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トム・ヒドルストンが明かす『サンキュー、チャック』に刻まされたスティーヴン・キング作品の本質「恐怖や死よりも人生の“恵み”を重視するのが彼の作家性」

  • 2026.5.2

マーベル・シネマティック・ユニバースのロキ役などで知られるトム・ヒドルストンが、華麗なダンスのステップで観客を魅了する――。『サンキュー、チャック』(公開中)は、そんなエモーショナルなダンスシーンと、独創的な語り口で感動を届ける一作だ。

【写真を見る】『サンキュー、チャック』でのダンスシーンの裏側を語ってくれたトム・ヒドルストン

各地で天変地異が起こり、ネットやSNSも遮断された世界。そこに突如として「チャールズ・クランツ、ありがとう」という広告が出現する。そのチャールズ=チャックの39年の人生をたどるこのヒューマンミステリーで、大人時代のチャックを任されたのが、トム・ヒドルストン。トロント国際映画祭で観客賞を受賞するなど、多くの人の心を掴んだ本作の日本公開を前に、彼がインタビューに応じてくれた。

「各年代のチャックを演じた3人が、僕へと繋がっていく。そこがすばらしい」

『サンキュー、チャック』は、あのスティーヴン・キングの短編の映画化。キングといえばホラー小説の大家だが、『スタンド・バイ・ミー』(86)、『ショーシャンクの空に』(94)のような“非ホラー”の映画化作品に傑作が多いことでも知られ、『サンキュー、チャック』もその流れに連なる作品。ヒドルストンにまず、キングについて聞いてみた。

トロント映画祭観客賞を受賞した『サンキュー、チャック』 [c]2024 DANCE ANYWAY, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
トロント映画祭観客賞を受賞した『サンキュー、チャック』 [c]2024 DANCE ANYWAY, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

「僕が初めてキングの世界を知ったのは、フランク・ダラボン監督の『ショーシャンクの空に』です。最初に観たのは1990年代でしたが、最近も観直したところ、友情の価値、そしてその友情が人生の困難な時期にいかに大切なのか、ということを改めて痛感しました。人間が生きている理由のひとつは、友達を作って一緒に笑い合ったりして育む繋がりにあるでしょう。今回の『サンキュー、チャック』の原作を読み、キングは人生の価値を心から理解し、その文章に知恵と寛大さがあふれていると実感しました。彼は私たちを怖がらせる物語も書いていますが、最も興味があるのは人生そのものなんです。本作のチャックは幼いころに両親を亡くしますが、祖父母、さらに大人になってからは妻や息子との幸せな時間も経験します。つまり、苦痛や喜びが複雑に絡み合っているのが人生。そこをキングは熟知し、恐怖や死よりも人生の“恵み”を重視する。それこそが彼の作家性だと納得しました」。

マイク・フラナガン監督の息子コディが幼少期のチャックを演じた [c]Everett Collection / AFLO
マイク・フラナガン監督の息子コディが幼少期のチャックを演じた [c]Everett Collection / AFLO

本作のマイク・フラナガン監督は、これまでも『ジェラルドのゲーム』(17)、『ドクター・スリープ』(19)など、スティーヴン・キングの映画化でメガホンをとってきた。最適な監督と言えるが、そんなフラナガンから、本作のテーマを「人間は誰しもが多面的な存在」と聞かされていたヒドルストン。チャックの幼少期を、監督の実の息子であるコディ・フラナガンが演じていることもあり、監督の想いを体現しようとしたと、ヒドルストンは明かす。

「コディだけでなく、ベンジャミン・パジャック、ジェイコブ・トレンブレイと、各年代のチャックを演じた3人が、僕へと繋がっていく。そこがすばらしいと感じました。僕が出演したパートは、まだチャックにエネルギーがある中年期で、子ども時代の経験が内側に残っている。スーツを着てブリーフケースを持った、明らかにビジネスマン風の外見ながら、若いころの魂がみなぎり、想像力で心は刺激される。そんなチャックを、僕は演じようと心掛けたたつもりです」。

「顔立ちはフレッド・アステアに似ているので、比較してもらえるのはうれしい(笑)」

フレッド・アステアを意識したダンスシーン [c]Everett Collection / AFLO
フレッド・アステアを意識したダンスシーン [c]Everett Collection / AFLO

少年時代のチャックは、ダンスへの“目覚め”を経験する。大人になって会計士の仕事に就いた彼は、ある瞬間、そのダンスへの欲求が爆発し、そこが本作でも最大の見どころとなっている。冒頭に書いた、ヒドルストンのダンスシーンだ。「今回の撮影で、ダンスが占めた比重は85〜87%」と話していたヒドルストン。つまり、それだけ苦労したわけだが、完成した映像では、あのマイケル・ジャクソンのムーンウォーク、往年のミュージカルスターを彷彿とさせる軽やかなステップも披露し、拍手喝采モノ!少年時代のチャックが祖母と一緒に観たのがジーン・ケリー、フレッド・アステアのダンスだった。そのあたりもヒドルストンは意識したのだろうか?

