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凄惨なアザラシの死を生んだ『コルク抜き殺人鬼』——真犯人が、ついに姿を現した

  • 2026.5.12
凄惨なアザラシの死を生んだ『コルク抜き殺人鬼』——真犯人が、ついに姿を現した
凄惨なアザラシの死を生んだ『コルク抜き殺人鬼』——真犯人が、ついに姿を現した / Credit:Canva

イギリスのセント・アンドリュース大学(St Andrews)などの研究によって、世界最大のハイイロアザラシ繁殖地で40年にわたり原因不明だった赤ちゃんアザラシの大量死の「真犯人」が、同種の成体オスである可能性が高いと示されました。

この地域の赤ちゃんアザラシは口元から胸にかけて、まるでコルク抜きの螺旋のように皮膚を剥がされる、通称「コルク抜き状の傷」を負い死んでしまうことが知られていました。

これまではサメやボートのプロペラの仕業と考えられていましたが、実は同種のオスによる殺害が原因である可能性が浮上しました。

しかしなぜ彼らは、同じ種の赤ちゃんを襲うのでしょうか?

研究内容の詳細は2026年2月4日に『Marine Mammal Science』にて発表されました。

目次

  • 砂浜に並ぶ、奇妙な傷の死体たち
  • アザラシの赤ちゃんを襲う「コルク抜き殺人鬼」の正体
  • 765頭——「氷山の一角」という恐ろしさ
  • なぜオスたちは赤ちゃんを食べるのか?
  • それでも、科学者たちは「手を出すな」と言う

砂浜に並ぶ、奇妙な傷の死体たち

砂浜に並ぶ、奇妙な傷の死体たち
砂浜に並ぶ、奇妙な傷の死体たち / Credit:Canva

誰が赤ちゃんアザラシを殺しているのか?

カナダの東海岸から沖へおよそ290キロ。

風と砂しかないような、全長およそ42キロの細長い島があります。

名前はセーブル島。

冬になると、この島では毎年およそ8万頭ものハイイロアザラシの赤ちゃんが生まれます。

世界中のどの繁殖地よりも、ここで生まれる数のほうが多いハイイロアザラシの世界最大の繁殖地です。

ところがこの島には、40年近くにわたって科学者たちを悩ませてきた「未解決事件」がありました。

繁殖期のたびに、大量の赤ちゃんアザラシの死体が見つかるのです。

しかも、その傷のつき方が、どう見ても普通ではありません。

口元のあたりから胸に向かって、ぐるりと螺旋を描くように深い裂傷が走っています。

骨が見えるほどの深さなのに、体のほかの部分にはほとんど傷がありません。

まるでワインのコルク栓を抜くときのように、くるくると「ねじり取られた」ような跡なのです。

あまりに奇妙なこの傷は、いつしか研究者たちのあいだで「コルク抜き状の傷」と呼ばれるようになりました(学術的にはコルクスクリュー〈corkscrew〉と呼ばれます)。

