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【又吉直樹インタビュー】同期の芸人・西野亮廣を語る/二人の出会いから新作映画『えんとつ町のプペル』まで【芸人論と創作論:前編】

  • 2026.4.28

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1980年に生まれ1999年に吉本興業の養成所NSCに入所しトップ芸人に昇りつめ、芸能とは異なる世界でも結果を出し続ける二人、又吉直樹と西野亮廣。近いようで遠く、遠いようで近い不思議な距離感で生きる二人が7年ぶりに交わったのは、この3月半ばのこと。又吉の新作小説『生きとるわ』と西野の新作映画『映画 えんとつ町のプペル 約束の時計台~』のプロモーションを兼ねた動画撮影(※)が行われたのだ。会わなくても互いの活動に注目し合い振り返れば同じような傷を背負っていた二人が、楽しくも感傷的な時間を共有した数週間後。西野の新作映画を観てきたばかりという又吉が、「同期の西野くんのこと」を語ってくれた。前後編でお届けする本インタビュー、まずは二人の出会いから西野がテレビと距離をおくまでの話。

キングコングを見たときに、「そりゃあ注目を集めて世に出るわ」と思った

――先日配信された、お二人の対談動画を観ました。2019年以来の再会と動画内でおっしゃっていましたが、久しぶりにお話しをされていかがでしたか?

又吉:はい、楽しかったです。前提として西野くんは優秀な芸人なので面白いんですけど、そのうえで、いつ会っても機嫌良く振る舞って場の雰囲気をよくしてくれるんです。きっと西野くんはそう心掛けているんでしょうけど、だから話がしやすいんです。あと、西野くんの考え方とかやろうとしていることが僕にとって興味深いんです。「次は何すんねやろ」みたいな、見ていて楽しくなるような存在なので、そういう人と会えるっていうのは楽しいですよね。

――お二人は1999年にNSCに入られて、東西違いますけど、同期で年齢も一緒ですよね。デビュー当時、西野さんあるいはキングコングは、又吉さんの中でどんな認識だったんですか。

又吉:初めて見たときに、すでにキングコングとしてのスタイルが確立されていたんです。だから「こんな完成度高いコンビがもういるんや!?」みたいな驚きがありましたね。

――キングコングはとんでもないスピード出世でしたが、当時の又吉さんのコンビ、『線香花火』もかなり世に出るのが早かったですよね。

又吉:でも正直、ライバルではなかったですね。キングコングの売れ方はキングコングにしかできないというか。

――それは、キングコングの売れ方に比べたら、スタート地点にも立てていなかった、という意味ですか?

又吉:もちろんそうなんですけど、若いなりに「時間をかけないと、自分のスタイルみたいなものはお客さんの前で表現できないかな」という自覚みたいなものがあったんです。それは僕に限らず周りもみんなそうだったと思います。だから、キングコングはNSC在学中から注目されてレギュラー番組を持って頑張っているのに、それにひきかえ自分は……みたいなふうに考えたことはなかったです。ただ、キングコングだけは異常でした。

――お二人が初対面を果たしたのは、いつなんですか。

又吉:たしか1年目、20歳の頃に、大阪の「baseよしもと」で活躍していた芸人さん、チュートリアルさんとかフットボールアワーさんとかが東京に来て、そこに東京の芸人も何組か参加するみたいなライブがあったんです。お客さんの目当ては大阪の芸人という環境だったんですけど、僕ら線香花火もそのライブに入れてもらえて。そこで行われたコーナーだったり、baseよしもとのメンバーだけでやる寄席の前説を僕らがやったりとか、そういう感じでキングコングとは一緒になったんです。そこで挨拶をしたと思いますけど、西野くんは僕が誰かは認識してなかったんじゃないですかね。

――当時のキングコングの売れ方が尋常じゃなかったからか、記憶も鮮明ですね。

又吉:そうですね。あと、当時の僕は痩せてて短髪だったんです。それが遠目には梶原くんに見えなくもなかったようで。劇場を出たら人がいっぱい寄ってきたんですけど、梶原くんじゃないと気づいて散っていくという……。誰がニセもんやねん! みたいな、そういうのもありましたね。

――それは20歳そこそこの若者には、しんどいですね。

又吉:でも、それに対してコンプレックスを抱くような距離じゃなかったですね。もっと遥かに……。

――その距離は、知名度ですか?

