護壁を持っていたのです。

1つ目の防御壁は先に紹介した「電子をあまり手放さない、酸素と仲が悪い」という金そのものの性質です。

言ってみれば自分の電子を酸素から守り切る「1個の金原子が持つ電子保護能力」です。

今回新たにわかった2つ目の防御は「表面の原子が、酸素を寄せつけない陣形を組んでいる」という現象です。

1つ目が金原子1個の個人的才能だとすれば、新たに発見された防御は金原子たちによるチームプレイでの防護です。

論文によれば、この「チームプレイ」とは、表面の原子たちがハチの巣のような六角形の陣形を組むことだといいます。

では、もしこの六角形の陣形が組めなかったら、金はいったいどうなってしまうのでしょうか。

研究者たちがコンピューターシミュレーションを行ったところ、六角形の盾を持つ表面は、酸素との反応を10億分の1から1兆分の1にまで抑えることがわかりました。

逆を言えば、もし金表面にこの「六角形の盾」が無かったら、酸素との反応が最大で1兆倍早く進み、ふつうの環境下でも、酸素との反応がかなり進みやすくなっていた可能性があります。

これは、なかなか衝撃的な指摘です。

私たちは長らく、金が錆びないのは「金原子そのものが酸素と取引しないから」だと思い込んできました。

しかし金が本当に錆びにくいのは、原子が表面で六角形の盾を組み続けてくれているおかげ。

もしこの並び替えが起こらない世界線があったとしたら、ツタンカーメンのマスクも、結婚指輪も、ずっと前にくすんでいたかもしれないのです。

しかし、なぜ表面に六角形の陣形を組むことが、それほどまでに有効なのでしょうか?

表面防御がないと金はすぐに錆びる金属だった

表面防御がないと金はすぐに錆びる金属だった
表面防御がないと金はすぐに錆びる金属だった / Credit:Canva

どうやって表面の六角形が金を錆から守っているのか?

ここで思い出してほしいのは、空気中の酸素は、ふだん原子が2個ペアになった「酸素分子(O₂)」のかたちで漂っているということです。

このペアが金属と本格的に反応するためには2つをバラバラに引き離す必要があります。化学では、こうしてペアが2つに分かれることを「解離(かいり)」と呼びます。

解離してバラバラになった酸素原子1個1個が金属にくっつくことで、ようやく酸化が本格的に進んでいくのです。

そして、このペアを引き離すには、ちょっとした「ひと押し」のエネルギーが要ります。

通常は外部からエネルギーを叩き込んでやる必要がありますが、化学の世界にはペアの2人それぞれに、ペアでいるよりも居心地のいい「行き先」を用意してあげるというやり方があります。

たとえばスッポリとはまり込んで居心地がよくなるスキマなどです。

このようなスキマは、実は金属の表面にはたくさんあります。

というのも金属の原子は周囲の電子たちも含めると、丸いボールに近い形をしています。

そして同じボールでも、並べ方によって、ボールとボールのあいだに残るすき間の大きさは、ずいぶん変わってきます。

たとえば、ビー玉を碁盤のマス目のように整列させた場合、1個のビー玉のまわりには4つの仲間しか接していません。

そのため、ビー玉が4つ集まったところどころに、ひし形のけっこう大きなすき間がぽつぽつと残ります。

このひし形のへこみは、バラけた酸素原子1個1個がちょうど腰を下ろせるサイズになっています。

スキマにすっぽりはまり込むと、底や側面の何個もの金原子が、酸素分子をいっせいに掴めるようになります。

たくさんの金原子に同時に手をかけられた酸素ペアは、引き伸ばされてほどけやすくなるのです。

つまり、酸素が金属を変えるには、3つの関門があるわけです。

・関門① まず、酸素分子が金属の表面に近づく
・関門② 次に、酸素分子の手をほどく
・関門③ そして、ほどけた酸素が金属にくっつく

ところが金の場合は、表面がハチの巣のように六角形の並び方をしていました。

1個のビー玉のまわりに6つの仲間がぴったり寄り添う感じです。

このときできるスキマは、かなり狭い三角形型です。

酸素原子1個ですら、そこに腰を下ろすには居心地が悪すぎる。

さらに「ほどいたあと、2人が座れる場所がない」――そうなると酸素分子を解離させる引っ張りも起こりにくく、起きたとしても2つの原子がバラバラになれるほど空間的余裕がなくさらに解離しにくい、という条件が重なります。

結局、酸素はペアのまま、金の表面をふらふらと漂うしかなくなるのです。

・表面の「六角形」は、どこから来ているのか?

