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「広尾育ち・住居は4畳半」漫画家志望で「努力を怠っていた」…美容ジャーナリスト・天野佳代子(69歳)が明かす10代の体験&人生を変えた亡き夫の言葉

  • 2026.5.11

美容ジャーナリストの天野佳代子さんが、60歳前後でぶち当たる「キレイの壁」ののりこえ方を語りつくしたエッセイ『60歳の「キレイの壁」をのりこえる』が発売に。60代になって活躍の幅を広げ、ますますエネルギッシュに行動する天野佳代子さんの思考や価値観を形成する鍵となった体験とは?

同書より一部抜粋してお届けします。


麻布生まれ、広尾育ち。母はラーメン屋、父は板金工

その美肌っぷりで“奇跡の69歳”と称される美容ジャーナリスト・天野佳代子さん。撮影/彦坂栄治(まきうらオフィス)(『60歳の「キレイの壁」をのりこえる』(天野佳代子/主婦の友社)より)
小学6年生。お正月に撮影した家族写真。

麻布生まれの広尾育ちです。出身地を言うたび「お嬢さん」「お金持ち」と言われ続けてきました。「貧乏な家で育ちました」と答えても、たいがい謙遜ととられたので、今は曖昧に返事をするだけにとどめています。

両親は麻布商店街で団子屋を営んでいて、私が生まれてすぐに広尾に転居。父は団子屋から板金工に看板を替え、広尾商店街の奥まった所にあるアパートを借りました。表に面した部屋を工場にして、家族の住居は奥の4畳半。弟が生まれ、家族4人、狭い中での生活でしたが、当時は皆同じような環境だったので不満はありませんでした。

近所づき合いは濃密で、半径50メートル内の家の事情は、お互い親戚並みに知っていました。年頃になっておしゃれをして遊びに行こうとすると、「佳代子、どこ行くんだ!」とあちこちから声がかかります。それがイヤで「早くここから出てやる」と憤っていたものです。でもそんな人間関係も悪くはなかったと今は感じています。

私が16歳のとき、母が一念発起してラーメン屋を開業。そのときは商店街中がサポートしてくれて、20年ほど前の父の葬儀でも支えられました。家族や友達以外の、他人なのにやたらと近い関係の彼らを通して、喜び、悲しみ、おかしみを共有しながら、人ごとを自分ごとにしていく“情の厚み”のようなものが育っていったような気がします。みんな遠慮がなくて、面倒なことも多かったけれど、私の心の半分は、あの頃共に過ごした広尾商店街の人々にもらったものだと思っています。

1960年当時の広尾商店街。車の往来も少なく、車道と歩道の区分けもなかった頃。カメラ好きだった父の写真です。

女性シンガーの髪型やメイクをマネたのが美容人生の始まり

23歳。中森明菜さんのヘアやメイクをマネしていました。

子供の頃からテレビの中の女性シンガーに釘づけでした。60年代のいしだあゆみさん、奥村チヨさん、朱里エイコさん、70年代の弘田三枝子さん、辺見マリさん、夏木マリさん……。歌声以上に魅力的に感じたのは、彼女たちの容姿。特にメイクに魅了されていました。太いアイライン、束感のあるつけまつ毛という、ひたすら目を大きく見せるアイメイクを見て、自分が同じメイクをしたらどういうふうになるのか、想像するだけで胸が高鳴ったものです。

天地真理さん、南沙織さん、小柳ルミ子さんにも憧れました。自分の歳が追いついて実際にマネできたのは、「横須賀ストーリー」の頃の大人びてきた山口百恵さん。私は19歳でした。まずマネしたのは彼女の眉毛。眉頭から眉尻にかけて細くなる白魚のようなはかなげな形をめざして、抜いたり剃ったり。彼女がアイシャドウの色を変えたら、すぐに同じ色を購入。当時販売されていた100円化粧品のおかげで何色も揃えられました。

その後、よくマネしていたのは中森明菜さん。大人っぽくなっていった「十戒」の頃からの彼女が年下ながら好きで、髪型やメイクを徹底研究。髪型はボリューミーなレイヤースタイル。切れ長に描いたアイラインにも魅
せられましたが、これはなかなか再現できず。

私にとって、美のアイコンだった女性シンガーたち。テレビの中で輝きを放つ、彼女たちの洗練された顔を見
て、はっきりと芽生えたメイクへの興味。思えばそれが私の美容人生の始まりでした。

プロとして生きることを教えてくれたのは亡き夫だった

『60歳の「キレイの壁」をのりこえる』定価 1,870円(主婦の友社刊)。

私の亡き夫、天野滋は、NSPというフォークグループの一員でした。70年代のNSPの絶頂期に知り合い、10年ほどの交際期間を経て、私が28歳のときに結婚。私はもっと早くの結婚を望んでいたのですが、そう運ばなかったのは理由があってのことです。私が大人として出来上がっていなかったのです。

当時、私は漫画家をめざしていました。デザイン学校在学中、新人漫画賞に応募したものの、努力賞止まり。彼のつてで、出版社の漫画編集者について育成してもらえるというチャンスを得、その編集者が担当している漫画家の原稿が間に合わなかった際、穴埋めで私の漫画が雑誌に掲載されたこともありました。しかし後が続きませんでした。才能以前に、努力を怠っていたためです。そんな甘さを彼はお見通しでした。あるとき「おまえが何かになるまで結婚はしない」と宣言されたのです。当時、ファンクラブ会報誌制作の仕事はしていましたが、彼に依存している私の様子がイヤだったのでしょう。

そんなときにたまたま見つけた光文社『JJ』の記者募集。ダメもとで応募して、まさかの合格。そこから私の本格的な仕事人生が始まりました。厳しさ、つらさ、達成感を繰り返し味わっているうちに、仕事の面白さに目覚めました。シンガーソングライターとして奮闘する彼の責任の重さと孤独も理解できるようにもなりました。プロとしての矜持を持つことで大人になれた私は、28歳で結婚。20代前半の甘い心持ちのまま結婚していたら、今の私はありませんでした。

天野佳代子(あまの・かよこ)

1957年東京都生まれ。20代からファッション雑誌の美容ライターに。美容専門誌『美的』のエディトリアルディレクター、大人の女性向け美容専門誌『美的GRAND』の創刊編集長を歴任、40年近く美容に携わる。60代に入り、美容ジャーナリストとして書籍の出版、雑誌やWEB媒体への寄稿、YouTubeチャンネル『天野佳代子の大人美容 【歳をとるのは怖くない】』の配信、テレビ出演など、さらに活動の幅を広げる。著書に『10年前より可愛くなる 大人美容の正解』(主婦の友社)、『何歳からでも美肌になれる!』(小学館)。

『60歳の「キレイの壁」をのりこえる』

定価 1,870円(税込)
主婦の友社

文=天野佳代子

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