又吉:知名度であり売れ方であり。でも、同期はまだマシですけど、僕らの1年2年先輩たちは多くがごぼう抜きされたわけですから、それはきつかったんじゃないかと。

――なるほどです。又吉さんは国体に出るようなアスリートだったから、早熟型とか晩成型とか自分のタイプっていうのを冷静に見ることができたのかもしれないですね。

又吉:何か物を作っているとして、その制作途中のものを比較のしようもないじゃないですか。同期の中でキングコングが最初に自分たちのスタイルを作り上げて。それはとんでもなくスペシャルなことで、僕らは誰も自分たちを商品として出荷できていなかった中で、キングコングだけがデビューして1年も経たないうちにちゃんと出荷できる状態に仕上げた、ということですね。でも、キングコングは早熟で、僕らは晩成型みたいなことまで考えてなかったですよ。面白いネタを作れるようにとか、イメージしている活動内容にどうやって寄せていけるかって考えることにただただ必死だったように思います。

――デビュー当時のキングコングへの周囲の嫉妬はものすごかった、とよく聞きますけど、又吉さんはそこからは距離があったんですね。

又吉:僕はキングコングを見たときに、「そりゃあ注目を集めて世に出るわ」って思いましたけどね。でも、一瞬で売れたんで芸人から嫉妬もされるし、いろいろと言ってる人もいましたけど、本当に検証して言っているというよりは、学生ノリの、自分のことを棚に上げてとりあえず文句を言いたいみたいな感じでした。僕は「そういう時期なんやろな」と思って見てましたけど。

――夢に必死にしがみついている若者からしたら、それが間違っているという自覚はあってもキングコングを下げるようなことの一つや二つ、言わないとやってられないっていう部分があっても仕方ないですよね。

又吉:そうですね。でも僕からしたら、どうしようもない悔しさを抱えている人間ならではの活動も努力もしてないやんっていうような思いもあったような。文句を言うてるだけの、芸人未満のような存在だったんですよね、みんな。サッカーにたとえると、僕は当時はサッカー部に入ったとこだったから、日本代表に選ばれているキングコングに嫉妬のしようもなかったんです。これから筋力をつけて、自分のスタイルを見つけて、どういうサッカーができるようになるのかなっていう。まだ途中だったから、戦うときでもなかった。

――若手時代に西野さんあるいはキングコングに関して記憶に残っている出来事はありますか?

又吉:そうですね、2つありますかね。まず、1年だったか2年目だったかに、ライブで一緒になったんです。みんなが楽屋で喋ってるときに、西野くんが舞台袖に置いてあったモノボケ用の小道具をすごい見て、ネタを考えてたんです。それは、なんかすごくいいなと思いました。1個ずつじっくり見て、頭の中でシミュレーションして。

――それは当たり前のことではないんですか?

又吉:若いうちはちょっと照れがあったりするんですよね。みんな天才っぽく振る舞いたいというか、舞台上で即興でやるのが美学みたいなところもあるもんですから、露骨に努力を前面に押し出すのをちょっと嫌がるんです。みんながそんなだったから、事前に考えたり準備する西野くんのような芸人は、真面目と受け取られたり、芸人っぽくないって見られる、そんな時代だったんです。だからこそ舞台袖に行って一人で考えている西野くんは、いいなって思いましたね。

――又吉さんはどっち側だったんですか。

又吉:なぜそんな西野くんの姿を見てたかっていうと、僕もモノボケの小道具を確認しに行ってたんです(笑)。若いうちはめっちゃ準備してあらゆるパターンを想定しよう、で、芸歴が3年4年5年くらいになったら即興でやってみよう、そう思ってたんです。結局のところ、事前に考えることで生まれる面白さ、即興で生まれる面白さ、どちらも一緒やと僕は思ってるんです。考えるほど面白くなるわけでもないし。準備しないほうが面白いってこともないし。でも芸人社会の、「このスタイルがかっこいい、先輩たちもこうしている。だから俺たちもそれに倣ってこうしよう」というある種の不良文化の中で、1年目2年目の若手が真逆のことをやっていたのが、イケてるなっていうことですね。

――その美学は、又吉さんや西野さんの世代の若手にとっては、松本人志さんに端を発する大喜利至上主義みたいな影響があったということなんですかね?

