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嫁の「お義母さん、手伝いましょうか?」を断り続けた私──ある日、親せきたちの前で困惑してしまう

  • 2026.5.3

筆者の話です。
帰省した息子夫婦との時間で、よかれと思って続けていたことがありました。
ある出来事をきっかけに、その気遣いの意味に気づくことになります。

画像: 嫁の「お義母さん、手伝いましょうか?」を断り続けた私──ある日、親せきたちの前で困惑してしまう

座ってていい

「いいから座っていて」
息子夫婦が帰省したとき、私はいつもそう声をかけて、お嫁さんを台所に立たせないようにしていました。
せっかく来てくれているのだから、ゆっくりしてほしい。
そんな思いから、そうするのが当たり前になっていました。

「手伝いましょうか」と言われても、「大丈夫だから」と笑って断る。
気を遣ってくれているだけだろうと思い、そのままひとりで食事の準備や後片付けを進めていました。

積み重なる距離

湯気の立つ鍋を見ながら盛りつけをし、食べ終わったあとはシンクにたまる食器を順に洗っていきます。
台所に立つのはいつも私だけで、その光景がいつの間にか当たり前になっていました。

お嫁さんはそのたびに「手伝いましょうか」と声をかけてくれていましたが「大丈夫だから」と言って、私はまた手を動かしました。
そのやり取りを、何度も繰り返していたのです。

戸惑うひと言

そんなある日、親せきが集まり、台所をみんなで使うことになりました。
食器を並べたり料理を運んだりと、いつもより人の出入りが増え、少し慌ただしい空気になります。
そのとき、お嫁さんが「お皿ってどこにありますか?」と、少し戸惑った様子で声をかけてきました。

ふと見ると、親せきに「これどこにあるの?」と聞かれ、困ったように立ち止まっています。
家の人として動こうとしているのに、何も分からずにいる姿でした。
その様子を見たとき、これまで何も任せてこなかったことに気づきます。
良かれと思っていた行動が、お嫁さんを困らせていたのかもしれないと、胸の奥がざわつき、自分のしてきたことにふと引っかかりを覚えました。

気遣いの形

振り返ると「手伝いましょうか」という言葉は社交辞令ではなかったのだと思います。
関わる機会を持たなかったことで、距離をつくってしまっていたのだと感じました。

それ以来、その言葉を受け取ったときは、遠慮せずお願いするようにしています。
「じゃあこれをお願いしてもいい?」と声をかけると、台所に並ぶ時間が自然と増えました。
何も任せないことだけが気遣いではない。
一緒に動くことで生まれる距離の近さもあるのだと、今はそう思っています。

【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年3月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。

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