いったい何者が、赤ちゃんアザラシにこんな傷を残しているのか。

1980年代以来、研究者たちは犯人を追い続けてきました。

2つの容疑者、2つのアリバイ

2つの容疑者、2つのアリバイ
2つの容疑者、2つのアリバイ / Credit:Canva

最初に疑われたのは、グリーンランドザメでした。

北大西洋の深海に棲む、体長6メートルにもなる巨大ザメです。

動きはゆっくりですが、大型獲物に噛みついた際、体をひねって肉を切り取るのではないかと推測されていました。

それなら、あの螺旋の傷も説明できる——というわけです。

一見、もっともらしい説でした。

実際この仮説は2010年の論文に書かれ、長らく「有力な答え」として扱われてきました。

しかし、致命的な問題が一つありました。

40年間、このサメがアザラシの赤ちゃんを襲う瞬間を見た人が、誰一人いなかったのです。

しかも近年の研究では、グリーンランドザメには獲物を強い吸引力で口元へ吸い込む「掃除機型」の摂食も確認されています。

つまり「噛みついて体をひねる」という派手な襲撃そのものが、実はあまり確かな根拠を持っていなかったのです。

もう一つの有力な仮説は、ボートのダクト付きプロペラでした。

回転するスクリューを筒で囲んだタイプの推進装置で、その中にアザラシが吸い込まれて巻き込まれたのなら、傷が螺旋状になっても不思議ではありません。

確かに、形は似ています。

ただ、こちらにも無理がありました。

セーブル島の周囲は水深が浅く、大型船にとっては座礁の危険が常につきまとう難所として知られています。

離乳したばかりの赤ちゃんアザラシが、わざわざ沖まで泳ぎ出てスクリューに巻き込まれたというのも、シナリオとしてはかなり苦しい。

つまり、どちらの「容疑者」にも、しっかりとしたアリバイがあったのです。

事件は解決の糸口を失い、棚上げされたまま、年月だけが流れていきました。

その間も、毎年何百もの赤ちゃんが、同じ手口で死に続けていたのに、です。

アザラシの赤ちゃんを襲う「コルク抜き殺人鬼」の正体

アザラシの赤ちゃんを襲う「コルク抜き殺人鬼」の正体
アザラシの赤ちゃんを襲う「コルク抜き殺人鬼」の正体 / かなりガッツリと食べている様子が記録されました/Credit: Langley et al., Marine Mammal Science (2026) / CC BY 4.0

偶然が、事件を動かした

2024年1月。

事件は、まったく予想外の場所から動き始めました。

英セント・アンドリュース大学の海洋生態学者イジー・ラングレーさんは、当時セーブル島にいました。

ただし、コルク抜き事件を調べるために来たわけではありません。

彼女の本来の目的は、タラでした。

正確に言うと、セーブル島周辺のタラがいったいどこを泳ぎ回っているのかを突き止めるための調査です。

とはいえ、海の中を泳ぐ魚を一匹一匹追跡するのは現実的ではありません。

そこで研究チームが使う作戦が、ちょっと変わっています。

タラを食べに来るアザラシのほうに、小さな発信機を取り付けてしまうのです。

アザラシをいわば「生きた観測ロボット」として使い、その行動越しにタラの分布をあぶり出す——そんな調査の最中でした。

ところがのちの取材によれば、作業中、彼女は予想もしていなかった光景を目にしてしまいます。

体長2メートルを超える大人のオスのハイイロアザラシが、離乳したばかりの子アザラシの上に、どっかりとのしかかっていたのです。

オスは子アザラシの首の後ろを大きな犬歯でがっちりと咥えました。

そのまま、ずるずると海へ引きずり込んでいきます。

海に入ったオスは、子アザラシの体から肉を引きちぎりながら、何度も何度も頭を後ろに反らしていました。

これは、ちぎった肉を喉の奥へ送り込むときに見られる、ごくありふれた「食事の動作」です。

つまりオスは、子アザラシをただ攻撃していたのではなく、食べていたのです。

セーブル島では40年近く、その姿がはっきりとは確認されていなかった「コルク抜き殺人鬼」。

サメでもなく、ボートのプロペラでもなく同じハイイロアザラシの仲間——成体のオスでした。

セーブル島で長く確認されてこなかった存在が、ついに姿を現した瞬間でした。

「ジャケット脱がし」——犯行手口の解明

「ジャケット脱がし」——犯行手口の解明
「ジャケット脱がし」——犯行手口の解明 / 脂肪と皮膚の部分がはぎ取られている遺骸。ショッキングなのでぼかし加工を行っています。/Credit: Langley et al., Marine Mammal Science (2026) / CC BY 4.0/ぼかしナシバージョンはこちら

犯人の姿が見えた以上、次に気になるのは「どうやってあんな螺旋の傷ができるのか」です。

研究チームが死体を一つひとつ詳しく調べていくと、犯行の手口が浮かび上がってきました。

大人のオスは、まず子アザラシの口元のあたりに、大きな犬歯で噛みつきそのまま、自分の体をぐるりとひねるように回転させながら、皮膚ごと脂肪の層を引き剥がしていくのです。