又吉:そういう空気もあったのかもしれないですけど、僕はそうは思ってなかったです。もちろん即興もめちゃくちゃ強かったとは思います。でも僕には作品性が高いように見えていたんです。ちゃんと作り込んだものを作品として提示するっていうのが、僕のイメージとしての松本さんでありダウンタウンさんでした。

――「西のキングコング、東の線香花火」とも言われていたお二人に、デビュー間もない当時から既に共通点があったんですね。でも、同調圧力に逆らってまで「カッコ悪い」とされていたことをやっていた動機は何だったんでしょう。完成度の高いものを作らなかったら意味がないということなのか、それとも自分の能力を冷静に見て手段を選ばずに今はやるべき時期なんだみたいな謙虚さからくるようなものだったのか……。

又吉:ただただ「ウケたい」ということですね。スベりたくないからそのための最善を尽くす。だって1年目とか2年目ですよ。モノボケなんてやったことがないから、「何なんそれ」みたいな話なんで。こう言ったら失礼ですけど、コントや漫才を見て「芸人って面白そうやな」と思って目指したわけで、モノボケなんて知らなかったんです。それでもその場に立ったらやっぱりちゃんとウケたいから準備をするっていうことですよね。

――2つあるとおっしゃってましたが、もう一つは何ですか。

又吉:西野くんと初めてちゃんと話をしたときのことですね。僕らが3年目か4年目あたりのことだったんですが、インパルスの堤下敦さんに呼んでいただいて、ダーツバーのようなところに行ったらそこに西野くんもいたんです。当時、『はねるのトびら』という番組を堤下さんと西野くんは一緒にやっていて。同期やのに西野くんに「あのダーツを買って」っておねだりするみたいノリで。「買ってもらうことってできんのかな」って僕がボケて、「なんでやねん、お前。同期やろ!」って西野くんが返す、みたいな絡みが最初だったと思います。

――又吉さん、ダーツセットが欲しかったんですか(笑)。

又吉:やっぱり芸人は売れてなくてお金を持ってなくても、売れている同期に対しては鼻息荒めで「下にはつかない!」という意地みたいなものがあるんですよね、普通は。でも僕はそんなん気にせずに、西野くんにダーツを買ってもらおうとするっていうボケですね。お前はそれでいいんか? みたいな。西野くんからしたら、なんか変な絡み方するヤツだなと思ってたんじゃないですか。

――でもきっと、西野さんにとって又吉さんのウザ絡みもうれしかったんじゃないですかね。一方で、キングコングが「俺たちのほうが上だ」と誇示してくるようなことはなかったんですか?

又吉:それは全然なかったです。劇場の楽屋で一緒になったときも、彼らはめっちゃ売れていたのに全く舐めてくるような雰囲気がなくて。むしろ、「いい感じで話しかけてくれんねや」という印象でした。「もっと表舞台に出ててもいいのにな、なんでやろな」みたいな感じで、梶原くんとか言うてくれてました。

西野くんはツッコミとして「誇示しない」スタイルだった

――その後、2005年に『はねるのトびら』がゴールデンに進出してキングコングは本格的に全国区のブレイクを果たすわけですけれど、間もなく西野さんは「テレビ辞めます」みたいなこと言い出しちゃったわけじゃないですか。そして絵本を描き始めるわけですけど、そのとき又吉さんはどう見ていたんですか?

又吉:一般論でいうと、ほとんどの人が世間の空気に流されやすいじゃないですか。そしてある空気が醸成されてしまうと、それを壊すのはかなり難しいと思うんです。キングコングで言うと、彼らは完成度がめっちゃ高くて、お客さんもちゃんと楽しませて、必要なことを全てやっていたんです。にもかかわらず同業者から、「あいつら人気はあるけど、ほんまに面白いんか?」みたいな、表現としての質みたいなところをずっとワーワー言われ続けてきたんです。M-1でちゃんと結果を残すだけの地力がそもそもあって優秀だっただけなのに、みんなより力があっただけなのに、スタイルの異なる芸人たちからとやかく言われるっていう……。

――人気者であることで敵意に晒されて、それに疲れた、ということでしょうか?