「ジーン・ケリーは、アメフトのクォーターバックのようなガッチリした体型にもかかわらず優雅に踊っていた。だから僕とはちょっとタイプが違います。一方でフレッド・アステアは、歴史上で最も“重力に逆らって踊った”ダンサー。まるで空を飛んでいるかのようで、僕もその感覚を目指しました。ダンスに限らず、陸上やサッカーの一流選手も、宙に浮いて見えるほどの敏捷性とダイナミックさを保持していますよね?あと僕の顔立ちはちょっとアステアに似ているので、比較してもらえるのはうれしいです(笑)。もちろんダンスに関しては足元にも及びませんが、人生を通して彼のファンでもあったので」。

ここまで本格的に踊ったのは、俳優としての長いキャリアでも初めてだったというヒドルストン。しかしダンスへの情熱は多少なりとも持っていたという。そんな話になると、彼は10代のころを振り返り始めた。

「ティーンエイジャーだった1990年代は、僕の育ったイギリスをはじめヨーロッパではダンスミュージックが人気で、よく仲間とサンプリングしたり、リミックスしたりして、新しい音楽を作って遊んでいました。そんなことをやっていると当然、聴きながらダンスもするわけです。だから音楽への情熱が、ダンスに派生したという感じ。特に真剣に踊るトレーニングをしたわけじゃないんです(笑)。でもこうして10代のころ、親や教師の押し付けではなく、自分から夢中になったことって、その後も一生涯、愛し続けるんですよ。だから音楽は、僕にとって魔法のようなもの。いまでも当時のダンスミュージックは僕を幸せな気分にしてくれます」。

子役のベンジャミン・バジャックも見事なステップを披露 [c]2024 DANCE ANYWAY, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
子役のベンジャミン・バジャックも見事なステップを披露 [c]2024 DANCE ANYWAY, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

「チャンスが訪れたら、冒険心を忘れずに挑むことが大事」

スティーヴン・キングが得意とするホラー描写も [c]2024 DANCE ANYWAY, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
スティーヴン・キングが得意とするホラー描写も [c]2024 DANCE ANYWAY, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

この『サンキュー、チャック』は世界の終わりを伝えるパートに始まり、そこから数か月前にチャックが人々の前で踊るパート、そして少年時代のチャックの過去と、時間がさかのぼる3つの章で構成される。ヒドルストンがメインで活躍するのは第2章。一応、クレジットも彼がトップながら、登場シーンを合計すると、わずか19分!それを本人に伝えてみると…。

「短いとは知ってたけど、19分とは!カウントしてくれてありがとう(笑)。タイトルにチャックの名が入っていますし、第1章と第3章でもチャックの存在が観る人の心に生き続けるので、作品を背負う責任は理解していました。その責任を全力で表現したつもり。チャックは穏やかな会計士であり、優雅なダンサーでもあるので、短いながらその両面にアプローチしたわけです」。

『サンキュー、チャック』は現在から過去にさかのぼるユニークな構成で物語が展開する [c]Everett Collection / AFLO
『サンキュー、チャック』は現在から過去にさかのぼるユニークな構成で物語が展開する [c]Everett Collection / AFLO

生きる喜びをダンスで爆発させるチャック。映画を観るわれわれは、第1章で彼の過去を観届け、生きる喜びに浸る。その意味でハッピーエンドな作品と言える。劇中訪れる世界の終末に重ね、「もし、人生が残りわずかだったら?」と、最後にヒドルストンに投げかけてみた。

「基本的に余命は誰にもわかりません。あと6か月か、6年か、あるいは60年なのか…。もし余命半年とわかっても、そこから人間関係を大きく変えられないでしょう。もちろん残された時間は親しい人に充てますけどね。僕らは毎朝、目覚めるたびに“不確実”な一日が始まるわけで、どれだけ自分の魂をその日に捧げられるかが試されます。つまりチャンスが訪れたら、冒険心を忘れずに挑むことが大事。僕は45歳ですが、これまで多くの冒険を経験し、それがいまの自分を形成していますから」。

【写真を見る】『サンキュー、チャック』でのダンスシーンの裏側を語ってくれたトム・ヒドルストン [c]2024 DANCE ANYWAY, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
【写真を見る】『サンキュー、チャック』でのダンスシーンの裏側を語ってくれたトム・ヒドルストン [c]2024 DANCE ANYWAY, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

トム・ヒドルストンの飽くなき冒険心。それを意識しながら劇中のダンス、およびチャックの人生に接すれば、『サンキュー、チャック』は忘れがたい一作となることだろう。

取材・文/斉藤博昭

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