イメージとしては、ミカンの皮を、ヘタのところから親指でべりべりと剥いていく場面に近いかもしれません。

噛みついた状態で体をねじるから、傷跡が自然と螺旋を描くわけです。

それだけではありません。

脂肪層には、ヒレの爪でひっかいた痕跡もくっきり残っていました。

アザラシのヒレに爪があると言われてもピンとこないかもしれませんが、ハイイロアザラシのヒレ先には、しっかりとした鋭い爪が並んでいます。

それを使って獲物を押さえ、引き剥がす作業を補助しているのです。

ラングレーさんは取材でこう語っています。

「彼らはヒレを驚くほど器用に使うんです」

さらに衝撃的だったのは、肩甲骨ごと前ヒレが丸ごと引き抜かれている死体が複数見つかったことです。

研究チームはこの状態を、論文の中で「ジャケット」と呼んでいます。

皮膚と脂肪が筒のように剥がされ、まるで上着をするりと脱がされたように見えるからです。

これらの傷の特徴は、2016年にスコットランドで記録されたハイイロアザラシの共食い事例と、多くの点で一致しました。

大西洋をはさんで遠く離れた2つの繁殖地で、犯人の「手口」が同じだったのです。

ここまでで、犯人も手口も明らかになってきました。

しかし本当に衝撃的だったのは、ここから先——被害の全体像が浮かび上がってきたときでした。

765頭——「氷山の一角」という恐ろしさ

765頭——「氷山の一角」という恐ろしさ
765頭——「氷山の一角」という恐ろしさ / Credit:Canva

犯人の正体がわかった以上、次に研究チームがやるべきことは一つでした。

被害はいったい、どれくらいの規模なのか。

2023年の繁殖期、研究チームは週に2回のペースで、セーブル島の海岸線およそ20キロをATV(広い砂浜を移動するための四輪バギー)で回り続けました。

「コルク抜き状の傷」を持つ子アザラシの死体を片っ端から見つけ出し、同じ死体を二重にカウントしないよう、一頭ずつ耳にタグを付けていく地道で根気のいる作業です。

調査の結果、確認された死体の数は——765頭。

たった1回の繁殖期、しかも調査できたのはわずか1ヶ月ほどの間、20キロの海岸線だけ、です。

ただし、この765という数字を額面通りに受け取ってはいけません。

これはあくまで、「浜辺の上に残っていて、研究者の目に留まった死体だけ」の数だからです。

砂に埋もれた死体、波に攫われて海に流された死体、カモメに食べ尽くされた死体。

そのどれも、カウントには含まれていません。

しかも調査ができるのは、天気がよく、潮が引いていて、明るい時間帯だけ。

夜間、嵐の日、満潮のとき、波打ち際で何が起きているかは、文字通り誰にもわからないのです。

つまり765という数字は最低ラインであって、実際の犠牲数はこれよりもはるかに多いと考えられています。

翌2024年には、たった1日だけで359頭の死体が見つかった日もありました。

セーブル島を20年以上にわたって調査してきた、カナダ漁業海洋省の海洋生物学者ネル・デン・ヘイヤーさんはこう振り返ります。

「繁殖期には毎日のように現地に出ているのに、私自身は共食いの現場を一度も見たことがありません」

それもそのはずです。

2023年6月に撮影されていたドローン映像を改めて分析したところ、オスが小さなアザラシを食べていたのは、波打ち際や海の中。

しかも映像や写真を比べてみると、撮影された個体はそれぞれ別のオスでした。

つまり「コルク抜き殺人鬼」は、たった一頭の異常な個体だったわけではありません。

複数のオスが、それぞれ人目につかない場所でこの行動を身につけてきた可能性が高そうです。

なぜオスたちは赤ちゃんを食べるのか?