又吉:もし西野くんがパフォーマーとしてだけの天才だとしたら、それでもよかったと思うんですよ。俺たちのできることはこれやから、と雑音を突っぱねることができた。だけど、そこだけじゃなくて、物を作るっていうことに関しても、「お前らごときにごちゃごちゃ言われる筋合いないねん」って思ってたんじゃないかと。どさくさに紛れてあんまおもんない奴まで俺らに言うてきてないか、って。そんなストレスもすごく感じていただろうし、どこかで「俺も作れる」っていうのを証明する必要があったんだと思うんですよね。

――得意とするところで結果を出しても、それを認めない、認めなくていいという空気が固定化して、「それなら別の道で結果を出してやる」とあえてレールから外れたんじゃないか、という見立てなんですね。

又吉:同じスタイルでやり続けても、もうレッテルを貼られているので。キングコングはM-1という、あれだけストイックな大会で決勝に何度も進出して最終決戦にも残って実力を証明していたんですけどね……。全力を尽くしても、キングコングというスタイルを全うしてる限りでは、やっぱり枠の中での戦いになってしまうんじゃないかなと。それでも、10年も20年もお客さんを笑かし続けていたら、どこかのタイミングでひっくり返せるかもしれないけど、西野くんって半年とか1年であそこまで大きな成果を上げられる人なんですよ。だから地道に20年やっていくというのは良しとしないんじゃないかと思うんですよね。

――なんだか切ないですね。

又吉:どっちかと言ったら、人間は20年ずっと同じことをやって、ようやく評価される人を応援したくなるじゃないですか。なぜなら、それくらい頑張らないと結果を出せない人がほとんどだから。ごくわずかな選ばれた人間だけがすぐに結果を出せるんです。売れ過ぎたキングコングに対して「鑑賞者」でいられる人は彼らを絶賛できるんですけど、ただの「現象」として見ている人からしたら理解できないんですよね。共感ポイントがない。それなら地道に活動してちゃんと面白い芸人も他にいるわけですから、そっちを応援すればいいとなってしまう。だから一度貼り付けられた評価を覆すのはかなり難しいんです。そのときに西野くんが何をするかっていうと、別の表現の世界に乗り込んで結果を出して、「西野ってこんなこともできるんだ」と証明して戻ってくるみたいなことになるんじゃないですかね。あと、西野くん自身も何かを自分に問いかける意味でも、一度枠の外に出る必要があったんじゃないかなとも思います。たとえば、「俺は本当におもろいんか」みたいなことです。

――説得力がすごいですけど、又吉さんにとっての執筆が、そういう意味を含んでいたんですか?

又吉:どうなんやろ……。2000年とかその翌年とか、僕はめっちゃ早い段階から書いちゃってるんですよね。もっと言うと、中学高校の時点でも作文はできるだけ面白いことを書きたいなと思ってましたし。だから、漫才・コント・エッセイという三本柱で最初からやってきたところもあるんですけどね。芸人は普通、漫才・コント・トークやと思います。そのトークの部分が、僕の場合はエッセイだったんです。でも、ピース結成以降の僕にとっての文筆は、西野くんと被る部分もありますね。コンビとしてできることって共同作業なので。綾部と僕の関係性でできることがあれば、そこではできないこともやっぱりある。ピースではできないことは、僕一人のライブでユニットコントとしてやることもありましたし、もっとコアな、もっと純粋に僕が面白いと思ってることを具現化するとなったらエッセイがすごく表現しやすかったんですよね。

――目の前にいるお客さんを即時に笑わせなければいけないという芸人さんに課された縛りは、尊さもある一方で表現の幅を狭めるところもありますよね。先ほど又吉さんは「キングコングは現象として見られていた」というようなことをおっしゃっていましたが、芸人あるいはツッコミとしての西野亮廣を又吉さんの目で見るとどういう言語化になりますか。

又吉:僕は最初から羨ましかったです。西野くんがいるとみんなボケたくなるみたいな、そんなムードが彼にはありました。

――それは西野さんの技術的なものなんですか、キャラクター的なものなんですか?