金の塊の内部では、ひとつの金原子は12人ものご近所さんにぐるりと囲まれて、ぎゅっと落ち着いています。

ところが切ったり磨いたりすると、内部にいた原子が突然「表面」に出されてしまいます。

上半分が空気の世界になり、まわりの仲間の数も急に減ってしまうのです。

このとき、表面の原子が何人のご近所と接していられるかは、金属の塊をどの向きで切ったかによって変わります。

野菜を真っ直ぐ切るか斜めに切るかで、断面の見え方が違ってくるのと同じです。

そして、金の表面に六角形が現れるルートは、大きく2通りあります。

ひとつは、最初は仲間が少なくスカスカで現れる切り口(専門的にはAu(110)やAu(100)と呼ばれる面)です。

仲間が少なくて落ち着かない原子たちは、ほんの数秒のうちに自分から動きはじめ、もっと仲間の多い六角形の並び方へと自前で組みなおします。

もうひとつは、もともと六角形に近い並びを持って現れる切り口です(金の中でもっとも安定な面で、専門的にはAu(111)と呼ばれます)。

こちらは別の研究からよく知られている話で、ふつうの指輪や金貨など実物の金製品に多く現れる代表的な顔つきです。

今回の論文の中心はAu(110)とAu(100)の並び替えですが、より広く「六角形に近い金表面はどれも酸素を割りにくい」という傾向も同時に示されました。

並び替えを経てたどり着く六角形と、最初から完成している六角形。入口は違っても、ゴールはどちらも同じ「六角形の陣形」です。

ですから今回の発見は、特別な表面だけの話ではありません。

私たちが普段、指輪を眺めたり金貨を手にしたりするその表面でも、似た仕組みが効いていると考えられます。

「酸素を割るのが苦手」な金を触媒にできるかもしれない

「酸素を割るのが苦手」な金を触媒にできるかもしれない
「酸素を割るのが苦手」な金を触媒にできるかもしれない / Credit:Canva

ちなみに、ここまでの「金属の表面で分子のペアをほどく」という話に、どこかで聞いた覚えがある人もいるかもしれません。

これはまさに、触媒(自分自身はあまり変わらずに、ほかの分子の化学反応を進めてくれる物質)の働き方そのものなのです。

たとえば白金(プラチナ)やパラジウムといった金属は、その表面で酸素分子のペアを次々とほどき、反応をスムーズに進める「働き者の触媒」として知られています。

自動車の排ガス浄化装置で活躍しているのも、まさにこの仲間です。

ところが金は、酸素分子をほどく触媒としては、かなり不器用すぎる表面を持っています。

六角形の盾をびっしり敷き詰め、酸素分子に足場をひとつも与えてくれないからです。

宝飾品としては最高の美徳である「酸素と関わらない性質」が、触媒の世界では最大の弱点になる――。

金は、まったく同じひとつの仕組みを使って、宝飾品の世界では英雄を、触媒の世界では落ちこぼれを演じている、なんとも不思議な金属なのです。

ところが今回の研究は、この弱点に対しても、ひとつの道筋を示しました。

裏を返せば、金の表面に組まれた六角形の陣形を、何らかの方法で乱すことができれば、金は酸素と反応しやすくなり、特定の酸化反応では、酸素分子を分解しやすい金触媒へ近づけられる可能性がある、ということになります。

「金は、なぜ錆びないのか」がわかったからこそ、その仕組みを部分的にオフにする方法も見えてくる、ということです。

宝飾品として身につけるときは、原子の盾はそのままに。

化学工業で働かせたいときには、盾を一時的に外す。

そんな使い分けが、いずれ可能になるかもしれません。

具体的な応用先としては、プラスチック原料となる酢酸ビニルの製造、自動車の排気ガスに含まれる一酸化炭素の浄化、酸化プロピレンという工業用の重要な化学物質の合成などが挙げられています。

これまでは、金触媒の性能を上げるために、金にほかの金属を混ぜたり、ごく小さな金の粒(ナノ粒子)を別の物質に貼りつけたり、というやり方が中心でした。

今回の研究はそこに、「表面の形そのものを操作する」という、もう一つの選択肢を加えたことになります。

宝飾品としての”錆びない金”。

触媒としての”働く金”。

このふたつを両立させる入り口に、研究は立ったのです。

金は「1人で電子を守る個人技」と「仲間と六角形を組むチームプレイ」の二重防御によって、その輝きをずっと守り続けてきました。

次にあなたが博物館でツタンカーメンの黄金マスクを見るとき、その表面ではいまこの瞬間も、無数の原子たちが六角形の陣形を組み続けているはずです。

3000年前から続いている、目に見えない「防御工事」のおかげで、あの輝きが、いま私たちの目に届いているのです。

参考文献

How does gold keep its glitter? Tulane University researchers uncover why it resists tarnish
https://www.eurekalert.org/news-releases/1129141

元論文

Role of Reconstruction in the Inertness of Gold toward Oxygen
https://doi.org/10.1103/g3bc-t1qv

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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