なぜオスたちは赤ちゃんを食べるのか?
なぜオスたちは赤ちゃんを食べるのか? / Credit:Canva

裏ワザを学んでしまった

ここまで読むと、当然こんな疑問が湧いてくるはずです。

なぜ、わざわざ自分たちの仲間を、それも赤ちゃんを食べるのか。

何の「得」があるというのか。

まず知っておいてほしい大前提があります。

ハイイロアザラシのオスは、繁殖期の数週間、基本的に何も食べません。

繁殖期のオスにとって、最優先事項はとにかくメスのそばにいることです。

縄張りを離れて餌を取りに海へ出ようものなら、その隙に別のオスにメスを奪われてしまいます。

だからオスたちは、何週間にもわたって絶食しながら、体に蓄えた脂肪だけを燃料にして、ひたすらメスを守り続けるのです。

これは、相当ハードな戦略です。

体重は日に日に減っていきます。

ところが、ふと周りを見渡すと、そこら中に「脂肪の塊」がゴロゴロしているのです。

離乳したばかりの子アザラシは、母親の超こってりしたミルクで育てられ、体のほぼ半分が脂肪です。

丸々と太っていて、動きは鈍い。

そして何より決定的なのは、子アザラシたちが隣にいる大きなオスをまったく怖がらないことです。

繁殖地には何万頭ものアザラシがひしめき合っているのが日常風景ですから、「隣の大きな個体」を脅威と認識する理由がないのです。

つまり一部のオスにとって、子アザラシは「逃げにくい」「警戒されにくい」「超高カロリー」という、三拍子そろった非常食だった可能性があります。

たとえるなら、フルマラソンの最中に沿道のコンビニにふらりと立ち寄るランナーのようなものかもしれません。

ほとんどの選手はルール通りに走り続けます。

でもごく一部が、あるとき「寄り道」の味を覚えてしまったのです。

ラングレーさんは取材で、こう推測しています。

「まるで、特定の個体がこの行動を学習し、エネルギーを補充する手段として特化しているかのようです」

ここで重要なのは、「学習」という言葉です。

すべてのオスが共食いをするわけではありません。

おそらくごく一部のオスが、あるとき偶然この「裏技」に気づき、それ以来繰り返すようになったのです。

繁殖期のあいだ体力を温存できれば、ライバルより長くメスのそばにいられます。

結果として、より多くの子孫を残せるかもしれません。

残酷な話ですが、進化の論理としては、筋が通ってしまうのです。

種は滅びないのか?——揺らぐ「40年の前提」

ここで当然、湧いてくる疑問があります。

「自分たちの赤ちゃんを食べていたら、いずれ種が滅びるのでは?」

論文はこの点について直接的な結論は出していませんが、現時点での見立てはこうです。

結論から言えば、その心配は今のところなさそうです。

セーブル島では毎年およそ8万頭の赤ちゃんが生まれます。

2023年の調査で確認された死骸が765頭だとすると、これは全体の1%にも満たない数字です。

実際にはもっと多いとしても、この捕食がハイイロアザラシ全体の数を左右しているという証拠は、現時点では見つかっていません。

そもそも「共食い」は、生物界ではそれほど珍しい現象ではないのです。

昆虫、魚、爬虫類、哺乳類まで、分類群を問わず幅広く報告されています。

共通するパターンがあって、個体密度が高すぎるときや、餌が足りないときに起きやすいという傾向です。

セーブル島のハイイロアザラシは、1960年代から2000年代にかけて、指数関数的に数を増やしてきました。

8万頭の赤ちゃんがひしめく砂浜は、率直に言って満員電車のようなものです。

つまり研究者たちの見立てでは、共食いは種の崩壊の兆候ではなく、むしろ個体数が爆発的に増えたことで生じた「副作用」のようなもの。

過密や餌をめぐる状況が、この行動の背景にあるのかもしれません。

——ただし、この研究のインパクトは「共食いの発見」だけにはとどまりません。

ここから、もっと根の深い問題が浮かび上がってきます。

セーブル島にはかつて、ゼニガタアザラシという別種の小型アザラシが大量に暮らしていました。

ところがハイイロアザラシの個体数が急増するにつれ、ゼニガタアザラシは激減していきました。

当時の研究者たちはこの崩壊を「サメによる捕食」と「ハイイロアザラシとの餌の競合」で説明していました。

しかし、今回の発見を踏まえると——。

ゼニガタアザラシ崩壊の問題もまた、ハイイロアザラシによる捕食という文脈で再調査すべきだと、論文は提案しているのです。

論文の中で、研究チームは慎重ながらもはっきりと、こう書いています。

「過去にグリーンランドザメによる捕食とされた事例の多く、あるいはすべてが、成体のオスのハイイロアザラシによるものだった可能性がある」

犯人を取り違えたまま保全計画を立てれば、当然のことながら、的外れな対策になってしまいます。

40年分の「前提」が揺らいだことで、海洋哺乳類の管理のあり方にも、見直しを促す可能性があるのです。

それでも、科学者たちは「手を出すな」と言う

それでも、科学者たちは「手を出すな」と言う
それでも、科学者たちは「手を出すな」と言う / Credit:Canva

犯人もわかりました。

動機についても、有力な仮説は見えてきました。

それでも、外部の専門家たちは、人間が安易に介入することに慎重な姿勢を示しています。

本研究には参加していないハノーバー獣医科大学の野生動物専門家、ウルスラ・ジーベルトさんはこう語っています。

「それがどれほど自然なことなのか、まだわからない」

人間が「残酷だから」「かわいそうだから」と手を出した結果、もっと大きなバランスを壊してしまう——そういう失敗は、自然保護の歴史の中で何度も繰り返されてきました。

ラングレーさんは、こう締めくくっています。

「見ていて辛いのは確かです。でもアザラシの生活は——いや、実際にはどんな野生動物の生活も——厳しいものなのです」

私たちはつい、自然を「美しいもの」として見たがります。

でもその美しさの裏側には、こちらの想像をはるかに超えた、容赦のなさがあります。

今回の研究が明らかにしたのは、ある意味でとてもシンプルな事実です。

40年間「誰かのせい」にされてきた犯行は、最初からすぐ隣にいた者の仕業だった——少なくとも、その可能性がようやく見えてきたのです。

答えはいつも、思ったよりも近くにあるものなのかもしれません。

元論文

Gray Seal Cannibalism at the Largest Colony in the World, Sable Island
https://doi.org/10.1111/mms.70138

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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