又吉:両方ですよね。ちょっと質問の主旨と外れるかもしれないんですけど、僕らが若い頃のライブでは、売れている先輩たちがMCをしてくれるのが通常だったんです。でも例外として若いけど売れているキングコングがMCをしてくれることもあって。

先輩がMCのとき、めっちゃお客さんが重い、ほんまに面白いことを言わないと絶対笑ってくれへんみたいなお客さんが集まるライブがあって、それはそれで緊張感があってすごい楽しいもので必ずしも否定するものではないんですけど、でもキングコングがMCをするときは会場全体のテンションが上がっていて、すごい盛り上がるんですよ。もちろんとんでもない緊張感の中で笑いをとるのってめちゃくちゃ気持ちよくて、そういうお笑いに僕も幻想を持ってる一人ではあるんですけど、でも僕らの仕事ってそもそも、来てくれたお客さんを楽しませることじゃないですか。

――求道者的なお笑いはカッコいいですけど、それはいくつもある中の一つの様式ですよね。

又吉:1時間のライブで3か所だけめっちゃウケたとしたら、ほとんどの時間は盛り上がってないということなんですよ。「あの日のライブが凄かった」という話が伝説的に語られたりするんですけど、実はそれ全員敗北したんです。そもそもライブとしてあんまり盛り上がらんかったっていうだけの話なんです。僕らがどんなことを考えているのかなんて、お客さんは知らんですよ。

キングコングがMCの日に来てくれたお客さんは、ずっと笑って楽しかった、めっちゃおもろかったな、って思ってくれたはずなんですよね。較べたら笑いの総量が全然違うんです。そこには全部のボケに全力でツッコんでくれる西野くんがいて、ということですよね。あれ、できないです、なかなか。

――ツッコミと言ってもいろんな種類があると思うんです。ワード系の人もいれば、パワー系の人もいたり。西野さんは分類するとどうなるんですか。

又吉:いやもうオールラウンダーです。ボケとツッコミという漫才における関係性とか役割だけじゃなく総合的に。たとえばお客さんが目の前にいる劇場ですよね。お前らほんまにおもろいんか、って構えているお客さんを笑かしていく芸人はカッコいいじゃないですか。若い頃は僕も憧れましたけど、なかなかできないんです。でも西野くんがMCの場合ノーガードにするんです、お客さんを。それは魔法みたいなもんで、その力で他の芸人もウケるようにするっていう。僕にはその能力が皆無なので。自分のライブのお客さんは怒ってるのかなっていうくらいで……。後輩にも「又吉さんのライブは一番緊張するんですよね」とか言われて。

――ツッコミって広義で言えば笑いやすくするための環境作りまで含まれるんですね。深いですね。

又吉:いわゆるツッコミとしての西野くんはボケからするとめっちゃやりやすいですよ。声が良くてリズム感もあって。

――じゃあ、又吉さんは「人気先行型」みたいな揶揄をされていた時代も西野さんを高く評価してたんですね。

又吉:もちろんもちろん。評価してましたし、とやかく言われる理由がわからなかったです。西野くんは綺麗な顔をしてるじゃないですか、それももしかしたら嫉妬を助長して悪く働いているのかな、と思ったり。でも僕からしたら、それは最強のフリになってくるんですよね。綺麗な顔をしたちゃんとした人が真ん中にいるだけで、そうじゃない人がウケやすくなるんですから。だからラッキーやなと思ってましたけどね。

あと、西野くんはツッコミとして一歩引く感じというか、「誇示しないスタイル」なんです。本来そうなんですよ、ツッコミって。

――必ずしも自分が笑いをとらずにお膳立てに徹する、みたいなことですか?

又吉:ですし、多分西野くんが音楽好きやからというところもあるかもしれないですけど、梶原くんとのバランスをちゃんと取る。何でもできるからもし相方が変わってもまたツッコミ方もちょっと変えて。梶原くんをちゃんと生かして、でも自分も死なずに、キングコングとして最高到達点を目指すようなイメージでやってたんじゃないですかね。

――笑いのために自意識や自己顕示欲をコントロールするのは簡単ではないんですか。

又吉:若かったら、なおさら難しいんじゃないですか。西野くんが若手らしからぬ能力として持っていたのは、「梶原くんを常にちゃんと見てる」ってとこでしたね。西野くん単独で行くのではなく、どうやったら梶原くんがやりやすいかいうのを考えて振る舞っていた、そういう印象でした。

取材・文=栗山春香、撮影=渡邊秀一

【作品情報】

映画 えんとつ町のプペル ~約束の時計台~

https://poupelle.com/

生きとるわ

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163920603

ゴミ人間 日本中から笑われた夢がある

https://www.kadokawa.co.jp/product/322601000589/

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